昭和時代に全盛だったアナログオーディオが復権しています。1970~1980年代の音楽が注目を集める一方で、令和のアーティストがレコードやカセットで新譜をリリース、欧米から逆輸入のシティ・ポップがブームになるなど、近年の音楽界はアナログレコードの話題で持ち切りです。
欧米ではレコードがCDより売れている
CDがネットの音楽配信に押されて売り上げが減少する一方で、アナログレコードの人気が高まっている。
欧米ではレコードの売り上げがCDを超え、この10年で10倍以上に増えているという。静かなブームどころか本格的な復活といっていい状況だ。
そのきっかけはビートルズのLPボックスだといわれ、著名アーティストが次々とアナログ盤をリリース。日本では若手ミュージシャンの新譜が起爆剤となり、売り上げ伸長の流れが加速している。
▶︎再生に手間がかかるのがいい!
大きなジャケットなども若い世代に大好評
テレビでも取り上げられているが、アナログを知らない若い世代が新鮮な気持ちでレコードを購買。CDとは違う柔らかな音質、大きなジャケットも喜ばれている。
それを後押ししているのが、低価格で買えるさまざまなタイプのプレーヤーだ。また、日本で唯一のレコードプレス工場の東洋化成は、生産が追いつかない状態という。
そんな中、「シティ・ポップ」と呼ばれる1980年代に流行した都会派ポップスが再評価され、海外でも大注目。
当時流行していたニュー・ミュージックのサブジャンルで、ソウル、ロック、フュージョンなど、さまざまな音楽的要素が含まれている。フォークギターなどのアナログ楽器に加え、シンセサイザーなども使われ、都会的な雰囲気を感じさせる。
代表的アーティストとして細野晴臣や鈴木茂、南佳孝、吉田美奈子のほか、山下達郎や竹内まりや、大貫妙子などが挙げられ、これらをレコードで聴くのが今のトレンドなのだ。
▶︎気軽に買える低価格機も増加中
■解説/林 正儀 (AV評論家)
1980年前後に日本で流行していたポップスが、現在、「シティ・ポップ」として大人気。そこで、そのころにレコードを聴きまくっていたと思われる小誌のオーディオ関連の著者4人に、レコードの思い出を語ってもらった。
洋楽カバーや歌謡曲、さらにシティ・ポップも浴びるようにレコードで聴いてきた
林 正儀 (AV評論家)
自宅では多くのオーディオ機器を随時更新し続けている。
「クラシックもジャズも大好き!」
アナログオーディオ歴の長い私は、メインのジャンルであるジャズやクラシックのほか、洋楽カバーや歌謡曲も好んで聴いてきた。
古くはパンチ力のある歌声の弘田三枝子に、「ブルー・ライト・ヨコハマ」のいしだあゆみ。また、「逃避行」の麻生よう子、「京都の恋」の渚ゆう子(オリジナルはベンチャーズ)など、わが家の大型スピーカーで聴いてもグッとくる名盤ぞろいだった。ボブ・スポルディングのテケテケと奏でるエレキベースの重低音にはシビレたものだ。
そうこうしているうちに「ニュー・ミュージック」の時代が来た。シンガーソングライターによる新しいポピュラー音楽だ。欧米のフォークソングやロックの影響下に成立。女性では荒井由実などにはじまり、中島みゆきなども登場してくるのだが、個人的に聴きまくったのは「かもめが翔んだ日」の渡辺真知子、「飛んでイスタンブール」の庄野真代など。今聴いてもノリがよく、思わず体が動いてしまう。
さて、現在大ブレークしている「シティ・ポップ」は「ニュー・ミュージック」のサブジャンルだが、中でも竹内まりやは愛聴盤アルバムの「ポートレイト」のほかにも、セカンドアルバムの「ユニヴァーシティ・ストリート」(あのリンダ・ロンシュタットのレコーディングメンバーが友情出演)や「リクエスト」「トラッド」など、お気に入りのアルバムとして大事に聴いているものが多い。
彼女の歌は、聴けば聴くほど、シンガーソングライターとしての自作の歌詞が素晴らしく、また、メロディが美しい。そしてあの声だ。歌い方を研究してみたら、特徴的で卓越した歌唱力を持ち、誰もが心をつかまれる歌声だと感じた。とにかく息の流れが自然だし、低音が柔らかでビブラートがきれい。曲全体を滑らかに歌い、流れるようなしっとり感に包まれる。
一曲だけ選ぶとすると、別れの歌の「駅」が泣ける。ネットの定額音楽配信でも聴ける楽曲だが、ぜひレコードでも聴いてほしい。
▶︎筆者所有の竹内まりやのアルバム
ステレオ機器のおまけのEP盤がオーディオにのめり込むきっかけになった
麻倉怜士(デジタル・メディア評論家)
初めて聴いたEPでクラシックのとりこになり、今日に至る。
「ステレオへの驚きが評論の原点!」
