多くの人が利用する航空会社のマイレージサービスで、ユニークな試みが始まっている。それが、日本航空が提供する「どこかにマイル」。マイルを国内線特典航空券に交換するサービスで、日本航空と野村総合研究所が共同開発。日程や人数などを指定すると提示される四つの行き先候補から、システムが目的地を決めてくれるという仕組みになっている。サービスのねらいや仕様決定の過程など、企画・開発の裏側を訊いた。
どこに行くのかわからないワクワク感で話題沸騰の画期的マイレージサービス!
<キーパーソンはこの人>
株式会社野村総合研究所
グローバル製造業 コンサルティング部 上級コンサルタント
守岡太郎さん
株式会社野村総合研究所
サービス・産業ソリューション事業本部 産業システムデザイン部 上席システムコンサルタント
新井 朗さん
日本航空株式会社
路線統括本部 マイレージ事業部
春口美希さん
空席の多い路線が割り当てられる?
飛行機への搭乗でマイルが貯まる航空会社のマイレージサービス。提携クレジットカードを使って日々の買い物でマイルを貯めることもできるため、広く一般に普及している。
マイルの使い途として最も人気なのは、特典航空券への交換だ。だが、これが意外と難しい。希望の日程や路線と特典航空券の空席状況がなかなか合わず、結局、貯まったままにしている人も少なくないはずだ。
そんなところに、ユニークなサービスが登場した。マイルで交換する国内線特典航空券の目的地を“航空会社のシステムが決める”という、日本航空(JAL)の「どこかにマイル」だ。サービスの企画・開発に携わったJALの春口美希さんは、次のように話す。
「どこかにマイルは、JALマイレージバンク(JMB)会員向けのサービスです。ウエブサイトで希望の日程や人数などを入力すると、四つの行き先候補が提示され、その中の『どこか』に6000マイルで往復できます。サービス開始から1年間で6万人の利用があり、大変ご好評をいただいています」
企画のスタートは2014年の夏。共同開発の相手である野村総合研究所(NRI)と勉強会を立ち上げ、両社の知見を生かしたアイデアをぶつけ合って、サービスを作り上げた。
旅の目的地を誰かに決めてもらうというのは斬新でおもしろい。だが、ひねくれた性格の筆者は「それって、不人気路線の空席をマイレージ会員に押し付けているのでは?」という疑問も頭に浮かぶ。これに対しては、NRI側の二人の担当者から次のような答えが返ってきた。
「もちろん空席状況は加味されていますが、空席の多い路線を重点的に割り当てることはありません。行き先は本当にランダムで決まります。システム開発の際にそこは最も重視した部分ですし、いちばん苦労した部分でもあります」(守岡太郎さん)
「企画の段階で、特典航空券を申し込む方のうち、一定割合の方は『どこでもいいから旅に出たい』と考えているはずという意見が出ました。そういう方たちにはどんなサービスがベストなのかという視点が、企画のアイデアをまとめていく際の基準になりました」(新井 朗さん)
●6000マイルで日本国内のどこかに旅ができる
候補地が多くなりすぎるのもよくない
サービスの仕様を決めていく段階でも、ユーザー目線は徹底されていたという。
例えば、往復6000マイルという必要マイル数。通常の国内線特典航空券では1万2000〜2万マイルが必要だから、これは非常にお得だ。
「行き先を自分で決められないという条件でも、お客様に魅力を感じていただくには、8000マイルだと多すぎます。通常の半分以下というわかりやすさもあって、6000マイルになりました」(春口さん)
「例えば、都内在住の方は箱根や熱海なら、交通費もそれほどかからないので気軽に旅行しますよね。そんな感覚で利用できるサービスにしたいという思いもありました」(守岡さん)
申し込んだら,、すぐに行き先が決まるのではなく、3日以内にお知らせが届くのもおもしろい。
「お客様に『どこに行くんだろう?』というワクワク感を楽しんでいただくための仕組みです。これも好評で、中には出発当日まで行き先をあえて確認しないで旅立つというお客様もいらっしゃるようです」(春口さん)
行き先候補の提示方法にも、こだわりが盛り込まれた。四つの候補は縦横に田の字型で大きく表示され、一覧性が高い。
また、それぞれの候補地について、名所旧跡や風景、ご当地グルメ、季節イベントなどのエリア情報が用意されている。このエリア情報は、旅行好きなら気分が盛り上がること間違いなしの仕上がりだ。
「候補数が多いと、エリア情報を確認しながら吟味するのがめんどうになります。いろいろな数を試しましたが、ブラウザーに表示されたときの収まりも考慮して、四つに決めました。エリア情報はこのサービスのために作成したコンテンツで、パッと見て魅力を感じてもらえるように、写真の美しさには特にこだわっています」(新井さん)
ほかにも、ウエブサイトの構成やユーザーインターフェースなどのさまざまな点で試行錯誤を繰り返し、2016年12月にサービスがスタート。開始直後から多数の申し込みがあり、前例のないサービスだけに不安も抱えていたという開発チームは胸をなでおろしたという。
●ご当地の名物料理の写真などが旅心をそそる
発着地は羽田に加えて伊丹、関空も利用可能
当初、開発チームが想定したメインの利用者層は、アクティブな中高年だった。だが、実際にサービスが始まってみると、30〜40代の利用者も多いそうだ。筆者もそのタイプだが、旅行というものに不確定な要素が加わることを楽しめる人が、それなりの数はいるということの表われだろう。
「どこかにマイルでは、思いがけない土地に旅するという体験ができます。これによってお客様に楽しんでいただくことはもちろん、日本各地の魅力が再発見され、地域活性化という大きなテーマにもつながればいいなという思いが、我々にはあります」(新井さん)
最後に、どこかにマイルの今後について、春口さんに訊いた。
「なるべく多くのお客様にご利用いただくためのチャレンジを続けていこうと思っております。例えば、発着地は当初、羽田空港だけでしたが、2017年4月に伊丹空港、今年2月には関西空港を追加いたしました。また、全国の自治体と協力して地域活性化の試みも始める予定です。SNSなども活用して、もっと多くのお客様にこのサービスの魅力を伝える取り組みもしていきたいですね」
●実際にどんな候補地が表示されるか、編集部が調査
大人1名の設定で三つの条件で5回ずつ検索。条件によって、何となく傾向が分かれている。
北海道や沖縄(上の表の黄色の箇所)など、長距離のフライトが当たる可能性もあれば、伊丹-但馬など、短距離のフライトが当たる場合もありそうだ。
Memo**
宿泊施設や飲食店の予約、各種体験プランの申し込みなど、旅行には関連サービスが数多くある。どこかにマイルがこれらと提携すれば、ユーザーの利便性がさらに高まりそうだ。
インタビュー、執筆/加藤 肇(フリーライター)