体のあらゆる部位で発生するがんのなかで、子宮頸がんは、HPV(ヒトパピローマウイルス)というウイルスの感染がきっかけで起こることがわかっています。感染を防ぐにはワクチンの接種が有効とされますが、現在の日本では接種率が1%未満です。横浜市立大学医学部産婦人科学教室主任教授の宮城悦子先生監修のもと、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)とはどのようなものなのか、なぜ接種率が低いのか、接種したい場合はどうしたらいいのか、研究データや現在の制度、問い合わせ先などをまとめました。

子宮頸がんワクチンによる副作用

痛みや腫れ、赤みなどは多くの人に起こる

厚生労働省が「積極的推奨」を再開できない理由は、子宮頸がんワクチンの重篤な副反応と疑われる事例について、評価が確定していないためとされています。

子宮頸がんワクチンも他の薬と同様、副反応が出る可能性があります。厚生労働省がHPVワクチンについて、一般向けに情報提供するために作成したリーフレット『H P Vワクチンを受けたお子様と保護者の方へ』(PDF)には、以下のような副反応が挙げられています。これらは多くのワクチンでの共通のものです。

【多くの人に起こる症状(10%以上の人に起こった症状)】
疲れた感じ、頭痛、腹痛、筋肉や関節の痛み、注射した部分の痛み、腫れ、赤み

【その他の症状】
注射した部分のかゆみ、出血、不快感、発熱、めまい、発しん、じんましん、緊張や不安・痛みなどをきっかけに気を失う(迷走神経反射)

【まれに起こるかもしれない症状】
呼吸困難や蕁麻疹などを症状とする重いアレルギー(アナフィラキシー)、手足の力が入りにくいなどの症状(ギラン・バレー症候群)、頭痛、嘔吐、意識低下などの症状(急性散在性脳脊髄炎)

接種中止につながった問題の症状とは

上記の副反応とは別に、「多様な症状」も報告されています。厚生労働省のリーフレットでは、以下の症状については別の囲み記事で紹介されています。
【知覚に関する症状】頭や腰、関節等の痛み、感覚が鈍い、しびれる、光に関する過敏など
【運動に関する症状】脱力、歩行困難、不随意運動など
【自律神経等に関する症状】倦怠感、めまい、睡眠障害、月経異常など
【認知機能に関する症状】記憶障害、学習意欲の低下、計算障害、集中力の低下など

実際に多様な症状で苦しむ人たちも

HPVワクチンの接種後に上記のような症状が現れた人たちが、2013年3月に「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」を結成。2015年3月に、全面解決要求書を国と企業に提出しました。2016年7月には、国と製薬企業2社に対し、損害賠償を求めて提訴。現在120名を超える原告が裁判を行っています。

HPVワクチンによって健康被害を受けたという人達の声を、メディアが大きく取り上げたことから社会に大きな不安が広がり、厚生労働省は積極的推奨を差し控えました。同時に、HPVワクチンと体調不良についての調査・研究を行っています。

HPVとの因果関係は認められず

2015年9月、「名古屋スタディ」と呼ばれる調査が行われました。上記の「子宮頸がん予防ワクチン被害者連絡会」の愛知支部が、名古屋市に実態調査を要望し、市長が実施を決めたものです。日本で初めて、子宮頸がんワクチンと接種後の体調不良との関連を調べる大規模な疫学調査で、ワクチンの安全性を確かめる研究として注目されました。

1994年4月2日生まれから、2001年4月1日生まれまでの女子7万1177人(当時14歳から21歳)を対象にアンケートを実施。3万793人が回答(回答率43.4%)、有効回答2万9846人分を解析しました。

質問項目は、被害者支援団体や一部の医師、メディアが「ワクチンに関連する症状」として報告している「月経不順」「関節や体が痛む」「ひどく頭が痛い」など24症状。その症状で医療機関を受診したことがあるか、今も症状が残っているか、なども併せて尋ねました。

ワクチンを打った女子と打っていない女子では年齢構成が異なり、年齢が高くなると経験した症状が増えるため、年齢の影響を取り除いてデータを集計。その結果、24症状のいずれも、接種者と非接種者との間で統計的に意味のある差はなかったのです。データを解析した名古屋市立大学大学院の鈴木貞夫教授らにより、「子宮頸がんワクチンと有害な症状との因果関係がないことを示唆している」と結論づけられ、英文論文として発表されました。

厚労省の専門部会でも因果関係はわからず

2016年12月、厚生労働省の副反応検討部会は、実際に重篤な症状に苦しむ患者を診療している医師や、中毒学・免疫学・認知行動科学・産婦人科学の専門家が集まって審議を行い、全国疫学調査の中間報告をしました。そこでは、上記のような多様な症状は、神経学的疾患や中毒や免疫学的疾患では説明がつかず、「機能性身体症状と考えられる」と結論づけました。機能性身体症状とは、症状はあるが異常を見出せない、つまり原因不明です。歩行困難や不随意運動などの症状と子宮頸がんワクチンのとの因果関係は、「ある」とも「ない」とも言えない。「わからない」いうことです。

