週刊少年ジャンプで連載し、大ヒットとなった「鬼滅の刃(きめつのやいば)」。2019年4月に深夜に放送された2019年4月から9月にかけて放送されたTVアニメが社会的な大ヒットを起こし、それまでシリーズ累計約350万部だった単行本の発行部数が、2020年12月には累計1億2000万部を突破。約34倍もの伸び率となっています。10月16日に公開された劇場アニメ「劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編」は、公開から2か月あまりで興行収入が324億円を超え、日本映画史上興行収入1位となりました。(2020年12月28日更新)
執筆者のプロフィール
河嶌太郎(かわしま・たろう)
1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。Yahoo!ニュース個人では「河嶌太郎のエンタメ時報」を執筆、オーサーコメンテーターとしても活躍中。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、家電、ガジェット、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。
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「千と千尋」抜き興行収入歴代1位に
それまでの歴代1位は、宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」(2001年)の316億円で、20年近くにわたり1位の座を守り続けていました。しかも「千と千尋の神隠し」300億円の大台に達するのに253日(興行通信社調べ)要しているのに対し、「劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編」は73日と、3倍以上の速さで追い抜いたことになります。
それ以外の作品をみると、「鬼滅」以前の2位は「タイタニック」(1997年)の262億円、3位は「アナと雪の女王」(2014年)の255億円。4位は新海誠作品の「君の名は。」(2016年)の250.3億円と続いてしました。
大ヒットの要因はコロナ禍?
これらの名作を一気に抜き去る形で1位に「無限列車編」が躍り出たわけですが、この大ヒットの要因は業界関係者でもはっきりとわかっていません。一つ確実に言える要因は、コロナ禍で映画館の上映スケジュールがスカスカであり、他に競合する劇場作品も少ないことから、一つの時間帯に3つや4つ以上のスクリーンで同時上映した映画館も少なくなかったことです。
特に公開当初は新宿3館の映画館だけで1日に100本近い回数が上映され、そのスケジュールは時刻表のようだとも話題になりました。既に「5回以上は見た」という人もおり、複数回観に行く人も珍しくない状況です。
なお、前1位の「千と千尋の神隠し」の要因の一つに、現在主流のシネコンが全国各地にできつつあった頃で、それまでの主流だった単館上映の映画館に比べ、映画館のキャパシティが飛躍的に増大していた時期と重なったからという見方もあります。
もちろん、「千と千尋の神隠し」がそれに比類する名作だからというのは間違いないですが、やはり記録が更新される時は社会的な要因も無視できません。「鬼滅の刃」がここまで早く歴代1位を達成できたのは、もちろん作品の完成度の高さもありますが、コロナ禍で人々がエンタメに対して飢えていたからと言えるのではないでしょうか。
劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編の魅力を解説
ほぼ原作漫画の通りに話が進む
コロナ禍の影響もあり、他に競合する劇場作品も少ないことから、公開当初は新宿3館の映画館だけで1日に100本近い回数が上映され、そのスケジュールは時刻表のようだとも話題になりました。既に「5回以上は見た」という人もおり、複数回観に行く人も珍しくない状況です。
