【麻倉怜士の4K8K感動探訪】NHK BS8K「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」驚異の暗部映像(後編)〈連載25〉

家電・AV

NHK BS8Kの60分番組「THE 陰翳礼讃「谷崎潤一郎が愛した美」のリポートの第2弾。画質について述べよう。

驟雨江村図を自然光のみで撮影

ナレーションがこう語る。

「尤も我等の座敷にも床の間と云うものがあって、掛け軸を飾り花を活けるが、しかしそれらの軸や花もそれ自体が装飾の役をしているよりも、陰翳に深みを添える方が主になっている。われらは一つの軸を掛けるにも、その軸物とその床の間の壁との調和、即ち「床うつり」を第一に貴ぶ」「もし日本座敷を一つの墨絵に喩えるなら、障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間は最も濃い部分である。私は、数寄を凝らした日本座敷の床の間を見る毎に、いかに日本人が陰翳の秘密を理解し、光りと蔭との使い分けに巧妙であるかに感嘆する」(谷崎潤一郎「陰翳礼讃」。青空文庫 http://www.aozora.gr.jpから)

床の間に掛けられている、江戸時代の円山応挙(まるやまおうきょ)の掛け軸、驟雨江村図(しゅううこうそんず)を自然光のみで撮影。8K映像では左からの光線が弱く床の間に入り、壁に淡いグラテーションを残しながら、ようやく驟雨江村図のフレームの金色を、やさしく輝かせている。

「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」©NHK

暗部の再現性こそが核心部分

8Kの暗部は、いかに掛け軸が「陰翳に深みを添える」か、「光りと蔭との使い分け」がされているかについて、実に的確に描写している。暗部のグラテーションの細かいステップが見えるからこそ、その内容が、ビジュアルで分かるのである。この素晴らしい暗部映像は、どのように撮影されたのだろうか。制作者の栗田和久氏(NHK制作局第2制作ユニットチーフ・ディレクター)に直接、意図を聞いてみた。

「今のカメラはスチル、ムービーに限らず、明度が高い方の階調は緻密ですが、逆方向の暗部の階調は必ずしもそうではないという印象を持っています。しかし実は、暗部の再現性こそが、映像全体の空気感=アトモスフィアを創り出す核心部分なのです。私たちに見えるもの全てが、ほんのわずかな段差で生まれる影、微妙な影、あるいは大きな影の途方もない組み合わせで、その空気感を創り出しているのです。今回はその再現性にこだわって、撮影カメラを選定しました。現代美術作品とインタビューの撮影以外は、光源はほぼ自然光と和ろうそくのみなので、自然光の生かし方やアレンジは、カメラを実際に回し始めるまで、相当に時間をかけています」(栗田和久氏)

そうなのである。『THE 陰翳礼讃「谷崎潤一郎が愛した美」』の画期性は、「光源はほぼ自然光と和ろうそくのみ」というところなのだ。8Kのような高精細撮影でなくとも、室内のカメラ撮影では照明を当てるのが常識だが、そもそも、いにしえの日本ではむしろ陰翳を認め、それを利用することで陰翳の中でこそ映える芸術を作り上げたとする「陰翳礼讃」の映像化では、人工光はまったく合わない。でもそれはデジタルのカメラでは、大きな挑戦だ。暗部には必ずノイズが載るからだ。栗田氏はこう言った。

「撮影したRAWデータは、スタジオに持ち込み、専用のソフトウェアを使ってグレーディングを行い、プラグインを駆使してノイズを除去していきます。完成状態に持っていくには、数週間を要しました。ノイズ除去の強弱とアトモスフィアの再現は相反するため、そのバランスをとるのが非常に難しかったです」(栗田和久氏)

8Kの壮絶な表現力で奇跡的に映像化

和蝋燭の揺らめく炎、そしてそれを反射する漆器の美の8K映像は、まさに『THE 陰翳礼讃「谷崎潤一郎が愛した美」』の画質的ハイライトだ。谷崎はこう述べる。

「事実、『闇』を条件に入れなければ漆器の美しさは考えられないと云っていゝ。もしあの陰鬱な室内に漆器と云うものがなかったなら、蝋燭や燈明の醸し出す怪しい光りの夢の世界が、その灯のはためきが打っている夜の脈搏が、どんなに魅力を減殺されることであろう。まことにそれは、畳の上に幾すじもの小川が流れ、池水が湛えられている如く、一つの灯影を此処彼処に捉えて、細く、かそけく、ちら/\と伝えながら、夜そのものに蒔絵をしたような綾を織り出す」(谷崎潤一郎「陰翳礼讃」。青空文庫 http://www.aozora.gr.jpから)

8Kでは、漆器のグロッシーな黒に反射する蝋燭の白い炎が実に美しい。
「まことにそれは、畳の上に幾すじもの小川が流れ、池水が湛えられている」の部分では、まさに書かれているのと同じ情景が撮影されている。蝋燭の光が畳みの山の山頂に反射し、溝の部分は暗部になり、そこが小川になっているさまが、8Kの暗部表現力で見事に、映し出されている。栗田氏はこう言った。

「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」©NHK

「撮影現場で確認するモニターは4Kなので、光源が和ろうそくなどの時は、収録したRAWデータでどこまで再現されているのか、実際はよくわかりません。撮影現場では波形モニターでも確認していますが、出来る限りすぐにスタジオに持ち込んで、仮のグレーディング処理を行い、8Kモニターで映像を見ながら、暗部の再現性とノイズ除去のバランスを調整し、そこで得られたものを次の撮影現場にフィードバックさせました」(栗田和久氏)

このように、制作者のひじょうなこだわりと、8Kの壮絶な表現力にて、奇跡的に映像化されたのである。

インタビュー映像は対極的に極彩色

番組編集が見事だと思ったのは、本の映像化では徹底的に暗部を捉えているが、でも専門家インタビューでは、対極的に極彩色で描いていることだ。現代美術家の大竹伸朗氏のインタビュー映像では もの凄く派手で、貼り絵の原色、高彩度の色が画面いっぱいに溢れる。暗い、色のない和室の世界の映像を長く見せられていたところに、突然、たいへんカラフルな色が現れ、目が覚めた。この編集の順番がいい。

2回にわたってNHK BS8Kの60分番組『THE 陰翳礼讃「谷崎潤一郎が愛した美」』をリポートしたが、これほど暗部の魅力を解いた書は、ほかにない。同じ意味で、これほど暗部を徹底的に描くことに成功した番組もない。

なお、このNHK BS8K「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」は、11月17日に発表された先進映像協会ルミエール・アワード2021の8K部門で、見事、グランプリに輝いた。審査を担当した私は、発表会でこうコメントした。

「全体で最高だと思ったのは、 8Kグランプリの NHK「陰影礼賛」です。これは本当に素晴らしいですね。 8Kの描写力をいちばん難しい題材で試そうという姿勢が、よい。ライトを使わずに自然光だけで非常に暗いところを撮る挑戦も素晴らしい。ノイズも増えるし、階調の問題もある。でも果敢に挑戦し、ストーリーテリングとしても、とても面白い。番組編集が見事だと思ったのは、全体に徹底的に暗部なのですが、専門家インタビューでは、対極的に極彩色で描いていることです。その対比があるからこそ、暗部も活きます」

▼放送日時(BS8K)
11月27日(土)午後2:00
11月30日(火)午後9:00

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麻倉怜士(AV評論家)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。

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