【麻倉怜士の4K8K感動探訪(9)】8K「マイ・フェア・レディ」―こんな神々しいヘップバーン、見たことがない!

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8Kの「マイ・フェア・レディ」に久しぶりに再会した。NHKのBS8K放送が2018年12月1日に始まって4ヶ月経った3月10日に、初回放映された。2018年12月1日の放送開始日の「2001年宇宙の旅」に次ぐ、8K映画の第2弾だった。現在に至るも、放映された8K映画はこの2作のみだ。この6~7月の8K放送はまさに「マイ・フェア・レディ月間」。6月7日、9日、20日、27日、29日、7月25日、7月26日――と、連続放映されている。

執筆者のプロフィール

麻倉怜士(あさくら・れいじ)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
▼麻倉怜士(Wikipedia)
▼@ReijiAsakura(Twitter)
▼ウルトラアートレコード(レーベル)

6~7月の8K放送は「マイ・フェア・レディ月間」

8K「マイ・フェア・レディ」は、NHKが権利者のCBSに8K化を提案。
バーバンクのフィルムラボ、FotoKemにて、65ミリのオリジナルネガフィルムから高精細スキャナー「Imagica Imager XE 65 Advanced」で8Kスキャン。フィルムの傷や汚れなどをレストアし、次ぎにグレーディング――の一連の作業が半年掛けて行なわれ、8K/24p/RGB4:4:4・16ビットTIFF連番ファイルを作成。NHKにて字幕のインサートや60p変換などの作業を経て放送用マスターが制作された。放送素材は8K/60p/SDR/5.1chだ。

「8K版 マイ・フェア・レディ」

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8Kならではのリアルな情報性、情緒性が横溢する「マイ・フェア・レディ」

「マイ・フェア・レディ」は、貴族社会のシンデレラストーリーだ。
禁欲的な描写性の「8K・2001年宇宙の旅」と異なり、すべてが現実世界の出来事であり、いかにリアリティが濃いかが、問われる。その意味でこの映画は8Kならではの濃密な情報性、情緒性が横溢していると、見た。

イギリスの写真家セシル・ビートンが監修した美術の素晴らしさが、8Kで活きた。
1958年に映画「恋の手ほどき」でアカデミー衣裳デザイン賞、1964年の本作「マイ・フェア・レディ」でアカデミー美術賞、衣裳デザイン賞を受賞している彼が徹底的に時代考証した衣装の素晴らしさ。イライザが社交界にデビューするアスコット競馬場での豪華なドレス、ヒギンズ教授の着るジャケットや背広の高級感…など、8Kの質感描写力には目を見張る。

プロデューサーが、舞台のジュリィ・アンドリュースでなくオードリー・ヘップバーンを主役に抜擢した理由が、8Kで見ていると、分かる。
貧しい花売り娘が舞踏会で、某国の王女に間違えられるほどの高貴なフェア・レディへ大変身する過程のヘップバーンの佇まいの変化、存在感の変化、知性の変化……など変化のダイナミックレンジを、8Kはたいへんリアルに活写する。

ヘップバーンの肌色も、冒頭の花売り娘の頃は若干黄色がかっているが、物語が進むと共に、徐々に白くなっていく。この微妙な変化もきちんと再現している。50年以上前のヘップバーンの姿はきわめて貴族的で上品。そんな彼女の存在感が、映像としてここまで綺麗に再現できることに、8Kは凄いなあとの感動を覚えた。何より、ヘップバーンの美しさ、高貴さを鑑賞する愉しみが、ある。

オールセットで驚異の本物感

全編通してロケーション収録はいっさいなく、オールセットで美術、インテリア、色彩が設計され、光の配置や照明の造り込みもひじょうに綿密。
光の演出への意欲やこだわりを8K映像から十分に感じとることができた。言語音声学者、ダニエル・ジョーンズの邸宅をモデルにしたヒギンズ教授邸の貴族的な佇まいや、インテリアの本物感が著しい。

エドワード調の壁紙のノーブルさ、草花や樹木をモチーフとしたウィリアム・モリス・ファブリックのソファのエレガントさ、ラウンドしている階段の手すりの光沢感、木材の角のとがり方……などの再現も実にリアル。立派な装幀の専門書や古書が蝟集する本棚は、特に8Kの質感再現力が発揮されていた。

色階調についても、ヒギンズ教授の屋敷はローキー気味で、対照的にアスコット競馬場は白を基調にした明るいもの、そしてヒギンズ教授のお母さんの家は暖かな色調――といった具合に、それぞれの舞台となる空間を照明と色の違いで演出している様子も、8Kでよくわかった。

有名なアスコット競馬場シーンでは、作品が持っている“気品”をダイレクトに感じた。
映像評論家の酒井俊之氏は、私との対談でこう述べていた。

「アスコット競馬場のシークエンスでの白と黒の強烈なコントラスト、特に白の伸びにびっくりしました。白いドレスをまとった女性たちが登場しますが、そのドレスの“白”のなかにも微妙な違いがある。“一番の美しい白”はヘップバーンのために用意されている。これまでのHD版では、ここまで意識させられることはありませんでした」

8K映画は「スクリーンで映画を観た」感覚

8Kで観る映画の凄さは、電子映像なのに、ひじょうにフィルムらしいフィール、味わいが深く、「スクリーンで映画を観た」感覚に浸らせてくれることだ。8Kの高忠実な映像伝達力が、フィルムのアナログ的な質感を忠実に伝えるのだ。

画質的には特にコントラストが素晴らしい。
単に黒がきちんと沈んでいるというだけでなく、その艶艶した輝きが印象的だ。冒頭の雨のコヴェント・ガーデンのシーン。雨粒に濡れる馬車の幌の黒光、ロンドンタクシーの金属ボディの黒と反射、雨水が溜まった舗道の燦めき感…8Kの微少画素サイズ故のコントラスト再現性は圧倒的だ。

これまで「マイ・フェア・レディ」を観る時はストーリーの面白さに引き込まれていたが、8Kではストーリーは映画を構成する要素のひとつであって、衣装やセット、照明、撮影方法などのすべてで映画は成り立っているという事実を改めて再確認した。

これまでDVDやブルーレイでも繰り返し本作を観てきたが、やはり8Kはそれらとは格が違う。もともとのフィルムの情報量はこんなに凄かったのかと驚いた。これからもリピート放送は多いので、8Kが見える環境の向きはぜひ、世紀の8K傑作「マイ・フェア・レディ」を堪能しよう。

文◆麻倉怜士(デジタルメディア評論家)

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麻倉怜士(AV評論家)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。

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