10月16日に公開された劇場アニメ「劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編」の何がそこまで人々を魅了させるのか、その魅力を解説したいと思います。
まず申し上げますと、劇場版も、ほぼそのまま原作漫画の通りに話が進みます。
「鬼滅の刃」のあらすじと登場人物
最初に「鬼滅の刃」について振り返りたいと思います。
「鬼滅の刃」は、大正時代を舞台にした和風ファンタジーです。主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)の家族が鬼に殺され、そして鬼にされてしまった妹・禰豆子(ねずこ)を人間に戻すため一緒に旅に出るという物語です。
そして禰豆子を人間に戻す手がかりを掴むため、炭治郎は鬼を討伐する「鬼殺隊」に入るべく、鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)に弟子入りし、2年にわたる修行に励みます。そして「最終選別」と呼ばれる、鬼殺隊入隊の最終試験に臨みます。炭治郎は見事ここで生き残り、鬼殺隊への入隊を果たします。
鬼殺隊入隊以降、ブラック企業のように、傷つきながらも休み無しで鬼狩りの任務をこなし続けます。その過程で、鬼達のボスであり、自分の血を人に分け与えることで、鬼を生み出す元凶である鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)の存在を突き止めます。
同時に、鬼でありながら無惨に抵抗をする医師・珠世(たまよ)と出会い、禰豆子を人間の戻す手がかりを掴むため、無惨の血が濃い「十二鬼月」と呼ばれる側近の血を集めるというミッションが課せられます。
続いて元十二鬼月の響凱(きょうがい)を倒す、「鼓屋敷編」と呼ばれる任務の過程で、炭治郎は2人の仲間と出会います。鬼殺隊同期の我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)と、嘴平伊之助(はしびら・いのすけ)です。
善逸は金髪で女好きで、極端に臆病者のヘタレという性格をしています。伊之助はイノシシのかぶり物をかぶっている見た目が特徴で、幼少期を山の中でイノシシに育てられたという設定から、「猪突猛進」をそのまま体現したかのような野性的な性格をしています。
「鼓屋敷編」以降、3人は行動を共にするようになり、映画の「無限列車編」に至るまで寝食を共にするようになります。それまでは炭治郎は孤独の戦いを強いられていましたが、強くなるための修行まで仲間と共に過ごすようになります。劇場版でも、3人は見事な共闘を演じます。
炭治郎、善逸、伊之助、禰豆子がはじめて共闘
禰豆子は最初、炭治郎と行動を共にし、一緒に鬼と戦っていましたが、鬼としての「力」を使いすぎたことで、炭治郎が鱗滝左近次に弟子入りしたタイミングで、2年にわたる眠りについてしまいます。そして、炭治郎が鬼殺隊に入隊したタイミングで目覚め、再び炭治郎達をサポートし続けます。
炭治郎達の敵である鬼の弱点は、2つあります。1つは、鬼殺隊員の持つ「日輪刀」という刀で首をはねられるということ。そしてもう1つが、日光に晒されることです。鬼になった禰豆子も、この弱点は例外ではなく、太陽の光に晒されると蒸発するように存在がなくなってしまいます。そこで、普段は密閉された赤い木箱に身体を小さくして入り、それを炭治郎がリュックのように背負いながら行動を共にしています。
禰豆子は、炭治郎と共に、鬼殺隊員として与えられる任務にも一緒に戦っていましたが、やがて、その存在が他の鬼殺隊員にも知られるようになり、「鬼を倒す鬼殺隊員が鬼を連れて歩くとはどういうことか」と、隊内で問題視されます。しかし、禰豆子が人を決して襲わない鬼であることが証明されると、鬼殺隊の一員として受け入れられるようになります。
こうして、炭治郎、善逸、伊之助の3人と、禰豆子を加えた4人が主要登場人物となり、物語は劇場版で描かれる「無限列車編」へと進むことになります。「無限列車編」はこの4人がはじめて共闘するミッションでもあります。
日本最高峰の3D技術が結集
