この記事では、1990年代からイラストレーター/漫画家として活動を続ける、安倍吉俊の代表作や国内外へ与えた影響などについて解説します。2021年にはキャリア初となる原画展「灰羽連盟とその周辺」も開催され、改めて注目したい孤高のアーティストです。
安倍吉俊とは?代表作と合わせて紹介
あなたは「安倍吉俊(Abe Yoshitoshi)」というアーティストをご存知でしょうか?
東京藝術大学在学中の1990年代中盤から活動をスタートし、漫画・アニメ・ゲームといった領域を中心に活躍するイラストレーターです。いわゆる「萌えアニメ」的な文脈に決して偏らない、少女やガジェットを中心とした繊細かつ独特な画風が、高い評価を得ています。
イラストレーションを主としつつ、漫画『NieA_7』(ニア アンダーセブン)の執筆やメディアミックス作品『serial experiments lain(シリアル エクスペリメンツ レイン)』のキャラクター原案、アニメ『灰羽連盟』の原作を務めるなどその活動は多岐にわたり、キャリアの中で世代はおろか国境を超えたファンを獲得している、カルト人気を誇る作家でもあります。
2021年8月には、東京・日本橋のギャラリー「space caiman」にて、デビュー以来初となる原画展「灰羽連盟とその周辺」が開催され、連日多くの人々で賑わいました。新型コロナウイルス感染対策のため整理入場が実施されたものの、各回ともに昼頃には当日分の人数枠がすべて埋まってしまうほどの盛況ぶりでした。
そうまで人々を熱狂させる氏の作品には、一体どのような魅力があるのでしょうか。ここでは代表作となる「灰羽連盟」「serial experiments lain」について整理していきます。
灰羽連盟とは
灰羽連盟とは、安倍吉俊氏が同人誌として刊行した同名のイラスト集と漫画『オールドホームの灰羽達』を原作として、2002年に放映されたアニメ作品です。
「灰羽(はいばね)」と呼ばれる、灰色の飛べない羽を持つ少女たちが繭から生まれ落ち、独自の掟のもと暮らしていく様子を描いた作品で、中世ヨーロッパ~現代的な要素がミックスされた世界観や淡々とした空気感、多くの謎を秘めたミステリアスなストーリーが静かな話題を集めました。
その独特の世界観や空気感、生きる意味を問うような哲学的な描写の数々が、放映から19年以上経過した今もなお、高い評価を集めています。日常系作品とファンタジーの中間のような存在で、「少女終末旅行」などの静かなテンションを持つ作品が好みの方にオススメです。
なお現在、原画展の開催を記念してYouTube上で第1話のWIP(制作過程)が無料公開されています。ぜひご視聴ください。
serial experiments lain(シリアル エクスペリメンツ レイン)とは
serial experiments lainとは、1998年にリリースされたプレイステーション用ゲームソフトと全13話のTVアニメに端を発するメディアミックス作品です。
主人公・岩倉玲音と、当時普及して間もなかったインターネットの関係を描いたSF/サイバーパンク的な側面を持ちつつ、ユングの「集合的無意識」から着想を得た「電脳空間上の集合的無意識が現実を侵食する」というサイコサスペンス的な要素も含まれている作品です。20年以上が経過した今もなお、ネット上を中心にカルト的な人気を博しています。
特に海外では、lainを元にした大小さまざまな専用フォーラムなども無数に存在しており、近年のインターネットカルチャーを象徴する存在としても知られています。クラブカルチャー的な描写やテクノ・トランス・ノイズを主とした音楽なども特徴的で、すべての要素が他のアニメ/ゲーム作品とは一線を画した独特さを持っています。「新世紀エヴァンゲリオン」などに代表される、精神世界に踏み入るような描写を持つアニメが好みの方にオススメしたい作品です。
安倍吉俊原画展「灰羽連盟とその周辺」レポート
昼に整理券を取得するも入場は夜19時
かねてから安倍吉俊作品のファンであった筆者が原画展の開催(会期は2021年8月7日~8月29日)を知ったのは夏の中盤、7月半ばのことでした。スケジュールを無理やり調整して何とか会期ギリギリに滑り込み、じっくりと氏の緻密なイラストを目に焼き付けました。
本企画にはラフスケッチから完成直前の着彩済原画まで大量の直筆作品が出展され、『灰羽連盟』を中心としつつも『serial experiments lain』『NieA_7』『TEXHNOLYZE』といったアニメ作品や、小説『NHKにようこそ!』などに寄稿されたイラストの展示も行われ、ファンでなくとも大いに楽しめるボリューム感に溢れていました。
平日の真昼間に整理券を取得したものの、結果入場順が回ってきたのは夜19時に差し掛かる頃。それだけ多くの方が「安倍吉俊の原画」を見届けたい想いを持って会場を訪れたということの証左になるでしょう。
ラフスケッチの精緻さに圧倒される
入場するとまず目に入るのは、代表作である『灰羽連盟』の生原画の数々。DVDなどのパッケージイラストとして描かれたカットが着彩済のもの・ラフスケッチ段階のものとそれぞれ展示され、両者の細かな違いや制作プロセスを想起しながら鑑賞できる趣向が凝らされていました。
ひときわ目を引くのが、アナログの着彩で彩られた主人公・ラッカの一枚絵。柔和な表情でこちらを見つめる瞳には、どこか物憂げなムードも感じられます。
『serial experiments lain』のブースでは、夏の日差しを遮る主人公・岩倉玲音の1カットが。鉛筆画ならではのきめ細やかなタッチがキャラクターの造形を際立たせつつ、背景にリアリティを持たせることで1枚の絵の中に見事な空間を再現しています。圧巻です。
小説『NHKにようこそ!』のカバーイラスト原画も展示されていました。多くのオタクにとって永遠のヒロインであり、永久のトラウマ的存在でもある中原岬の存在を再び見ることになるとは…。色々なことを思い出す1枚でした。
どこかで目にしたこともあるような「あの」ヒロインを想起させるカットなども展示されていました。一部原画に関しては販売も行われていたらしく、その多くが既に成約済となっており、改めて人気の根強さを感じ取れました。
安倍吉俊氏の作風として印象的だったのが「ラフスケッチの精緻さ」で、鉛筆画の段階で既に完成された1枚の作品として成立していることに終始驚かされました。
それでいて、着彩後のイラストにはまったく異なる躍動感やキャラクターの息吹が込められており、いかに緻密な工程のもと作品が世に送り出されていたのかを初めて発見できた、またとない機会でした。
「キャラクターと背景を別のカットとして描写し、結合する」などの制作過程なども明かされており、全体的に観れば観るほど新たな発見が得られることが印象深かったです。
まとめ
今回はイラストレーター・安倍吉俊氏の代表作の紹介にはじまり、後半部では初となる原画展のレポートも行いました。世界一、日本一といった尺度ではなく、決して他に替えが効かない唯一無二の作品世界を、この機会にぜひ見つめてみてはいかがでしょうか。