音の良いアニメを次々と紹介していくシリーズ第4回。日本では2001年に公開された「バンパイアハンターD」。菊地秀行の原作小説を、川尻義昭とマッドハウスが作品の世界観やテーマまで見事に映像化している。海外での劇場公開を視野に入れていた作品で、日本での劇場公開時でも音声は英語となっている。アニメ作品としては、ディスクリート5.1chサラウンドで制作された初期の作品でもあり、アニメらしい自由な発想のサラウンド設計は今見てもなかなか面白い。
日本での公開も英語音声&日本語吹き替え
世界中でバンパイア(吸血鬼)を題材にした作品は数多く、名作も山のようにある。菊地秀行の「バンパイアハンターD」シリーズは、日本のSF/ファンタジーのジャンルにおいて、バンパイアをテーマとした作品の代表格といえるものだろう。本作は1985年制作のOVA版の後、2001年に日本で劇場公開された作品で、3作目となる「D-妖殺行」を原作としている。
この作品は生い立ちも少々特殊で、1999年末に海外での劇場公開が行われ、その後に日本での劇場公開となった。監督の川尻義昭は、「妖獣都市」や「魔界都市<新宿>」などで知られるが、ハードな描写や典型的な日本のアニメとはひと味違った絵柄などで、海外のアニメファンからの人気が高い。本作は商業的な意味で、本格的に海外進出を目指しはじめた時期の作品と言っていいだろう。
そのためか、劇場公開版のオリジナル音声は英語で、日本での劇場公開でも英語音声と日本語吹き替えだった。DVDでは劇場公開版と、日本語吹き替え音声を収録した「オリジナル日本語バージョン」の両方が発売されている。
英語音声というだけでなく、音楽の制作や録音なども海外のスタジオで行われている。2001年当時は劇場公開アニメの一部で5.1ch音声が採用されはじめた時期で、本作も最初期にあたる作品であると思われる。しかも海外制作ということもあってか、今聴いてもなかなか本格的な音響になっている。
天野喜孝の描いたキャラクターを美しくアニメで表現
天野喜孝は、かつてタツノコプロダクションに属していたこともあり、ファンならば「タイムボカン」シリーズや「科学忍者隊ガッチャマン」のキャラクターデザインを担当したことも知っているだろう。今では「バンパイアハンターD」シリーズの挿絵や「ファイナルファンタジー」のキャラクターデザインなどで有名だが、もともとアニメに縁の深い人物なのだ。
しかしながら、彼の絵柄はアニメとして表現が難しいもので、なかなかイラストそのままのイメージでの映像化が難しい。個人的には押井守監督の「天使のたまご」の映像がもっとも天野喜孝のイラストのイメージに近いと思っているが、本作でのキャラクターデザインや映像もなかなかに素晴らしい。人間と吸血鬼の混血であるダンピールの人間離れした美しさ、長いマントが翼のように翻るアクションなどは、原作のイメージそのままと言ってもいい。妖艶さとでもいうべき表情のなまめかしさがやや物足りないが、アニメーションとして自在に動き、スタイリッシュなバトルを繰り広げるのばから、ほとんど不満はない。
また、本作は遠い未来が舞台のSF的側面もあり、作中では中世の村や町のようでいて、そこには車もあるし、対吸血鬼のための武装は現代に近い描写だ。荒れ果てた平原には朽ちた巨大な機械群が見えるなど、作品独特の世界を忠実に映像化しているのも見事だ。
そして、滅びを迎えたとはいえ吸血鬼たちは不老不死に近い存在であり、混血であるダンピールのDもいつまでも若く美しい姿のままだ。そんな彼が、バンパイアハンターとして人間たちと関わっていく。作品は過去の回想まで含めれば100年近い時間が経過しているが、彼の姿には少しの変化もない。人と吸血鬼、ダンピールの時間スケールの違いまで描き切った物語は、まさしく「バンパイアハンターD」の世界そのままだ。原作は今も継続中なので、ぜひとも新作を期待したい気持ちもあるが、これだけの作品を超えるのはかなり大変だろう。
思わず振り返るほど音の移動感や配置が巧妙
いよいよ本題である音響の話だ。DVDになってディスクリート5.1chのサラウンドが急速に普及したが、まだまだこの頃は作り手も試行錯誤していた時期。さまざまな音がびゅんびゅん前後左右に移動するだけだったり、逆にサラウンドチャンネルをうまく扱えず、ほとんどステレオ音響と変わらない前方だけの音響になっている作品も少なくなかった。
そんななかで、本作はアニメ作品らしく、アクションシーンでは積極的に音を後方に配置するなど、音の移動する演出も多く、なかなか聴き応えのあるものになっている。
砂漠を渡る巨大なフライングマンタ(生物兵器らしい)の大群にサイボーグ馬とともに飛び込み、八艘飛びのように駆け抜けていくシーンも見応えがあるが、吸血鬼に雇われた怪物の集団「バルバロイの民」のアジトに単身足を踏み入れるシーンが凄まじい。四方を取り囲む不気味な怪物たちのざわめきや、足音に取り囲まれる様子を、音でもリアルに表現している。劇場でこの作品を見たとき、劇場内のあちこちから不気味な声が聴こえてくるのでギョッとして振り返ってしまったのを思い出した。
吸血鬼を象徴するかのような音楽は宗教曲のような荘厳さがあり、混声のコーラスも美しくしかも恐ろしい。そんななかで、吸血鬼とDの戦いが美しく描かれていく。人と吸血鬼の関わりの哀しさをテーマとした物語が、優れた映像と荘厳な音楽で彩られていく。
まとめ
動画配信サービスで視聴可能
ここでは、筆者が所有するDVDの「オリジナル日本語バージョン」と海外盤のBD版を見た印象を中心にまとめているが、「劇場公開版」、「オリジナル日本語バージョン」ともDVD版は入手困難で、海外盤のBDも新品の入手は難しい。
しかし、動画配信サービスでは、「バンダイチャンネル」と「TSUTAYAオンライン」で視聴可能なようだ。現代では、パッケージソフトの販売が終了しても動画配信などで見ることができるのはうれしい。
「バンパイアハンターD」も、原作ファンはもちろんだが、吸血鬼を題材にしたアニメや映画が好きな人ならば一見の価値のある作品だ。