「無限列車編」を何度も観に行く人が口々に揃えるのは、「戦闘シーンが何度見ても素晴らしい」という点です。作品中では、大きく2回戦闘シーンがあるのですが、特に魅了するのは、後半の戦闘シーンです。
「炎柱」煉獄杏寿郎と「上弦の参」猗窩座の戦い
後半部分では、主人公の竃門炭治郎は直接戦いに参加しません。主人公属する鬼殺隊でも指折りの強さを誇る「炎柱」煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)が戦います。対する相手も、敵方の鬼勢力の中でも五本指には入る強さの「上弦の参」猗窩座(あかざ)が戦います。
煉獄杏寿郎は代々「炎柱」を輩出し、鬼を倒す技の一派「炎の呼吸」を受け継ぐ家系の生まれです。鬼殺隊内の階級は一番高い「柱」で、杏寿郎が使う「炎の呼吸」の型と合わせて「炎柱」と呼ばれています。
死亡率の高い鬼殺隊の中で長年にわたり修羅場をくぐり抜けてきた経験から、個人としての強さだけでなく、迅速で的確な状況把握能力と戦術眼も持ち合わせており、指揮官としても評価されています。「柱」でも猪突猛進型の人間が少なくない中、個人としての戦闘能力と戦況把握能力の2つを兼ね備えていることから、煉獄杏寿郎は「鬼殺隊最強」との呼び声も高いのが特徴です。
戦闘シーンは何回観ても素晴らしい
つまり、作中でも最強クラスの2人の戦いがアニメーションで描かれるというわけです。漫画では作者もその戦闘シーンは描ききれなかったようでほぼ省略されていましたが、その部分を10分かそれ以上の長さで、最先端の3D技術を駆使した美麗アニメーションで描かれます。
筆者も当然視聴済みですが、この戦闘シーンは何回観ても素晴らしいものです。劇場アニメを制作した「ufotable(ユーフォーテーブル)」では、このような異能バトルの表現を非常に得意としており、まさしく「ufotable」ならではの卓越した表現と言えるでしょう。
この作中最強格の2人の戦闘を目の当たりにした炭治郎達は、自分達の無力さを痛感させられ、物語は再び修行パートに至るわけですが、まさしくこの炭治郎達の「無力さ」を我々視聴者にも味あわせるにふさわしいものでした。
唯一のアニオリパート
さて、物語構成面でもう少し深く解説したいと思います。先ほどほとんど原作通りに話が進むと書きましたが、1つだけアニメオリジナルシーン(アニオリパート)が挟まれています。そしてそれは冒頭に描かれます。
ネタバレを恐れずに書き記すと、鬼殺隊の最高管理者を務める、「お館様」こと産屋敷耀哉(うぶやしき・かがや)が墓参りをするシーンが描かれます。そしてそこでは、鬼との戦いで散っていった隊士達の名前を読み上げられています。
「身近な仲間の死」が成長のきっかけに
これは、映像作品の冒頭でよく描かれる描写なのですが、「テーマの提示」と呼ばれる部分です。つまり、鬼との戦いで「死」というものが隣り合わせなのだ、という情報を提示することで、この劇場作品で描かれるものが何かというものを暗示しています。原作をお読みの方ならわかると思いますが、言うまでもなく、それは「煉獄杏寿郎の死」です。
これまで、炭治郎達は数々の鬼との戦いを繰り広げてきましたが、まだ「身近な仲間の死」というものに直面してきませんでした。この体験が後の炭治郎達の成長のきっかけとなるわけですが、ここが映画冒頭で暗示されています。
三幕構成と無限列車編
構成面でも少し解説をしたいと思います。一般的にハリウッド映画などの劇場作品では、「三幕構成」と呼ばれる構成で作られています。
三幕構成は、一つの物語を「第一幕」から「第三幕」の3つの幕に分け、この3つの幕がおおむね「1:2:1」という配分になっています。120分の2時間映画だったら、第一幕が約30分、第二幕が約60分、第三幕が約30分という時間配分になります。この時間配分はあくまで目安で、特に第三幕は短く描かれる傾向があります。
第一幕では、主人公達の物語上の欲求やコンプレックスとなるもの、どういう日常を送っていたかの「設定」が描かれます。そして、そこでその「日常」を壊す出来事が起こり、主人公に強い動機の形成が起こり、そこで起きた問題を解決する決断をします。
