日本には訪れてみたくなるミュージアムがたくさんある。大学や企業が威信をかけて作り上げた大がかりなものから、個人の思いが詰まった尖りまくりのニッチなものまで、実にさまざま。今回は“コーヒーの街・神戸”にある「UCC コーヒー博物館」を探訪する。
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クルクルと回廊を下がりながら見学するしくみ
まずはエスカレーターで一気に最上階へ
昭和の一大プロジェクト、神戸ポートアイランドの完成を祝って開催された地方博覧会「神戸ポートピア博」。そのシンボルの一つとなったパビリオン「 UCCコーヒー館」をルーツとする「UCCコーヒー博物館」。前回【このミュージアムがすごい(1)】では、日本で唯一、世界的に見ても非常に珍しいといわれる「コーヒーをテーマにした専門博物館」の誕生の経緯を、昭和の時代背景とともに紹介してきた。
今回は、いよいよその内部について、見学ルートを順にたどりながら観ていこう。「UCCコーヒー博物館」は、まずエスカレーターで最上階に上がり、そこから らせん状に回廊を下りながら 展示を見学していく仕組みになっている 。来館した人は、かつて巨大コーヒーカップだった建物の中を、クルクルと下へ降りていきながら、さながらコーヒーの成分が抽出されていくように理解を深めていくことになるのだ。
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博物館の館内図 (画像は「 UCCコーヒー博物館」サイトより)
1F ホールに入ると、中央に長いエスカレーターがある。ホールのまわりにある楽しげなミュージアムショップや体験コーナーなどを横目に、まずはエスカレーターで一気に最上階を目指す。
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1F ホールの中央にあるエスカレーターで最上階を目指す。
コーヒーの粉が漉き込まれた光の柱
エスカレーターで上がっていく吹き抜けは、高さ14メートル、直径8メートルのアトリウム(大空間)。天窓からやわらかな自然の光が差し込み、ここがモスク(礼拝堂、寺院)建築の内部だということに改めて気づかされる。
大空間にそびえるのは、光る四本の柱。この柱の表面は、コーヒーの粉を漉き込んだ和紙で覆われている。この和紙は、建築や舞台美術など数々の著名な作品を手がける和紙デザイナー・堀木エリ子氏によるもの。琥珀色に輝く光の柱を眺めながら、コーヒー好きの筆者のココロはMAXにふくらむ。
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大空間に建つ四本の光る柱。天窓からはやわらかな光が差す(写真はUCCコーヒー博物館より)
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光の柱の表面はコーヒーの粉を漉き込んだ和紙で覆われる。
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アトリウムを上から眺めたところ。それぞれの柱の上部はアトリウムを見下ろす展望スペースになっている。
展示室1〈起源〉
コーヒーの起源から展示はスタート
エスカレーターで最上階まで上がってくると、正面に小さなコーヒーの苗木が一本見えてくる。エチオピアで発見された一本の木を起源としてコーヒーが世界中に広がっていった奇跡。ここから博物館の展示はスタートする。
コーヒーの粉を漉き込んだ和紙を背景に、ポツンと飾られたコーヒーの苗木。まるで祭壇のようだ。
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コーヒーへの畏敬の念を感じさせる(画像はUCCコーヒー博物館より)
コーヒー発祥の地はアフリカのエチオピア。そこで今でも行われるコーヒーの儀式「カリオモン」に関する展示。炭火で黒光りするくらい炒ったコーヒー豆を杵と臼で細かく砕いて、ポットで煮出して飲むのがコーヒーのルーツ。舌をやけどするほどアツアツにして飲むのがおいしいとされる。かつては塩を入れて飲んでいたが、現在では砂糖やバター、薬草でアレンジして楽しむこともある。
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UCCコーヒーアカデミーの栄学長の説明を聞きながら、館内を進む。
デジタルライブラリーでコーヒーの歴史を学ぶ
目や耳で直感的にわかりやすいアナログな展示と、現代的な密度感のあるデジタルな展示がテンポよくバランスしていることで、見学者を飽きさせないのがこの博物館の特徴。コーヒーに関する歴史のコーナーでは、タッチパネル式のデジタルライブラリーによって、1000年以上にわたるヒストリーを効率よく見ることができる。なお、この博物館内では、手持ちのスマートフォンを使って音声ガイドを聞くことができる展示も多数用意されている。
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「飲まれたエリア」「栽培されたエリア」「飲み方」という三つの切り口でコーヒーの歴史を解説。
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スマホを使った展示音声ガイドも利用できる(写真はUCCコーヒー博物館より)
