(2020年5月28日更新)政府・与党が見送りの方向で調整に入った「9月入学・9月始業・9月新学期(9月入学制度)」。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う休校で、子供たちの学びの場が一変したことが、検討開始のきっかけでした。入学や進学の時期を現行の4月から9月にずらすことで起こり得た学年の区切り、かかる費用など、専門家によるデータや提言を簡潔にまとめました。

9月入学が実現するとどうなるのか?

★9月入学のメリット

これまで言われてきた9月入学のメリットは、

欧米各国と卒入学時期がそろうため、教育のグローバル化が進展する

真冬の受験期による感染症、大雪等による交通障害などを避けることができる

の2点が大きく挙げられていましたが、今回はそれに、以下が加わりました。

休校による教育課程・学校生活の遅れや空白を取り戻せる

先述した、2万人超の署名を集めた高校生も、9月入学のメリットとして、「教育の機会平等」「入試に伴う混乱を減らせる」「海外留学がしやすい」「青春を取り返せる」の4つを挙げています。

現行(4月入学)9月入学になると…
1月受験シーズン1月
2月2月
3月卒業式3月
4月入学式4月
5月5月受験シーズン
6月6月
7月7月卒業式
8月夏休み8月夏休み
9月9月入学式
10月10月
11月11月
12月冬休み12月冬休み
入試スケジュールを中心に作成

★9月入学のデメリット

教育現場への負担

現在の日本では、幼稚園(保育園)から大学まで、3月卒業4月入学という、切れ目のない仕組みになっています。公立私立すべての教育機関が足並みをそろえて9月入学を実施するには、大きな労力と膨大な時間が必要です。また、行事の時期や授業計画など、大幅な見直しが求められ、現場の混乱が予想されます。

学年の区割りや入学年齢が変則的に

文部科学省が検討している3案は、いずれも学年の区割りや入学時の年齢が現在と変わり、混乱が予想されます。

未就学児にしわ寄せ

②に関連して、「9月入学」に移行したとき、未就学児(小学校入学前の子ども)とその保護者にも大きな影響が及びます。大きく分類すると、「想定していた学年が変わる」、「急に幼稚園(保育園)の友達と学年が分かれる」、「一学年だけ人数が1.4倍程度に増える(その結果、教員一人当たりの生徒数が増えたり、急ごしらえの教室で授業を受けることになったり、という可能性がある)」点が挙げられます。「未就学児が9月入学の調整弁にされるのは勘弁」といった声も、保護者から上がっています(※)
(※)出典:「未就学児とその保護者にとって『9月入学』はデメリットのみ?保護者からの切実な声

さらに、「一斉実施案」の場合、4月に小学校に入学するはずだった子ども達が、9月まで在籍する場所も必要になってきます。また、2021年4月に7歳になる子は、7歳5ヵ月まで義務教育を受けられません。これは世界的に見て異例の高年齢であり、問題視されています。
グローバル化や海外留学への利便性など、高校生や大学生、社会人へのメリットが大きく報じられる一方で、移行期には未就学児にしわ寄せが行くという点も見落としてはならないでしょう。

教員や保育所、学童保育が不足

これも②に関連しますが、教員の不足が発生します。英国オックスフォード大学の苅谷剛彦教授の研究チームでは、来秋から9月入学を導入した場合の学校教育や保育への影響について推計。教員の不足や、保育所、学童保育での新たな待機児童が発生することがわかりました(具体的な数字は前項「現段階での文部科学省の案は3つ」を参照)。

苅谷教授は「学童を含めた保育担当者、教員の不足はお金では補えない。学校教育だけでなく、保育などのシステムを崩壊させ、子育て世代の働き方に大きな影響を与える。エビデンスに基づいた冷静な議論が必要」と話します(※)
(※)出典:朝日新聞2020年5月17日

家庭の費用負担が増加

文部科学省は5月15日、仮に「9月入学」を来年以降に導入した場合の家庭の負担額(移行期の4~8月の授業料や給食費など)の試算を明らかにしました。衆議院文部科学委員会で、自由民衆党の柴山昌彦前文部科学省大臣の質問に、浅田和信総合教育政策局長が答えたものです。文部科学省によると、移行期の1人当たりの負担額は以下のとおりです(※)

