この記事では、国立新美術館(東京・六本木)にて2021年10月1日から12月19日まで開催中の「庵野秀明展」の見どころをお伝えします。興行収入100億円超の話題作『シン・エヴァ』も記憶に新しいところですが、そもそも庵野秀明というクリエイターのルーツや功績、本人が伝えたかったメッセージはどういったモノだったのでしょうか?90年代以降のカルチャーに今なお影響を与え続ける”庵野氏ワークス”の魅力に迫ります。
庵野秀明というクリエイターとその代表作について
庵野秀明といえば、「エヴァンゲリオン」シリーズをゼロから作り上げた張本人として広く知られているクリエイターです。また、2016年には映画『シン・ゴジラ』の監督も務め、特撮としては異例の興行収入80億円超という記録を果たしたことも話題を呼びました。
特設展のレポート前に、まずはそんな庵野秀明の代表作を時系列順にご紹介します。
自主制作アニメ『DAICON』~スタジオジブリ参加
幼少期よりアニメ・特撮・SFなどに熱を注いでいた庵野秀明は、高校生の頃には既に自主制作の映像作品を手掛けるなど、美術方面で稀有な才能を発揮していました。大阪芸術大学への進学後には同人サークル「DAICON FILM」を設立し、日本SF大会に『DAICON III』『DAICON IV』などの自主制作アニメをオープニングムービーとして提供しました。
ハイレベルな作画などが大きな話題となり、同イベントの赤字を補うべく異例の映像ソフト販売などが行われるなど、学生時代から既に業界の注目を集めました。なお、このDAICON FILMが後のアニメ制作会社「GAINAX」の母体となり、同サークルのメンバーであった山賀博之や赤井孝美、貞本義行や前田真宏といったクリエイターと共に、勢力的な活動を展開することとなります。
庵野氏は、同時期にSFアニメ『超時空要塞マクロス』の制作に参加するなど、既にプロとしての活動もスタートしており、スタジオジブリの実質的な1作目となるアニメ映画『風の谷のナウシカ』制作スタッフへの応募と共に上京します。その後数々の商業作品にアニメーターとして参加し、業界での存在感を高めていきました。
GAINAX設立~『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』などの成功
アニメーターとしての活躍を続ける傍ら、庵野氏は学生時代のサークル「DAICON FILM」を母体にアニメ制作会社「GAINAX」を立ち上げます。数々の制作現場で活躍した経験を活かし、同スタジオ初の長編作品となる『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の制作などを成功させます。
その手腕から確かな評価を獲得した庵野氏は、OVAシリーズ『トップをねらえ!』から監督としてのキャリアをスタートし、その2年後となる1990年にはNHKにて放映されたTVアニメ『ふしぎの海のナディア』で大成功を収め、一躍時の人となりました。
ふしぎの海のナディア|NHKアニメワールド
ふしぎの海のナディア デジタルリマスター版。
www6.nhk.or.jp
社会現象を巻き起こした『新世紀エヴァンゲリオン』
アニメーターから監督へとステップアップを重ねた庵野秀明は、その後も数々のTVアニメ・劇場作品・OVAなどにさまざまな形で参加しつつ、次なるオリジナル作品の企画を進めていきます。その企画こそ、1995年に放映された『新世紀エヴァンゲリオン』だったのです。
同作は第1話の放映から既に、ストーリー・作画などさまざまな方面から大きな反響を呼んだものの、厳しい制作スケジュールやクオリティの過剰な追求などが原因となり、異質な幕引きを迎えます。批判を含む激論が、ファンを中心に交わされました。
再放送や劇場版などの発表を機に、庵野氏の作品はアニメファン以外にも広く普及していきました。週刊誌や各メディアをも巻き込んだ社会現象を起こし、90年代サブカルチャーの台風の目となります。しかしながら、同時期に庵野氏は心身に不調をきたし、98年に放映されたTVアニメ『彼氏彼女の事情』をもって一時的にアニメーション制作から一線を引くこととなります。
実写映画への挑戦、そして『新劇場版』『シン・ゴジラ』『シン・エヴァ』へ
「エヴァ」で大成功を果たした庵野氏は、1998年に公開された村上龍原作の映画『ラブポップ』を皮切りに実写映画の世界へと挑戦していきます。その2年後には故郷の山口県宇部市を舞台として『式日』を手掛けるなど、表現方法をアニメから実写に転化させてもなおクリエイターとしての才覚を発揮し続けました。
なお、実写という表現方法は『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』などの時点で既に取り入れられていることも、注目に値するポイントです。
