Nintendo Switch版をはじめとする数々のリメイク作品もリリースされた美少女ゲーム、『AIR(エアー)』の魅力や人気の理由をお伝えします。2000年にアダルトゲームブランド「Key」よりリリースされ、同ジャンル内では異例の大ヒットを記録した本作は、なぜ20年以上が経過した今もなお多くの方々に親しまれているのでしょうか。
今こそ振り返りたい『AIR』の魅力
「感動的な美少女ゲーム」という新ジャンルを開拓
2021年9月9日に、Nintendo Switch版の『AIR』がリリースされました。数ある美少女ゲーム(恋愛シミュレーションゲーム)の中でもトップクラスの人気を誇る同作のリメイクには、ネット上を中心に多くの反響が集まり、いわゆる「泣きゲー」の中でも金字塔的な作品であることを再確認させられる事態となりました。
『AIR』は2000年9月8日にKey(Visualarts社のゲームブランド)より発売されたWindows用の対象年齢15歳以上のゲームです。
1999年に同社よりリリースされた『kanon』などと合わせて「泣きゲー」と呼ばれる”感動的な美少女ゲーム”というジャンルを開拓した立役者と知られ、PCソフトとしては異例となる10万本超の売上を記録しました。
その後、プレイステーションやドリームキャストといった家庭用ゲーム機への移植により更なるヒットを重ね、2005年には京都アニメーション制作によるTVアニメ版が放映されるなど、メディアミックスの度に絶賛を集めた作品でもあります。
あらすじ
ある夏の日、旅を続けながら”法術”という不思議な力で人形劇を行う青年・国崎往人(くにさきゆきと)は、偶然降り立った海辺の田舎町で無邪気な少女・神尾観鈴(かみおみすず)と出会ったことをきっかけに、ひと夏の暮らしを営むこととなる。多くの人々との出会いを重ねる中で、「翼を持つ少女」や「夢」に関する出来事から物語は大きく動くことになり…。
『AIR』が絶大な支持を集めた理由とは?
以上が『AIR』のあらすじです。作中の設定やストーリーの細かい要素に言及すると、重大なネタバレを招いてしまうため多くを語ることはできませんが、主人公を取り巻くヒロインたちの悲しいバックボーンや美しい情景描写・BGMなど、作品の一挙一動に感動的なエッセンスが込められた傑作と断言できる内容です。
特にメインヒロインの観鈴にまつわるエピソードの数々は筆舌に尽くしがたいものがあり、いわゆる「セカイ系作品」としても一定以上の評価を獲得しています。iOS/Android共にスマートフォン版もリリースされており、世代を超えて多くのファンに愛されてきたことも、同作が伝説的な作品であることの証左となるでしょう。とにかく、素晴らしいの一言に尽きる名作なのです。
では、なぜ『AIR』はここまで絶大な支持を集めたのでしょうか?「やれば分かる」「観れば分かる」と言ってしまえばそれまでですが、ここからは作品を俯瞰してその理由を探っていきます。
アダルトゲームの歴史を変えた圧倒的なオリジナリティ
まずは『AIR』以前の美少女ゲーム、特にアダルトゲーム(いわゆるエロゲ)を取り巻く当時の状況について、簡潔に整理していきます。
そもそも男性向けアダルトゲームというニッチなジャンルは、ポルノコンテンツの一環として、PCゲームの発展とともに誕生したものです。その歴史は1980年代まで遡るとされ、草創期にはゲーム性よりも性的描写に力を入れたものが大半を占めていました。
90年代には、アダルトゲーム業界の中にもドラマチックなストーリーを主軸とした『同級生』シリーズ(elf)などが登場しはじめ、また全年齢向けの恋愛ゲーム『ときめきメモリアル』(KONAMI)の商業的成功の影響を受け、アダルトゲーム業界は転換期を迎えることとなります。その流れで誕生した『To Heart』(Leaf)は、『AIR』などと同じく現代でも一定数のファンを未だに抱える名作として、業界に大きな爪痕を残しています。