▼公立小学校 約13万4千円
▼公立中学校 約20万4千円
▼公立高校 約19万1千円
▼私立高校 約40万4千円
▼国立大学 約39万3千円
▼私立大学 約58万2千円

(※)出典:朝日新聞2020年5月16日

学校に通う子どもがいる家庭では、経済的な負担が非常に大きくなります。子どもが2人以上いる家庭では、とんでもない額になりそうです。

各種試験の時期を変更

現在、医師や看護師、薬剤師の国家試験は2月、教員採用試験は夏から秋に行われています。これは4月からの就業を見据えたスケジュールです。入学・入社が9月になると、これらの試験の日程もすべて変更しなくてはなりません。

国の予算編成にも影響が出る

日本も明治期に学制を導入した当初は9月入学でしたが、1886年に国の会計年度が4月~3月になったのを機に、学校でも4月入学が広がったという経緯があります。日本の会計年度は今も4月~3月。麻生太郎副総理兼財務大臣は、4月30日の参議院財政金融委員会で「入学9月に変えたら予算も全部9月編成になります。簡単な話ではないので、慎重な対応が必要」と述べています。

法律の改正を伴う制度改革が必要

学校教育法や各種資格試験にかかわる法律をはじめ、4月から年度が始まることを想定している法律について、すべて改正が必要となります。具体的には、学校教育法や子ども・子育て支援法など30本以上の法律を改正する必要があるとされています。各自治体の条例や規則、通達、システムにも変更が生じるでしょう。

識者や与野党幹部の賛成意見・反対意見

こうしてメリット・デメリットを並べると、長期的にはメリットが大きい気がします。ただ、9月に変更するときには国を挙げての大変革が不可欠で、それには人も時間もお金も必要になるでしょう。

9月入学は、1980年代からしばしば議論されてきましたが、「4月始まりが前提の社会」が壁となって実現してきませんでした。ましてや、新型コロナウイルスの感染縮小の見通しが立っていない今、議論するのは別のことではないかという意見があります。

立教大学経営学部の中原淳教授は、「9月入学を議論するコスト、実現するためのコストをかけるのなら、今ただちに優先するべきは、アナログ・デジタル問わず、どんな方法を使ってもいいので、『子どもたちの学びをとめないこと』に注力すること」と訴えています(※)
(※)出典:朝日新聞EduA (2020年5月6日)

一方、千葉大学教育学部副学部長で同大学教育学部付属中学校校長の藤川大祐氏は、「2021年9月入学を導入すれば、余裕ある学びが可能になる」と、9月入学を選択肢の一つとして挙げています。
「2021年度の始まりを9月にずらせば、2020年度は残り15ヵ月。オンライン授業の整備も落ち着き、感染の第2波が来ても時間の余裕がある」といいます。「主要7か国(G7)はすべて秋入学。冬の入試や猛暑の部活大会を避けられる」などの利点も述べつつ、「資格試験や入試の時期の変更など、9月入学の実現には社会全体で乗り越えるべきことがある」とし、「9月入学はいつかは必要になる改革だろう」と結んでいます(※)
(※)出典:朝日新聞(5月10日)

東京大学名誉教授で、2011から19年まで開成中学・高校で校長を務めた柳沢幸雄氏(北鎌倉女子学園学園長)は、秋入学への恒久的変更を強く主張。9月入学推進の理由に、以下のことを挙げます。

・留学生を受け入れている大学では4月入学のほかに9月入学も実施しているが、9月入学に1本化すれば効率的。
・高校を卒業後に海外大学に進学する生徒のなかには、国内の大学に通い、半年後に中途退学する者もいる。9月入学に変更すれば、海外大学進学のために国内大学を辞める人がいなくなる。
・多くの国では通年採用。日本も4月の一括採用を変えればよい。9月入学に変更すれば、海外の優秀な学生を採用しやすく、日本の優秀な学生も海外の企業に入社しやすくなる。
・アメリカのように、6月ごろ卒業したあとに就職活動を始め、会社と折り合いがついたら入社するようにすれば、大学時代は学業に専念でき、社会に出てから今以上に活躍できる。
・9月入学が早期に決まれば、今年度は約4ヵ月延長され、オンライン授業のシステムを作るなどの準備期間ができる。
(※)出典:朝日新聞EduA2020年5月3日

