【麻倉怜士の4K8K感動探訪】伝説の「中森明菜ライブ」が話題に! 極限の映像レストア技術を検証〈連載30〉

テレビ

NHKのBS4Kで放送(5月1日)された「伝説のコンサート~中森明菜」のリポートの第2弾。今回は、フィルム撮りとスイッチングについて述べよう。

「AKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversary」はフィルム撮り

いまだ伝説として語られる歴史的なライブ、1989年4月29日&4月30日によみうりランドEASTで行われた「AKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversary」。

本ライブは、デビュー40周年記念作品として音楽、映像、放送メディアで再リリースされ、大きな話題になっているが、注目はこのライブの意義だけではなく、映像的にも大変興味深い。

ビデオ文化が始まってから、数え切れないほどのコンサートライブが制作されているが、今だこれを超えるライブ作品はないと言えるほどの、凄い映像なのだ。もちろんアナログのインターレース・SD画像だから、いくら4Kにアップコンバートされても、解像度的には甘いのだが、画調とカメラワークが素晴らしいのである。

フィルムのアナログっぽい画調が明菜の歌の世界にフィット

アイドル系歌手のライブの定石とえいば、ハイコントラストで力強く、いかにもテレビ的な画調(もちろんビデオ収録)というものだが、「AKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversary」はまったく違う、フィルム撮り(一部にビデオあり)なのである。

ビデオ撮りの、あのあっけらかんとした明るさは、本作品には、ない。いかにもフィルム調の陰影に富み、黒白を強調せず、細かな粒子で、しっとりとした滑らかな質感を醸し出している。まさに内容に合った映像キャラクターではなかろうか。

明菜の歌の巧みさ、表現力の豊富さは驚くべきもので、その内容といかにもアナログっぽい画調が合致して、並のライブものとは圧倒的に違った感動を与えてくれる。画調が、明菜の歌の世界に実にフィットしている。

スイッチングも独特

複数カメラで撮影しているが、スイッチング(画面切り替え操作)も独特だ。アイドル系の歌手のライブでは、カメラの数で勝負し、頻繁なシーンチェンジが常だ。音きっかけ(フレーズの変化にしたがって)を多用し、派手な動きで写す…というやり方が当たり前になっている。

しかし、この作品は常識外なのだ。バタバタせずに、明菜の歌をじっくり聴かそうという意識が見える。場面切り替えのタイミングも、音楽とは関係なく、ひたすら明菜のいい表情をアップで狙っている。そんな風変りなアイドル系歌手のライブは大変珍しい。

23曲目「セカンド・ラブ」で、カメラは、画面一杯に右目を超クローズアップさせる。目には涙が溜まり、思わずこぼれ落ちそうになる。そんな情景をカメラはしっかりと捉えるのである。デビュー時のふっくらとした頬がこけ、痛々しくもセクシーになったなという印象が濃い。

「伝説のコンサート~中森明菜」©NHK

1989年当時、レーザーディスクを見て、あまりにユニークな絵なので、雑誌「AVフロント」(共同通信社、現在は廃刊)でディレクターの河合敏彦氏に、この作品づくりの話をインタビューした。

河合氏はCM制作が本職で、カルピスの「オリゴCC」や三菱自動車の「ギャラン」などのテレビCFや、小泉今日子のプロモーションビデオなどを手掛けている。

「中森明菜という人間を撮りたかったんです」

その河合氏、開口一番、「明菜は、歌で演技できる唯一の歌手です。私は彼女のドキュメンタリー、中森明菜という人間を撮りたかったんです」と、言った。河合氏が最も重視したのが現場感覚。事前の計算やドラマツルギーを超えたフォトセッション(カメラマンと被写体の交流)の醍醐味を狙ったのだという。河合氏の方法論で、独自なのはスイッチングを拒否したことだろう。マルチカメラ収録では、スイッチングは当たり前の方法だが、なぜか。

「スイッチングはその場にいない監督が、絶大な権力をもって、絵を選択することでしょ。じゃあ現場のカメラマンはどうなの?現場を一番知っているのは、撮っているカメラマンですよ。だから私は、現場の意思を最大限に尊重したいんです。私がカメラマンにあらかじめ言っておいたのは『絶対に逃げないで』ということだけです。曲が終わっても、いい表情だったら、それをとことん追いかけてくれ、と」。

現場ではスイッチングは行わず、パラ録りして後で編集

現場ではスイッチングは行わずに、すべてのカメラをパラ録りにして、あとで編集してつなげる。編集時には、テープでのライブ音とフィルム映像を同時に再生し、その時々で「一番強い」(つまり、いちばんよく明菜の表情をとらえている)カットを選び、つないでいく。

リズムは無視。絵の力だけに着目して、アセンブルしていくのである。それが、つまりその場の状況を最も雄弁に語る映像なのであり、だから作品としての映像の印象が強くなるのも、いわば当然なのである。

この作品では音をきっかけとせずに画面が転換するが、それは意図したこと。前述の「セカンド・ラブ」では、明菜の目のしばたき(まばたき)が急に増えた。するとカメラは、画面一杯に右目を超クローズアップさせる。目に涙が溜まった情景をカメラはしっかりと捉えた。「それはきっとカメラマンが、涙を見たかったんでしょうね。客席からはそこまでは見えません。でも、明菜のファンだったら、その涙はぜひ見たいはずです」。

フィルムのカメラマンの"狙い"を尊重

あらかじめ計算していたら、そんな場面は撮れないだろう。あえて記録媒体をフィルム主体にしたのも、そうした理由から。スイッチング環境に慣れてしまっているビデオのカメラマンと異なり、フィルムのカメラマンは自分なりの狙いを持ち、それにこだわる。だからその"狙い"を尊重したのである。

例えばステージ右側から明菜を狙ったカメラマンはコダックを使った。コクのある色が得られるというのが、その理由だ。時折、夕日をバックにした艶っぽい横顔が写るが、それこそ、コダックの絵である。微粒子で、狭い輝度Dレンジの中の緻密な映画的な世界。それは強烈の意思の所産であり、アイドル系のライブ作品に新しい地平を拓いた。

今回の4Kバージョンの制作を指揮したNHKエンタープライズ・エンターテインメント部部長・エグゼクティブプロデューサーの原田秀樹氏は、言う。

「現代のスピーディなスイッチングとは違った、とても抑制の効いたクラシカルな編集ですね。それにより、明菜さんの表情がしっかりと捉えられ、彼女の世界観が濃く伝わってきます。屋外での撮影も、大きなメリットがあったと思います。屋内のステージ撮影なら、必ず暗部があり、その部分は、いくら画質改善しても限界がありますが、屋外なので、あまねく太陽光が注ぎ、明瞭に見えます。なので、4Kビデオレストアの効果も非常に上がりました。風にたなびく明菜さんのロングヘアー。その一本一本まで見えるような、動きの表情に感動しました」。

中森明菜イースト・ライヴ インデックス23〈5.1 version〉 [DVD]
¥2,904
2022-06-23 18:33

今後の放送予定

〈再放送〉
「伝説のコンサート~中森明菜」
7月9日(土)16:30~18:00(NHK総合)

〈関連企画〉
「AKINA NAKAMORI Special Live 2009”Empress at Yokohama”」
7月15日(金)22:00~23:10(NHK・BSプレミアム)

「中森明菜スペシャルライブ~2009・横浜」©NHK

◆文・麻倉怜士(あさくら・れいじ)
デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
▼麻倉怜士(Wikipedia)
▼@ReijiAsakura(Twitter)
▼ウルトラアートレコード(レーベル)

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麻倉怜士(AV評論家)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。

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