【麻倉怜士の4K8K感動探訪(6)】NHK BS8K「オルセー美術館I 太陽の手触り」違った切り口で2つの番組 その意図は?(前編)

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3月7日、NHK BS8Kの「オルセー美術館I 太陽の手触り」「オルセー美術館II 月の肌触り」はたいへん面白かった。かつてパリでオルセー美術館に何回も通っていたので、その記憶と照らし合わせ、8Kの高画質も相俟って、より感動が深かった。セーヌ河のほとりに佇む、印象派をはじめ、19世紀から20世紀初頭に生まれた芸術を所蔵する美術館を題材に、違った切り口で2つの番組が制作された。それが「太陽の手触り」「月の肌触り」だ。前編では、「太陽の手触り」を中心に紹介する。

執筆者のプロフィール

麻倉怜士(あさくら・れいじ)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
▼麻倉怜士(Wikipedia)
▼@ReijiAsakura(Twitter)
▼ウルトラアートレコード(レーベル)

夜の美術館をテーマにしたのが、新しい。

番組の狙いを、倉森京子専任部長(NHKエデュケーショナル特集文化部)はこう説明する。
「これまでは8K制作というと、“機材的な制約が大きいから、美術館の作品なんかが向いているだろう”という雰囲気もあったのですが、私としては”ちゃんとした番組”を作りたかったのです。そこで、美術番組制作のベテランに制作を托しました」。

“ちゃんとした番組”というのは、それが8Kの技術や特長をPRするだけの番組ではなく、完成度も高い(別の言い方をすると、Eテレの美術番組でも放映して、美術ファンや専門家にも十分楽めるような)、8K番組にしたい――ということだ。

そこで、美術専門ディレクターに”新しい切り口”を期待した。ユニークなのは「昼のオルセー美術館」と「夜のオルセー美術館」の2本建てにしたことだ。印象派の殿堂は光の中で楽しむイメージだが、夜の美術館をテーマにしたのが、新しい。

「何か不思議な、ただならぬ”気配”を感じました」

昼のオルセー美術館を担当したのが、長井倫子ディレクター(NHKエデュケーショナル特集文化部)だ。

「これまでも、オルセー美術館については、NHKも含め、大変たくさんの番組が制作、放送されているので、当初はどうしようかと戸惑いました。そこで、何はともあれ、オルセーを体感しようと、6月の1週間、朝から晩までオルセーに通いつめました。
ある時の朝、1階の展示室に居たときです。
朝日が昇り、天井の半透明のかまぼこ屋根(注:オルセー美術館はもと駅を改造)に太陽の光が射し込んだのです。光が動くと、彫刻に当たる光と影の様子が変わり、この時、何か不思議な、ただならぬ”気配”を感じました。この気配を番組のコンセプトに採り入れよう、と。外光が入る建物なので、外にいるのか、中にいるのか分からない空間の魅力を8Kで切り取りたいと思いました」

美術館といっても、オルセーは格式が高いとか、厳粛な空間ではなく、人々は寝っ転がってスケッチしていたり、とても親しみやすい空間だ。天井からは陽光がさんさんと注いでいる。まるで150年前に、モネやマネが太陽の下で、絵を描いていたのと同じような環境で、彼らが描いた絵を鑑賞する陽光体験ができる。実際には、主に美術館が閉館している夜の撮影なので、陽光下の撮影は限られていたが、作品に近づくアプローチ映像では、昼間の雰囲気も追求した。

「歴史上の作品なのですが、太陽が昇っては沈み、月が満ちては欠けるという普遍的な営みをキーワードにすることで、今、起きていることとして8Kで表現したいと思いました」(長井氏)

夕暮れの光の粒が、8Kでは見える。

オルセーの美は、朝の七時半から始まる。
元駅舎の半円天井に左側から光が差し込む。白色が8時を過ぎると、突然、黄金に変わる。すると室内も黄色に変色。まさに光の移ろいをそのまま採り入れた美術館だ。太陽を思い切り堪能できる美術館。その光の空間自体が作品のようだ。カミーユ・ピサロ「エラニーの風景」(1897年)では夕暮れの太陽の光が色とりどりの細かな光の粒になって、大地に降り注ぐ。その粒が8Kでは見える。地面の光と影の色溢れる対比が素晴らしい。

かつて、NHK・BSプレミアムの「極上美の饗宴」では、ルノワールがモンマルトルのダンスホールを描いた油絵「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」(1876年) の分析が面白かった。

番組では、天窓の効果、背景の壁の色の効果、そして、絵にどのように木洩れ日の影が反映しているかなどを検証しいていた。特に興味を惹いたのが、「青」。影が青いのである。
番組では、そこから太陽の色温度が低くなると、その補色で影が青くなることを突き止めた。この番組をみたあと、オルセー美術館にて、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」を鑑賞する機会があった。その前で二時間ほど凝視していた。5階の天窓からの陽光の効果……確かに影の部分には青が横溢している。緑のベンチも青味かがる。金髪も黄色になった。庭を照らす太陽光と地面にまばゆい木漏れ日が織りなす、光の世界だ。

音楽芸術と絵画芸術の最大の違いは、クリエーターの仕事がそのまま完全に残る絵画と、誰かに演奏してもらわなければ再現できない音楽という点だ。
音楽は、演奏者の「解釈」が入ってしまうが、絵画は鑑賞者が直接、クリエーターの仕業を100%楽しめる。ルノワールがまさにその手で描いた「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」を眼前にみて、直接メッセージがつたえられる絵画芸術は素晴らしいと思った。
印象派らしく移ろう光がそのままに切り取られ、永遠に鑑賞できる。

文◆麻倉怜士(デジタルメディア評論家)

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麻倉怜士(AV評論家)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。

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