与野党幹部にも「9月入学の議論は否定しないが“今”ではない」という声が上がっています。
以下、各幹部の談話です(※)

自民党・世耕弘成参議院幹事長
「私はニュートラルだ。もともと諸外国に合わせて9月入学に切り替えればよいのではないかと思っていたし、今回はそれを進める大きな機会でもある。ただ、この半年分の学費をどうするのかなど、いろいろな問題もある。新型コロナウイルスへの対応で政府も学校も国民も大変な中で、大きな社会的変革を行う余力があるのか懸念している」

立憲民主党・福山哲郎幹事長
「もし新型コロナウイルスが収束せず、9月入学さえできない状況となれば、混乱することは間違いない。議論することは否定しないが、それよりも優先順位が高いのは、1日も早く新型コロナウイルスを収束させ、国民生活を再建して、学校を再開できるようにすることだ」

国民民主党・玉木雄一郎代表
「オンライン教育が推進されているが、地域や世帯の所得によって格差が生じている。すべての子どもたちがオンライン教育を受けられる環境を整備することに全力を傾けるべきだ。そのうえで、学校を再開できない地域では学びに穴が開いてしまうので、9月入学も積極的に検討すべきだ」

公明党・北側一雄副代表
「考え方としてはよく理解できる。世界の例を見ると9月入学のところも多く、そういう方向で検討していくのは賛成だ。(一方で)幼稚園も含め、小中高、大学、さらに就職の問題もある。企業との関係など、社会全体に大きく影響を与える話で、果たして今年の9月までに全国一斉にできるのかどうか、ハードルも高い」

共産党・志位和夫委員長
「9月入学にすると、進学時期などの変更が必要になり、社会的に大きな負荷がかかるので、慎重な検討が必要だ。いま大事なのは、子どもが教育を受ける権利をしっかり保障し、心身のケアにエネルギーを注ぐことだ」

(※)談話の出典:NHK政治マガジン(2020年4月30日)

学校現場の声や対応

夏休み短縮や行事の中止も

全国の公立小中高校では、授業時間を確保するため、9割超が夏休みの短縮を検討しています。東京都江戸川区は、夏休みを8月8~24日と決定。冬休み期間などについても検討が必要としています。さいたま市は8月1~16日、千葉市も8月8~23日の2週間に短縮。大分市は夏休みを12日間に短縮する予定。高松市は8月1~19日に短縮することに加え、小中ともに週3回程度、最大で7時間の授業が必要になるといいます。
行事の延期や中止を検討・決定する動きもあります。福岡市では小中学校の運動会や体育祭、高校の文化祭などを中止。札幌市や東京都台東区、山口市ではプール授業の中止を決定しました(※)
(※)出典:朝日新聞2020年5月13日

現段階では、あくまでも3月が学年末です。学校現場では、4月・5月の休校分を補うべく、カリキュラム消化のために苦渋の選択をしています。

青森県では賛成ゼロ

「9月入学制」について、東奥日報社(主に青森県内で購読されている新聞社)は青森県教育委員会と40市町村教育委員会にアンケートを実施。「賛成」と答えたところはなく、11の教育委員会が「反対」、27が「国などの議論の推移を見守る」を選択しました。
「あまりに急で対応が不可能」「学校現場が混乱する」などが理由に挙がり、「時間をかけて実施すべき重要な案件で時期尚早」、「実施するなら1~2年準備期間を」、「コロナが落ち着いてから慎重に検討・研究していくべき」など、性急な議論を避けるよう求める意見が多く見られました(※)
(※)出典:Web東奥2020年5月17日

「議論を見守る」という回答の中には、「国際化の視点からすればメリットは大きい」「将来的には必要」と、制度自体に一定の理解を示した意見があることから、今後、導入を検討する可能性はあるのかもしれませんが、「今ではない」ということなのでしょう。

