【麻倉怜士の4K8K感動探訪】NHK BS 8K「迫力のマルチ画面! 指揮なしのオーケストラ第9に挑む」のマルチ映像は私の夢だった〈連載33〉

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大変珍しい8K・マルチチャンネル映像が、NHKBS8Kで12月に放送された。『迫力のマルチ画面! 指揮なしのオーケストラ第9に挑む』がそれ。今回は、この指揮者のいない楽団「トリトン晴れた海のオーケストラ」が、ベートーベンの交響曲第9番に挑んだドキュメンタリー(収録は2021年11月27日、第一生命ホール)映像について、述べることにする。

それぞれ違う映像が映し出されるマルチ映像

オーケストラが演奏する"音"のシーンは、マルチチャンネルとなる5.1チャンネルから、今や立体音響のイマーシブサラウンドまで多岐に提供されている。しかし、映像のマルチチャンネルは、画面に映像が1つ映るのではなく、4つ以上の子画面に分割され、それぞれに違う映像が映る。このようなことは、ほとんど体験したことがない。

それは、ある画面には、第1ヴァイオリンのセクションが映し出され、別の画面にはフルート奏者が映し出される。また別の画面にはチェロの首席奏者、また合唱団……が、それぞれベートーヴェンの交響曲第9番を、演奏する姿が映し出されるのである。普通のオーケストラ映像では、複数のカメラで撮影している映像から、ディレクターが1つの映像を選び、画面としては1つの映像だけが映されるのだが、映像のマルチチャンネルとは、言ってみれば複数カメラが撮影している複数映像がそのまま子画面に映されるのである。

©NHK

使用されるカメラはなんと32台!

カメラはなんと32台。すべてソニーの業務用モデルPXW-Z90だ。これらで個別の演奏を4K撮影し、本編にてマルチ画面で合成、8Kの中に複数の映像がミックスされた。ひとつの画面に何人もの演奏者を捉え、さらに可能な限り近くまで寄る。「第九」を各ソロ、パートが、どのように演奏しているかが、個別に仔細に観察でき、それらがマルチ画面で同時に映されることで、まったく新鮮なオーケストラ映像体験が実現されたのである。

マルチ映像になるまで

これまで、このような発想はなかったわけではない。オーケストラの全体映像の中に、指揮者の切り取り映像をピクチャー・イン・ピクチャーで填め込む試みはあった。また、BDの「ア・フライト・スルー・ジ・オーケストラ」という作品(トゥガン・ソヒエフ指揮、ベルリン・ドイツ交響楽団)によるブラームス:交響曲第2番は、演奏しているオーケストラの上を、クレーンに取り付けられたカメラが飛ぶ。画面ととしてはひとつだが、クレーンカメラがヴァイオリン、ビオラ、チェロ、木管、金管……の各パートの前や上を、舐めるように自在に空中移動するのである。単なるオーケストラ映像ではなく、わくわくを与えてくれるという意味で、こうした系譜につながるのが、今回のマルチ映像だ。

4K画像を4枚組み合わせれば8Kにできるという発想

こんな面白い映像はどのように発想されたのだろうか。制作統括である宮崎将一郎 (NHKチーフプロデューサー)氏は、こう言った。「収録は4Kカメラなので、そのままでは8K放送には使えませんが、4K画面を4枚組み合わせれば8Kにできるのでは、という発想からマルチ画面の演出を考えました。これまでの「第九」では第4楽章の合唱の場面になると、映像はそれが中心になり、楽器の演奏風景は画面に映らないことが多かったのですが、今回は解消できたと思います。またメロディに連れて楽器の移り変わりがわかるような画面構成を目指しました。これらにてベートーベンが考えたことを、より強くメッセージとして伝えられたと思います」

©NHK

このマルチ映像は私の夢だった

このマルチ映像は私の夢だった。オーケストラ映像は基本的にはディレクターが複数のカメラ映像から、その瞬間に使う映像をピックアップして、スイッチングしてつないでいく。でもこれはおかしいことだといつも思っていた。なぜならば「管弦楽団」という如く、管楽器も弦楽器も、さらには打楽器も同時に演奏されるのだが、画面はディレクターが選んだ一つしか出ない。

音だけではなくうごめきがビジュアルで分かる

交響曲や管弦楽曲には同時にハーモニーを醸し出す「内声部」があるのだが、だいたいそんなマイナーなパートはスイッチングの対象にならない。でも、曲を和声で成り立たせているとても重要なパートなのだ。「指揮者なしのオーケストラ第9に挑む」では、それらのうごめきがビジュアルで分かる。

©NHK

例えば第9第4楽章のビオラがニ長調テーマを弾く時、ファゴットがとても印象的な副旋律を奏でる。『迫力のマルチ画面! 指揮なしのオーケストラ第9に挑む』ではどちらの演奏姿も、画面表示されたのである。もちろん画面がビオラだけでも、音ではファゴット旋律は聴けるわけだが、ビジュアルがあるとないとでは臨場感が大違いだ。

まとめ

今回は、マルチチャンネル映像によって、指揮者なしのオーケストラがベートヴェンの「第九」に挑んだ際のドキュメンタリー番組について考察してみた。

今後はネット配信にて、視聴者がマルチ画面から自在にスイッチングして、見たい画像を大きく見られるようにして欲しい。今回は指揮者なしだったが、指揮者映像も見たいし、それに楽員がどう反応するかも、同時に見てみたい。いずれにせよ画期的な試みに喝采したい。

◆文・麻倉怜士(あさくら・れいじ)
デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
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麻倉怜士(AV評論家)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。

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