その後も継続して、副反応の発生状況をモニタリングした結果、上記のような症状が起こった人は、子宮頸がんワクチンを接種していなくても、一定数存在したことがわかりました。
出典:厚生労働省「HPVワクチン接種後に生じた症状について」PDF

他の予防接種でも副作用の報告がある

麻疹(はしか)や日本脳炎など、子供のころに受ける予防接種も、それぞれ重篤な副反応が報告されています。

麻疹の予防接種では、脳炎脳症が100~150万人接種に1人以下、急性血小板減少性紫斑病が100万人接種に1人程度といるといわれています。
*出典:国立感染症研究所「麻疹Q&A」

日本脳炎に関しても「ごくまれにショック、アナフィラキシー様症状、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、脳症、けいれん、急性血小板減少性紫斑病などの重大な副反応が見られることがある」とされています。
*出典:厚生労働省「日本脳炎ワクチン接種に関するQ&A」

ごくまれに重篤な副反応が起こる点は、HPVワクチンと同じです。それでも多くの人が麻疹や日本脳炎の予防接種を受けるのは、自治体から個別にお知らせが届き、接種を勧められるからでしょう。子宮頸がんワクチンとの接種率の違いは、「積極的推奨」の有無といえそうです。

子宮頸がんワクチンの最新研究

国内外では近年、子宮頸がんワクチンの研究が進んでいます。一部を紹介しましょう。

ワクチン接種で子宮頸がんのリスクが大幅減

スウェーデンのカロリンスカ研究所のグループが、HPVワクチンで子宮頸がんのリスクが大幅に減ったという研究結果を、アメリカの医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に発表しました。これまで、HPVワクチンが前がん症状を減らすデータは発表されていましたが、子宮頸がんをどれだけ減らせるのかについては、詳しいデータがありませんでした。

グループでは、2006年から2017年までの間に10歳から30歳だった約167万人の女性を対象に、4価ワクチンの接種と子宮頸がんの発症との関係を調べました。その結果、ワクチンを接種しなかった女性では、子宮頸がんと診断されたのが10万人当たり94人だったのに対し、接種した女性は10万人当たり47人と、半分でした。年齢などを調整したうえで子宮頸がんのリスクを分析したところ、17歳未満で接種した場合はリスクが88%減り、17歳から30歳までに接種した場合もリスクは53%減っていたということです。研究グループは「ワクチン接種は子宮頸がんのリスクを大幅に減らすことにつながることが示された」としています。
*出典:NHKニュースweb2020年10月11日

子宮頸がんの死者数が約4000人増える

ワクチンの接種率が今のままだと、子宮頸ガンの患者が約1万7000人、死者が約4000人増加することが、大阪大学大学院医学系研究科の八木麻未特任助教、上田豊講師らの分析でわかりました。この研究は、2020年9月29日、自然科学のオンラインジャーナル『Scientific Reports』に公開され、新聞等でも報道されたので、ご記憶の方も多いでしょう。

研究グループは、2000年度以降に生まれた女性の子宮頸がん罹患・死亡相対リスクを予測。生まれた年度ごとの罹患者と死亡者の増加数を推計しました。その結果、接種率が低いまま定期接種の対象年齢を超えた2000~2003年度生まれの女性で、将来の罹患者数が約1万7000人、死亡者数が約4000人増えることがわかったのです。

研究グループは「一刻も早いワクチンの積極的勧奨の再開に加えて、接種率が減少している2000年度以降の生まれの女子への子宮頸ガン対策が必要」としています。
*出典:大阪大学の研究専用ポータルサイト

母親の子宮頸がんが赤ちゃんに移植

子宮頸がんに罹患した母親から生まれた赤ちゃんが、肺がんを発症した例が見つかりました。分娩時に、子宮頸部のがん細胞が羊水に混入し、赤ちゃんが産声を上げる際に羊水を吸い込んだことで肺がんを発症したと考えられます。国立がん研究センターなどの研究チームが、世界初の例として2021年1月7日に発表。論文は米医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』電子版に掲載されました。

症例は2組で、肺ガンを発症したのはいずれも男児。1組目の男児は薬で治療、2組目の男児は手術で肺ガンを切除しました。母親2人は、出産後や出産時に子宮頸ガンと診断され、その後亡くなりました。

同センター中央病院の小川千登世・小児腫瘍科長は「小児の肺がん患者は100万人に1人もいないうえ、極めてまれな例」と説明したうえで、「母親の子宮頸がんの発症を予防することが重要」と訴えています。
*出典:JIJI.COM(2021年1月7日)

横浜市立大学の宮城先生によると、「これまでにこのような症例があっても、詳細に検討されていなかった可能性もあります」とのこと。今回の例は氷山の一角かもしれません。子宮頸がんに罹患しての妊娠・出産は、母子ともに負担が大きく、失うものが大きすぎます。このような悲劇を起こさないためにも、子宮頸がんワクチンの接種率向上が望まれます。



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