アニメの世界からは一線を引いたかに見えた庵野氏ですが、シリーズ完結から10年後にあたる2007年に「エヴァンゲリヲン新劇場版」プロジェクトのスタートを突如として発表し、同年9月に『エヴァンゲリヲン新劇場版:序』を公開します。
その2年後には『エヴァンゲリヲン新劇場版:破』を、2012年には『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を公開し、いずれも大ヒットを記録。さらなるエヴァブームを巻き起こし、四半世紀以上にわたって同シリーズが親しまれる土壌を築き上げました。
完結作にあたる『シン・エヴァンゲリオン劇場版』はその後2021年まで完成・公開が持ち越されることとなりますが、その間にも『シン・ゴジラ』などのヒット作を発表したり、ジブリ映画『風立ちぬ』に主演声優として参加したりと、各方面で多彩な活躍を続けることとなります。
2023年には『シン・仮面ライダー』の上映も予告されており、今後もアニメ・実写の両面からトップクリエイターとして活躍していくことが期待されています。
庵野秀明展の内容を写真付きでレポート
ここからは、筆者が『庵野秀明展』に足を運んだ感想をレポートしていきます。結論から言えば「文句なし!」なボリューム濃厚な展示で、ファンのみならずとも圧倒されること間違いなし。充実した内容でした。
展示は、庵野秀明のキャリアを過去・現在・未来といった3つのパートに区分した構成で、それぞれ「庵野秀明をつくったもの」「庵野秀明がつくったもの」「これからつくるもの」をつぶさに観察できる流れが形成されていました。
こちらは庵野氏が中学生時代に描いた油彩画です。既に稀有な観察眼と芸術家としての非凡な才を放っていたことが伺えます。
また、「DAICON」時代からアニメーター時代までの希少な資料も数多く展示されていることが印象的でした。
ラフスケッチから原画に至るまで、写真撮影可能なもの・禁止のもの含め、膨大な量の「仕事」を目で見ることができます。
また、庵野氏がほぼ独りで仕上げたとされる『風の谷のナウシカ』の巨神兵登場シーンの絵コンテ・原画なども展示されています。偏執的とすら思えるほど精緻な描写には、息を呑むばかりでした。
監督としてデビューしたのちも、「作画」への情熱を注いでいたのが庵野秀明の特徴です。その一端が伺える資料やプロモーション素材の原画なども、数多く展示されています。
制作過程が垣間見える機会はごく限られているため、興味がある方はぜひ会場へ足を運ぶことをおすすめします。
また、氏の代表作である『新世紀エヴァンゲリオン』関連の展示は全体を通して物量が多く、極めて濃厚な内容となっています。
複製品でない本物のセル画や絵コンテ、ラフスケッチや設定資料などが目白押しで、エヴァファン必見の内容に。つい食い入るように見つめてしまう内容でした。
作画スタッフへの指示資料などでは、各キャラクターの細かな設定なども確認でき、プロットから本放送の間にどう変容していったかなどの過程も把握できるようになっています。
コアなファンであればあるほど楽しめることはもちろん、『シン・エヴァ』からシリーズに興味を持った方の入口としても、これ以上ないほど充実した内容と言えるでしょう。
また、全容はあえて省略するものの、展示内容中、最も目を引いたのが『シン・エヴァンゲリオン』作中に登場する「第三村」などのジオラマでした。
村の生活様式や世界設定、そして描写をリアルに表現するために、極めて精緻なクオリティで造り込まれており、同作が「実写映画」で培った経験と「特撮」への熱意を下地に時間をかけて練られた内容であったことの証左になる、圧巻の内容です。
また、『シン・ゴジラ』をはじめとする他の作品に関しても、さまざまなアイテムが展示されています。映像資料などと合わせて、くまなくチェックしておきたい内容となっています。
関連資料・映像・原画など多岐にわたる展示内容は、整理入場で定められた2時間という時間でも追うのがやっとなほどのボリュームでした。会場限定の物販なども合わせ、正に「庵野秀明」というクリエイターの過去から未来までを五感で体感できる、圧巻の内容となっています。話題沸騰の展示ですが、ここまで注目される理由は足を運べば理解できるはずです。
まとめ
今回は庵野秀明展の取材から着想を得て、クリエイターとしての氏の足跡と現地取材レポートを寄稿しました。新型コロナウイルスの影響などを鑑みて予約方式での開催となりましたが、休日・祝日は予約段階でチケットが完売するほどの盛況ぶりを見せている同展の会期は12月19日まで。2022年からは大分・大阪・山口で巡回展も予定されていますが、くまなくチェックしたい方は、ぜひ会期中に六本木・新国立美術館まで足を運んでください。