また、90年代前半には『弟切草』『かまいたちの夜』(チュンソフト)などのサウンドノベル系ゲーム(文章をベースとした作風の中に選択肢によるルート分岐・マルチエンディングなどが存在するもの)が大ヒットを記録した影響もあり、ポルノ描写より怪奇的なストーリーに軸足を置いた『雫』『痕』(Leaf)などの作品が誕生するといった変化が生じていきます。
そういった流れを汲んだ上で誕生したのが、『ONE 〜輝く季節へ〜』(Tactics)という感動的なストーリーを軸とした1本のゲームです。同作の制作スタッフは後にビジュアルアーツへと移籍し、美少女ゲームレーベル「Key」を設立。1999年、北の街で起こる束の間の奇跡を描いた名作『Kanon』を発売したことで大きな話題を集めます。そして翌年にリリースされた『AIR』によって、「泣きゲー」という感動的なストーリーの描写に特化したアダルトゲームのサブジャンルが確立されていくことになりました。
天才クリエイター・麻枝准の手腕
中でも『AIR』は
・3層構造によって成り立つ重層的な作品世界
・性描写を必要としないストーリーテリング
・複数のヒロインが存在しつつも、メインヒロインへと物語が集約化される構成
など、従来のポルノ的・仮想恋愛的なアダルトゲームの世界観とは一線を画する方法論からも話題を集め、メイン層であったオタク的属性の人々以外にも受容されていく運びとなりました。
例えば、90年代に裏原宿カルチャーを牽引したブランド「Beauty:Beast」のデザイナー、山下隆生氏は当時「カウンターカルチャー」としてのオタク文化に多大な影響を受け、コレクションにナードなテイストを取り入れるばかりか、同人音楽サークル「日本國民」にてAIRをフィーチャーした音楽作品を発表するなど、多大な影響を受けていたことが推察できます。
そんな『Kanon』『AIR』といった名作のシナリオライターを手掛けたのが、現在でもカリスマ的存在と目される麻枝准(まえだ・じゅん)氏です。Keyの中心的存在として、企画・脚本のほか音楽制作なども手掛け、その後も『CLANNAD』(2004年)や『リトルバスターズ!』(2007年)などのヒット作を輩出し、2000年代のオタクカルチャーの一端を担うクリエイターとして活躍しました。
麻枝准氏の作風の特徴としては、「家族愛」や「生死」といった人間の持つ根源的なドラマ性にスポットライトを当てること、小説的な表現手法よりも散文詩的なテキストライティングを重視したことなどが挙げられ、それが『AIR』の持つ圧倒的な個性を引き立てているのではないかと推察されます。
不朽のアンセム『鳥の詩』をはじめとする音楽の見事さ
また、『AIR』の魅力を押し上げている要素として無視できないのが、劇伴音楽や主題歌の見事さです。オープニングテーマの『鳥の詩』は世代を超えた不朽のアンセムとして知られ、作品を知らない世代にもゲーソン・アニソンの名曲として親しまれています。
ストーリー後半のあるシーンで挿入される劇中歌『青空』や、エンディングテーマ『Farewell song』、ほか要所で展開されるBGMの数々は、すべて自社の音楽レーベル「Key Sounds Label」主導のもと制作されており、そのクオリティの高さも同作を伝説的な評価に押し上げた一因と考えられるでしょう。
ゲーム音楽に関しては、今でこそ国内外で高く評価されるジャンルと目されていますが、いわゆる美少女ゲーム的なカテゴリ内では最高クラスの水準として成立しているのではないか、と言っても過言ではないでしょう。
まとめ
Nintendo Switch版の発売を皮切りに、『AIR』の魅力について改めて考察を広げていきました。同リメイク版には外伝小説「初空の章」のビジュアルノベル版も収録されており、かつてゲーム版を楽しんだファンにとっても非常に嬉しい内容となっています。この機会に是非プレイし、あの永遠にも思える夏の美しさを目撃していただきたいです。「ゲームはハードルが高い…。」と感じる方は、こちらも名作に仕上がっているアニメ版の視聴から入っても良いでしょう。