技術はあるのにモノが売れない日本のメーカー。今、いろいろなメーカーが自社技術を基に、新しい分野へ進出しています。今回はサーモスが行った「魔法びん」と「音楽」と異色の組み合わせをレポートします。
ヘッドホン祭りで見かけた新しい顔
コンポーネント全部揃えて最低30万円のピュア・オーディオなどは、贅沢の極み。だいたい、今の若者は「コンポ」という言葉も知らない人が大多数。
では、今の音の楽しみ方はというと、音源は「スマートフォン」。それを「ヘッドホン」で聴くのが主流です。昔で言う「ウォークマン」の世界です。90年代後半から、このスタイルだけで楽しむ人もが増えてきていましたが、このスタイルが完全に主流になったのは、iPodから。自分の持っている音楽をまるまる常に持ち歩けることで、全てが変わってしまいました。
それまでの音楽携帯は、自分の持っている音楽の一部を外に持って出るモノでしたから、あくまでも「家」がメインでした。しかし、音楽全部が自分のポケットの中にあるわけですから、どこでも楽しめるわけですし、どこでも家となると言った方がいいです。
となると、どこでもイイ音で聴ける「ヘッドホン」が超重要になるわけです。このため、それまで数千円がメインだったヘッドホンが、数万円がメインになってきます。コンポなどに投資しないわけですから、その分、少々高いヘッドホンを買っても安くすむわけです。
当然、ヘッドホン祭りは大盛況。参加ブランドも大小200ブランド(!)を超えます。オーディオテクニカ、ソニーのような日本メジャー、JBL、ゼンハイザーのような海外メジャー、中にはスマートフォンメーカーのファーウェイも出展しています。
そんな中、「VECLOS(ヴェクロス)」というブランドのブースがありました。品のあるヘッドホンが並んでいます。新興メーカーと思いましたが、聞いてビックリ、あの魔法びんで有名なサーモス社のヘッドホンでした。
ヘッドホンに活かせる「真空技術」
今、女性が会社に持って行くモノの中に、水筒があります。この、世知辛い上に猛暑続きの日本。自販機を多用していたら、あっと言う間にお金がなくなります。また、水筒を持っていると、好みでないドリンクを飲む必要もありません。と言うことで、今や、水筒は人気商品です。
「水筒」と書きましたが、「真空ステンレスボトル」と呼ぶ方が正解でしょう。夏は冷たいまま、冬は温かいまま、飲み物の温度を維持してくれます。
ポイントの技術は「真空」です。真空は、中に何も無い状態。理想的な真空には、1分子すらありません。熱エネルギーは、分子が振動している状態です。ところが、真空は何もないのですから、この振動を伝えられません。つまり、熱が移動できません。つまり、その状態(元の温度)を保つわけです。冷えたまま、熱いまま。昔の人から見ると、まさに「魔法」を見る思いだったのでしょう。名前がそれを物語っています。
さて、変わって音の世界。
正確な音を出すには、音を出すドライバーの正確なコントロールが必要です。ドライバーは、カーボンペーパーを震わせて音を出します。音の多くは前に出ますが、後ろにも、横にも出ます。こちらは余分な振動で、いわゆるノイズ成分。音が鮮明さを損ないます。このため、ドライバーの振動を制御するエンクロージャーを取り付けます。エンクロージャーは、剛性が高く、共振しないのが理想とされます。ここで、サーモスの得意技術「真空」の出番です。
今回、VECLOSに採用されたエンクロージャーは、「チタン」もしくは「ステンレス」で作られています。金属の塊のままだと重いですし、振動しやすい周波数を持ちます。そこで、エンクロージャーの中身を真空にしてやるわけです。まず軽くなります。装着しやすくなります。疲れにくくなります。そしてエンクロージャーの中身が空洞、真空ともなると、振動する分子自体が存在しません。ここに1つの理想的なヘッドホン・ユニットが生まれたわけです。
異業種参入の素晴らしい結果です。
サーモスのヘッドフォンの評価は?
今回、ステンレスエンクロージャーを採用したHPS-500を会場で試聴させて頂きました。
ソースは、愛用のiPhoneから。機種はSEですから、ヘッドフォン端子を持っています。その端子へのライン結線となります。
オーケストラ、ボーカル、太鼓&フルート、サックスの音で試聴してみました。クラシックのアコースティック録音です。
オーケストラは、カラヤン指揮のベルリンフィルはシベリウスの「フィンランディア」。映画「ダイハード2」の飛行機着陸シーンでも使われた音楽です。さざ波のような弦楽の音の上、ホルンを始めとする金管楽器の掛け合いが聴き所。ここで余分な振動があると、金管楽器が濁り、爽快感がなくなります。HPS-500は、ベルリンフィルの金管の抜けるような音を見事再現。ちょっと顔がほころびます。
ボーカル(オペラアリア)も、少々硬めですが、イイ感じです。特に息継ぎの時の子音がはっきり聞こえるのは気に入りました。
太鼓とフルートは「ボレロ」の冒頭。超pp(ピアニシモ)の部分。ともすればノイズに埋もれてしまうところですが、これもクリアに聞こえます。
ここまでは、どちらかと言うと硬めの音。相性が良いだろうと予想していました。では木管楽器のような柔らかめの音はどうかということで、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」の冒頭。サキソフォンが奏でる甘い、フワフワ感のある音はどうでしょうか?
個人的には、もう少しふんわり感が欲しい所ですが、ほとんどの人には、問題ない範囲内でしょう。
今は、全体的に硬めの印象ですが、エージングが進むと確実に丸くなり更に音が良くなると思います。一言で言うと、正直、レベルが非常に高いヘッドホンです。
VECLOSブランドは浸透するか?
今回、サーモスは「VECLOS」というブランドで押し出しています。
家電メーカーでも、パナソニックが「テクニクス」を有しています。パナソニックはAV系を意識したブランド名ですが、テクニクス創立当初、松下電器のブランドは「ナショナル」。AV系とは言えませんでしたからね。東芝が「オーレックス」、日立が「ローディ」など、家電メーカーですら、新しいブランドですから、増して完全異業種の「サーモス」がというところなのでしょうが・・・。
セオリー的には正しいのですが、私は、「サーモス」のままでも良かったのではと思います。
というのは、新しいブランド名を認知させるのは、並大抵のことではないからです。このため、多くのメーカーは、メーカー名=ブランド名という方式を取ります。私は、商品は置いておくとして、VECLOSブランド自体は、今回のお祭りに出ている200以上あるブランドの中で、目立っているようには思えませんでした。
それなら、サーモスで認知を図り、軌道に乗ってからVECLOSでも良かったような気がします。商品の出来がイイだけに、ちょっと気になります。
商品で勝って、ビジネスで負けないよう、VECLOSのスタッフには頑張って欲しいです。
◆多賀一晃(生活家電.com主宰)
企画とユーザーをつなぐ商品企画コンサルティング ポップ-アップ・プランニング・オ
フィス代表。また米・食味鑑定士の資格を所有。オーディオ・ビデオ関連の開発経験があ
り、理論的だけでなく、官能評価も得意。趣味は、東京散歩とラーメンの食べ歩き。
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