音楽好き、オーディオ好きの私の原点は、1960年代初頭の小学六年生のときに、父親が買ったビクターのステレオと、そのおまけのステレオEPレコードだった。プレーヤー、アンプ、スピーカーが一体になったステレオは、まぶしい音がした。当時はモノラルからステレオへの転換期。その最先端の「ステレオ」を買った父の矜持はいかばかりのものだったか。
音楽、オーディオ評論を生業にするきっかけが、「ステレオってこんなにすごい!」という驚きだった。それが、おまけの「ステレオへの招待」という17センチEPの「モノラルとステレオの比較~村祭り」というトラックの音。おなじみの「村の鎮守の神様の~♪」の1番は、二つのスピーカーの真ん中で鳴っているモノラルだったのが、2番になると突然、左右に広がり、鮮やかなステレオ音場になった。音楽が果然、いきいきと変貌した。
この瞬間が、すべての始まりだった。「音楽をいい音で、生々しく、臨場感豊かに聴けるって何て素晴らしいことなんだろう!」と気づき、ステレオ道(つまりオーディオ)にのめり込んでいった。
私は津田塾大学と早稲田大学エクステンションで音楽を教えているが、それもこの「ステレオへの招待」のEPがきっかけだ。選曲がいいのである。華麗なオーケストレーションのR・コルサコフ「スペイン奇想曲」、爆発的な短調音響のショスタコーヴィチの「交響曲第5番」、そして颯爽のトランペットとなるヴェルディ「アイーダ~大行進曲」と、少年をクラシック音楽のとりこにする曲ばかり。音楽講師への道は、ここから始まった。
もう一つ、「松田聖子好き」というのも、私を語るキーワードだが、聖子のアルバムだけでは当たり前過ぎるので、1970年代の私のアイドルだった「天地真理」のLPレコードを下でご紹介。
▶︎愛聴のLPレコードと、人生を決めたEP盤
シティ・ポップのアーティストを追いかけていたあのころ。洋楽ではB・ジョエルが定番!
藤原陽祐 (AV評論家)
オーディオ歴は40年を超える。中古レコード探しも楽しい。
「今も色あせないアナログの音が最高」
レコードについては、大瀧詠一、佐野元春、竹内まりや、山下達郎などなど、いわゆるシティ・ポップといわれるジャンルのアーティストたちの曲を中心に追いかけていた。
のちに井上陽水の妻となる石川セリも、トーンが高めな独特の声質が好きで、特に「八月の濡れた砂」と「遠い海の記憶」が思い出深い。
当時、ラジオでよくかかっていたビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」「ストレンジャー」も好みで、LP及びEP盤を何枚か購入した。彼独特の都会的な雰囲気への憧れもあったが、声のつや、力強さは当時、格別だったと思う。ほとんど日本でしか知られていない楽曲「オネスティ」は、私にとって深夜のリスニングタイムの定番だった。
中森明菜のアルバム「クリムゾン」を購入したのは、竹内まりやが作詞・作曲した「駅」という曲が聴きたかったから。
ただ、個人的にはやはり竹内まりやのセルフカバー・アルバム「リクエスト」に収録された「駅」のほうが好みではある。
▶︎女性ボーカルのほか、大瀧詠一やビリー・ジョエルも
中学生のときにはCD時代。ただ、12インチシングルには憧れ、中古店でただ眺めていた
大坪知樹 (フリーライター)
アナログレコードは、音も、ジャケットの存在感も好き。
「最近はジャケ買いが楽しい!」
子供のころは居間のステレオでレコードを聴いていたが、本格的に音楽を楽しみ始める中学生のときには世の中がCD時代に入っていた。自室にプレーヤーがなかったこともあり、お小遣いで買うのはCD。ただ、当時からダンスミュージックに傾倒していたので、CD未発売バージョン収録の12インチシングルに憧れつつ、中古レコード店で眺めるだけの時代が長く続いた。
テクニクスのレコードプレーヤー、SL-1200を手に入れたのは21世紀に入ってから。中古レコード屋にも通っていたのだが、レコードはかさばるため、棚の収納場所に収まる数十枚を超えないよう自制している。
そのルールの中で、つい買ってしまうレコードは、基本的にはCDでさんざん聴き込んだような愛聴盤が多い。1990年代ハウスなどはDJブームもあり、ヒット作が100円コーナーでも見つかる楽しみがある。ドナルド・フェイゲンの「ナイトフライ」はCDを音質チェック盤として長く使ってきたのでレコードでも買い直したが、レコードを生かしたジャケットのデザインやサイズは格別だ。
最近はジャケットに猫が写っている、いわゆる「猫ジャケ」盤を100円棚から見つけて買うことに微妙にハマっている。レコードの内容は問わないので、ある意味では新しい音楽に出会えるのがおもしろい。
▶︎あの大ヒット曲も所有している