【麻倉怜士の4K8K感動探訪】NHK BS8K「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」驚異の暗部映像(前編)<連載24>

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冒頭、暗い床の間の映像から始まる。ナレーションが「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされたわれ/\の先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った」と語る。

独特の光の技を描いた世界的名著「陰翳礼讃」

NHK BS8Kの60分番組「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」だ。
2020年9月28日に初放送されたが、私は最近、250インチの大スクリーンで8K視聴する機会があり、たいへん感心したので、報告しよう。 NHK BS8Kでは、この10月1日に再放送され、自宅で視聴した。

本8Kは、谷崎潤一郎が昭和の初めに著した「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」の内容を忠実に8K映像化した映像作品だ。

当時、西洋化が進み、照明が発達して身の回りがどんどん明るくなっていく中で、伝統の「光と影が織りなす美」という、西洋にない、日本だけの独特の光の技を、ひじょうに細かな観察眼と、細密的な筆致で描いた世界的な名著だ。

日本人の美意識が理解できる書として、また好適な日本文化の入門書として海外でも長い間、読み継がれてきた。その世界観を8Kで映像化したのが「THE 陰翳礼讃「谷崎潤一郎が愛した美」だ。

あまりに感動したので、制作者の栗田和久氏(NHK制作局第2制作ユニットチーフ・ディレクター)に直接、意図を聞いてみた。

「『陰翳礼讃』は、90年も前に書かれたものですが、谷崎の言葉の中には現代社会にも通じる古くて新しいメッセージがあります。それをぜひ番組に込めたいと思いました。これまでも『陰翳礼讃』の世界をテレビ番組やネット動画などで描いているものがありますが、私自身としては表層的、紋切型のものが多く、谷崎の審美眼や世界観に追いついていないのではないかという、もどかしさを感じていました。また8KのHDR映像ならば、『陰翳礼讃』の世界を深い色合いと光の階調で映像化できるのではないかという期待もありました」(栗田和久氏)

近代文明に対する疑義の申し立て

脚本のこだわりも尋ねた。

「『陰翳礼讃』というと、単に”日本の伝統美”をイメージする人が多いと思うのですが、話してみると”わび・さび”と混同している人が多いことに気づきます。谷崎の真骨頂は、優れた観察眼で日本美を分析しつつ、近代文明に対する”愚痴”を独特の文体で著したところにあると思います。今回の番組の大きな構成は、谷崎が描き出す日本の美を映像化しながら、次第に近代文明に対する疑義の申し立てという本筋にいざなっていく、という流れになっています。これはこのプロジェクトを立ち上げた際の核にあったアイデアなので、最初からこの流れはほぼ決めていて、したがって本文の引用個所の選定、そして再配置は大胆に行いました」(栗田和久氏)

では、8Kはどのように「陰翳の美の世界」を描いたか。ナレーションで、「陰翳礼讃」の一節が語られ、その内容に即した映像化が行われる。まずこう語られる。

「(前略)われ/\は、それでなくても太陽の光線の這入りにくい座敷の外側へ、土庇を出したり縁側を附けたりして一層日光を遠のける。そして室内へは、庭からの反射が障子を透してほの明るく忍び込むようにする。われ/\の座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外ならない。われゝは、この力のない、わびしい、果敢ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み込むように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る」(インターネットの図書館・青空文庫「陰翳礼讃」より引用)

このナレーションと合う形で映像では、障子に外からのものの影や虫の影の姿が映る、ほとんど白黒の障子を8Kで映す。でもそれはカラーの8Kだから、いくら白黒に近いといっても、ほんのりわずかに色のグラテーションが、うっすらと認められるのである。

まさに光の距離のドキュメンタリー

次に暗闇の魅力について、「陰翳礼讃」では淡い間接光が織りなす美の世界、日本家屋独特の光の取り入れ方を、こう書いている。

「まことにあの障子の裏に照り映えている逆光線の明りは、何と云う寒々とした、わびしい色をしていることか。庇をくゞり、廊下を通って、よう/\そこまで辿り着いた庭の陽光は、もはや物を照らし出す力もなくなり、血の気も失せてしまったかのように、たゞ障子の紙の色を白々と際立たせているに過ぎない」(インターネットの図書館・青空文庫「陰翳礼讃」より引用)

8K映像では、向こうに外側のガラス戸を通して見える庭のとても明るい光が、室内にダイレクトに入り、それが数メートルを経て、障子で遮られ、淡く弱い光になるさまを、まさに光の距離のドキュメンタリーのように描いている。

ここで、もしHDRという光描写技術が開発されていなかったら、庭は白く飛んでいただろうし、”よう/\そこまで辿り着いた” 障子の弱々しい光の細やかなグラテーションは表現できなかったに違いない。8KとHDRの有り難さを痛感した場面だった。

次号では「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」画質を述べよう。

BS8K「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」11月の放送予定。

▼放送日時(BS8K)
11月9日(火)午後8:00
11月27日(土)午後2:00
11月30日(火)午後9:00

◆文・麻倉怜士(あさくら・れいじ)
デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
▼麻倉怜士(Wikipedia)
▼@ReijiAsakura(Twitter)
▼ウルトラアートレコード(レーベル)

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麻倉怜士(AV評論家)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。

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