【海獣の子供】手描きとデジタルが高度に融合した美しい映像とリアルな音でつづる海洋ファンタジー

エンタメ

五十嵐大介の原作コミックを、STUDIO 4°Cがアニメーション化した作品。海を舞台としながらも、果てしなくスケールを拡大していく生命誕生の物語を、現代のデジタルアニメーション技術の最高峰とも言える映像表現と、海の感触さえ伝える豊かな音響と、情感あふれる音楽で紡ぎ上げた作品だ。映像表現の素晴らしさが注目されがちな作品だが、海の中の様子やクジラたちの歌を雰囲気豊かに伝える音響や、久石譲の凄みのある音楽も素晴らしい。

宇宙スケールで生命誕生を描く壮大な物語

「海獣の子供」は、2019年の夏に公開された劇場アニメーション。主役・安海琉花を演じる芦田愛菜をはじめ、登場キャラクターに近い年齢の優れた俳優をキャスティング。そして、音楽は久石譲が担当している。こう書くと、例年の夏休みに数多く公開されるアニメーション作品のひとつと思われるかもしれない。しかし、その物語はリアルな海洋冒険でありながら、宇宙的スケールで生命誕生を描く壮大なスケールのファンタジーでもある。気軽に楽しめる海洋ファンタジーと思った人は驚くに違いない。

制作のSTUDIO 4°Cは、密度の高い作画や既存のアニメを越えた斬新な表現で知られる制作スタジオだ。本作は原作のタッチを活かし、筆致まで豊かに再現したキャラクターの作画となっているが、水族館や海のシーンでは3DCGによるデジタル作画を多用している。「キャラクターは手描きで、背景はCG」というようなわかりやすい区別ではなく、CGと思われる海面の波の表現もクローズアップしていくと手描きの描線で波を描いていたり、豊富な魚たちやクジラ、イルカなども遠目ではCGだが近づくと手描きに変わっている。手描きとデジタルが高度に融合した映像は、デジタルの自由自在なアングルや動きと、手描きによる血の通った表情や情感を両立している。最先端にして最高レベルのアニメーション表現は、見る者を圧倒するだろう。

海中の様子の美しい描写は、本作の大きな特徴のひとつ。

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映像に限らず、本作は境界が曖昧だ。物語は、活発だが自分の気持ちをうまく言葉で伝えることが苦手な中学生の琉花が、ちょっとした衝突から部活への参加を禁じられてしまうところから始まる。何もすることがなくなってしまった夏休みに、彼女は水族館で不思議な少年、海と出会う。海と双子の兄である空は、生まれてから2、3歳頃まで野生のジュゴンの群れの中で暮らしていたという。その一方で、日本の近海に隕石が落ちる。それをきっかけに海岸に大量の深海魚などが打ち上げられるなど、海の生物たちの不可思議な行動が世界中で発生しはじめていた。琉花たちは、そんな海の異常現象の調査に関わることになる。

というのが大まかなあらすじだが、繊細な少女が夏に出会った海洋冒険の物語として始まりながら、気がつくと、海どころか宇宙スケールで展開する生命誕生の物語に変貌していく。序盤は少女の気持ちや葛藤をリアルに描いていきながら、気がつくと深海とも宇宙とも思えるイマジネーションの世界の中にいる。どこからがリアルでどこからがファンタジーなのかという境界も曖昧だ。違和感を覚える間もなくスムーズに世界が切り替わっていく語り口が見事で、気がつけば誰もが壮大なスケールの物語を体験することになる。

物語の主人公である琉花(中央)、そして空(左)と海(右)。

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海中の気分を体感できる音響と久石譲の音楽に注目

もちろん、音響も注目だ。序盤の生活を描く場面では、海岸沿いの波の音や海鳥の鳴き声などがリアルだ。印象的なのは、砂浜に立った琉花の足元に波が寄せては引くシーン。足に海水がかかる様子だけでなく、波が引くときに足元の砂が海水とともに流れていく音が聴こえる。サラサラとした砂の流れる音があることで、波打ち際に立ったときの体感が甦るように感じる。

そして、海に潜る。水中は高域の音が減衰されやすく、くぐもった音になるが、それを実に生々しく再現している。両耳を塞いだときのようなこもった音の感触があり、吐いた息が泡となって上がっていくときのブクブクした音が真に迫っている。息継ぎのために海面に顔を出すと、途端に音の広がりがスカッと晴れ渡る。ダイビングというと大げさだが、海の中で泳いでいるときの気分が体感できるような音響だ。このような手法も、作品の中にスムーズに入っていってしまうための仕掛けだが、リアリティーを感じさせつつ次第にイメージの世界へと切り替えていく展開が見事なのだ。

海の中では、クジラたちが盛んに歌をうたっている。大人たち海洋学者はその原因や秘密を探ろうとするが、琉花たちは直感的にその現象の中核へと迫っていく。これは、考えるのではなく、感じる映画なのだ。

久石譲の音楽も素晴らしい。彼の映画音楽はその多くがスタジオジブリの作品のもので、いずれも作品世界を彩るドラマ性と美しいメロディーが大きな魅力だ。そのため、多くの人は耳当たりのよい、心地良い音楽を作る人と思っているのではないだろうか。本作ではかなりイメージが違う。日常を描くシーンこそ心地良い音楽となっているが、海の中や幻想的なシーンになっていくと、なかなかに尖った楽曲に変貌していく。シンセサイザーや電子楽器を多用し、プログレッシブ・ロックにも通じる攻めたメロディーや、クライマックスでの壮大なスケールを感じさせるロマンチックで幻想的な旋律は感動的でさえある。

【6.7公開】 『海獣の子供』 予告2(『Children of the Sea』 Official trailer 2 )

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まとめ

見れば見るほど好きになる不思議な感触の作品

本作は海洋冒険ファンタジー作品であり、夏休みという時間を通じて琉花の抱えた問題もきちんと描いており、一夏の冒険物語としてはきれいにまとまっている。しかし、作品が抱えるテーマはSF的で難解とも言える。このあたりについて深く考察していくのも面白いが、野暮な解説はしないし、あまり深く考えこむ必要もないと思う。素晴らしい映像と音に包まれながら、何かを感じ取れればそれでいいのかもしれない。見れば見るほど好きになっていくタイプの作品だ。

本作はBD/DVDで発売されており、81分のドキュメンタリー映像や縮刷版アフレコ台本や限定版ブックレットなどを封入した完全生産限定版BDも発売されている。また、数多くの動画配信サービスで視聴することもできる。

BD/DVDで発売されている。

リアルであると同時にファンタジックでもある海洋冒険譚を、ぜひとも見てほしい。何度でも見たくなる作品はたくさんあるが、海に潜ったときに感覚や気持ちよさ、そして怖さを感触として伝わってくるところが、この作品の魅力だと思う。家に居る時間が長くなり、気持ちが滅入り気味の人にとっても、広大な海に抱かれる感覚、スケールの広さを身体で味わう体験はおすすめだ。

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鳥居一豊(AVライター)

オーディオ、AVの分野で活躍するAVライター。専門的な知識をわかりやすく紹介することをモットーとしている。自らも大の映画・アニメ好きで自宅に専用の視聴室を備え、120インチのスクリーン、有機ELテレビなどを所有。サラウンド再生環境は6.2.4ch構成。

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