第二幕全体では、第一幕で起きた問題解決のために様々な試行錯誤が描かれます。前半部分は上手くいくことが多いのですが、途中から行き詰まったり新たな真相などに気付いたりして、「第一幕の決断が間違っていたのではないか」と主人公に葛藤が生じます。第二幕の後半ではこの葛藤が大きく描かれ、その末に物語の真の解決となる方法を見出します。
そして第三幕では、物語の「解決」となるパートが描かれます。
初見勢への配慮、省いても良かったのでは
特に、劇場作品ではこのような構造をとる作品が非常に多いのですが、この「無限列車編」では、映画単体でこの構造になっていません。そもそも漫画原作の続きモノであり、長い作中の1パートに過ぎず、単独で成立している作品とは言い難いです。言ってしまえば、本作では第一幕の「設定」部分の描写は不要なのです。
もちろん、「無限列車編」から初めて「鬼滅の刃」を観る人でもわかるような工夫は最大限されています。ただ、誤解を恐れずに言えば、この第一幕の「設定」として描く部分を、作中前半の主人公達の夢の描写に詰め込んでいるきらいがあり、これによって物語全体のテンポを乱している感がありました。いっそのこと、初見勢への配慮は省くか、「無限列車」に乗り込む前にオーソドックスに描いたほうが良かったのかもしれません。
実は二部構成の「無限列車編」
ただ、三幕構成の物差しを使って物語を見ていくと、この作品は大きく二部構成となっていることが見えてきます。そして、前半部分と後半部分では主人公が変わっています。
前半部分は、「下弦の壱」魘夢(えんむ)との戦いが描かれます。ここでの主人公は炭治郎達であり、どうすれば魘夢を倒せるかという試行錯誤と解決が描かれます。
そして、「無限列車編」の最大の問題点と言える部分がここにあります。第一幕と言える部分が夢パートの終わる部分までとなっているのです。時間的にもいささか冗長なきらいがあります。主人公達が敵対者である魘夢に対峙し、物語が動き出すまでいささか時間がかかりすぎているのです。
後半部分は非の打ち所がない
炭治郎達が試行錯誤し魘夢を倒したことで、「無限列車」は停止し、主人公達は汽車から降ります。ここからが後半部分です。主人公が煉獄杏寿郎に変わります。杏寿郎は負傷した炭治郎に治療法を教え、第一幕と言えるわずかな日常パートが描かれます。そこに「上弦の参」猗窩座(あかざ)が現れ、暫時の平穏と言える日常が壊されます。
そして先述の猗窩座との戦闘が描かれ、悪戦苦闘という試行錯誤をしながらも、夜明けまで持ちこたえたことで最終的には杏寿郎は猗窩座を追い払い、自分以外の全員を生還させることに成功し、「勝利」を収めます。この後半部分は非の打ち所がなく、非常に良くできています。
主人公は炭治郎か煉獄さんか
「無限列車編」を見終わって、「煉獄さんが主人公だった」というような感想がよく出回っています。上記のように物語を見ると、紛れもなく猗窩座との戦闘パートにおいては間違いなく杏寿郎が主人公と言えます。一方で、「鬼滅の刃」全体の主人公は言うまでもなく炭治郎であり、「無限列車編」でも炭治郎の大きな成長劇となっています。前半部分の活躍は炭治郎あってのものです。
一人に絞れば煉獄杏寿郎
一般的に主人公は誰かと考える時に、「作中で最も変化量の多い人物」が候補に挙がります。この点で見ても、炭治郎と杏寿郎の2人の名前が挙がるでしょう。
ただ、「無限列車編」全体で一人に絞るとなった場合、やはり煉獄杏寿郎が主人公と言えるでしょう。前半部分でも「夢」を通じて杏寿郎の物語上の欲求や欠落しているものが原作以上に丁寧に描かれており、作中全体の戦いを通じて、杏寿郎の欠落しているもの、言うなれば葛藤の軸となるコンプレックスが「解決」しているからです。追い打ちをかけるように、最後に流れるLiSAの歌う主題歌「炎」も、タイトルも歌詞も杏寿郎を歌ったような内容になっています。
まとめ
以上、「無限列車編」の見どころを解説してみました。一度観た人でも、こうした点に注意して改めて「無限列車編」を観ると新たな発見があるかもしれません。「無限列車編」に限らず、映画を観る際の参考になれば幸いです。
劇場版「鬼滅の刃」無限列車編
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