小学校の校長や教育学者も声を上げた

公立小学校の校長が参加する全国連合小学校長会は5月14日、十分に時間をかけた検討を求める意見書を文科省に提出。「学校再開時の課題解決や第2波への体制づくりと並行して議論すべき内容ではないと考えます。特に、9月入学・始業が導入されれば、あたかもこれまでの全ての課題が全て解決されるという短絡的な考え方には違和感をもちます。また、このような状況下でなければ実施できないという声もありますが、新型コロナウイルス対応下で導入されることとなれば、学校は大きな混乱をきたします」と、現場から訴えました(※)
(※)出典:全国連合小学校長会 9月入学・始業の導入に関わる意見書PDF

教育学者でつくる日本教育学会も、「学習の遅れを取り戻し、学力格差を縮小する効果は期待できない」として反対する提言をまとめ、5月22日、文部科学省の担当者に提出しました。

提言では、9月入学を導入せずに学力を落とさない方法として、オンライン学習環境の整備や複数担任制の導入などを挙げ、追加の人件費を含めても1兆3千億円で実現できるとの試算を盛り込んでいます。高校や大学入試を巡っては、試験問題の範囲を学習進度の遅い学校に合わせることなどを提案しています。
さらに、9月入学に移行すれば国際化が進むとの主張については、「初等中等教育段階で直接メリットのある児童生徒は極めて限られる」と指摘しています。
(※)出典:「9月入学・始業制」に関する提言書全文PDF

大学からは「経済的な面からも反対」の声

9月入学に関する自民党のワーキングチームの第三回役員会では、有識者の意見をオンラインで聴取しました。この日は、取材に応じた国立・私立の大学団体トップからも、慎重な検討を求める声が続出しました。

そのなかで、早稲田大学の田中愛治総長は、9月入学について「教育システムの破壊になりかねない」「高3と大学4年の卒業を延ばすと、(4月に就職する予定が9月になり)収入が5ヵ月途絶える。現在のような経済的困窮の中では非常にまずい」「延ばした分の授業料が学校に入らなければ、小中高大の少なくとも2割、多ければ3~4割の私立学校が倒産」と反対の立場をとりました。

慶応義塾大学の中室牧子教授(教育経済学)は「後ろ倒しで就学年齢が上がると、失われる所得が平均年収の5分の1になる」という研究データを紹介。「一刻も早く学校を再開させて、失われた学習期間を取り戻すような公的支援を行うことが王道」と述べました。
(*)出典:朝日新聞2020年5月20日

9月入学は「グローバル化」につながるか?

上智大学経済学部の中里透准教授によると、「9月入学がグローバルスタンダードで、9月入学にすれば日本への留学生が増える」というのは根拠のない話だといいます。

日本への留学生の最も多い中国と、それに次いで多いベトナムは、新学年が9月始まり。それでは新学期が9月始まりの国からの留学生が総じて多いかとなると、ドイツ・フランス・イタリア・カナダからの留学生はいずれも留学生総数の1%未満。
一方で、新学期が日本と同じ4月始まりのインドからの留学生が多いかというと、こちらも全体の0.6%にとどまっています。

このことから、日本への留学を決める決定的な要素は「学年始まりの時期」ではなく、地理的な近さなど、ほかの要因が影響していると考えられるのです。

中里氏は、「情緒的で根拠のない反応からは距離を置き、9月を学年の始まりとすることの要否や得失を十分に見極めつつ、落ち着いた環境のもとで冷静な議論が積み重ねられていくことが望まれる」と結んでいます。
(*)出典:SYNODOS 2020年5月7日

また、オンラインのインターナショナルスクールを展開する松田悠介氏も、「9月入学になっても奨学金の拡充や英語教育の抜本的改革がない限り、海外への留学生が増えるとは考えにくい」と述べ、9月入学によるグローバル化には疑問を呈しています。
(*)出典:東京新聞2020年5月27日

まとめ

画像: まとめ

9月入学について政府が検討を始めてから、各界からさまざまな意見が出されました。子供の保護者や学校現場の教職員の声も頻繁に報道され、総じて、「議論は意味があるが、(議論も実施も)今ではない」という声が多い印象でした。
それらの影響か、9月入学推進派だった東京都の小池百合子知事も「子供にも意見を聞いてみて議論すべきでは」と慎重な言い回しになりました(朝日新聞2020年5月25日)。
教育に関して、国民の関心がこれだけ集まるのは珍しいことかもしれません。特に今回は、子供から大人まで幅広い声が集まりました。教育は国の根幹です。今後も動向を注視していきたいものです。

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