コーヒーの実を最初に発見したのは誰なのか? これには2大起源説があり、キリスト教圏では「ヤギ飼いのカルディの伝説」が有名。「ある時、ヤギ飼いのカルディ少年は、赤い実を食べて興奮しているヤギ達の様子を見たことで、コーヒーの実の効用を発見した」とされる。一方、これがイスラム教圏だと「回教徒シーク・オマールの伝説」となり、「無実の罪で追放された回教徒が、小鳥がついばんでいる実を食べたら活力を感じ、やがてその煮出し汁で病人を救った」とされる。
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ロマンあふれるコーヒーの歴史をデジタルコンテンツでわかりやすく解説。
展示室2〈栽培〉
広大な農園の風景が広がり、鳥のさえずりが聞こえる
展示室2【栽培】コーナーは一転して雰囲気が明るくなる。壁いっぱいに広大なブラジルのコーヒー農園の風景が広がり、天井のスピーカーからは現地で録音した農園に従事する夫婦の会話や鳥のさえずりなどが聞こえてくる。フロアはブラジルのテラロッシャ(赤土)の道を再現するという凝りようだ。ここではコーヒー農園の一年の仕事の流れを知ることができる。
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天井から聞こえてくる、夫婦の会話や鳥のさえずりに、しみじみ聞き入る筆者。
次は、コーヒー農園で実際にどのような作業が行われるのかを解説するコーナー。コーヒーチェリーを収穫するまでには、育苗から農園への移植、堆肥、病害虫対策、日陰コントロール、剪定など、さまざまなプロセスがあることが、映像、イラスト、写真、文字、音声でわかりやすく解説される。
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農園での作業内容を、映像、イラスト、文字、音声でわかりやすく解説してくれる。
コーヒー豆は「豆」ではなく「果実」
「展示室2」でひときわ目立つのが、赤いコーヒーチェリーの大きな模型。ハンドルをつかんで横に開くと、チェリーの中身を見ることできる。外皮や果肉の中にあるのがコーヒーの種子(下の写真の緑色の部分)。それを包むのがミューシレージやパーチメント、シルバースキンと呼ばれる種子の皮の部分だ。この模型を見ると、コーヒー豆が「豆」ではなく「種子」だということがよくわかる。
コーヒーチェリーの模型。立体物で見ると、より構造がわかりやすい。
一本のコーヒーの木から収穫できる豆は、わずか400グラム
一本のコーヒーの木からバケツいっぱい収穫されたコーヒーの実(コーヒーチェリー)も 、 精製、焙煎を経ると、400グラムパッケージに収まる量のコーヒー豆になってしまう(コーヒー約40杯分 )。一本の木の貴重さとコーヒー豆の生産者の苦労がひと目で理解できる展示だ。
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実寸大のコーヒーの木は人の背丈より少し高い程度。
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1本の木から収穫できるコーヒーチェリーは約3キロ。精製、焙煎すると約400グラムになる。
展示室3〈鑑定〉
世界のコーヒー豆の麻袋を壁一面に展示
次のコーナーは、コーヒーの生豆(なままめ)を運ぶための麻袋が壁一面に並ぶ。袋に記載されている情報で、生産国や銘柄、等級、積み出し港や荷揚げ港などを知ることができる。
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世界各地の麻袋を眺める筆者。
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麻袋からコーヒー豆のスペックがわかる。
有名なブラジル・サントス港の積み出し風景
1930年代のブラジル最大の港町・サントス港の風景が写真から見て取れるコーナー。天井からは貨物船の汽笛の音が響いている。 ブラジル中から集められたコーヒー豆は、ここで鑑定され、船積みされて世界中へ出荷される。
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天井からは貨物船の汽笛の音が響いている。
一袋に60キロものコーヒー豆が入った麻袋 ( 5袋・約300キロ)をかつぐ力自慢の男の写真も掲示されている。
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300キロの袋をかつぐ男。本当だろうか?
すぐそばには、60キロの麻袋(ドンゴロス)の重さを体験できる場所があった。滑車を使って60キロがどれほどのものかと持ち上げようと試みたが、麻袋はビクともしなかった。
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60キロの麻袋を滑車で持ち上げようとしている筆者。全然動かなかった。
コーヒー豆の鑑定の様子もよくわかる
この「展示室3」のメインとなるのは、世界最大のコーヒー輸出国であるブラジルにおけるコーヒーの生豆(なままめ)の鑑定のプロセス。コーヒーの生豆の価値を見極める「等級」には、いくつかの基準があるが、その一つがスクリーンサイズ(豆の大きさ)。それを判定するための「ふるい」を展示。ふるいは目の粗さの違いで数種類あり、そこを通過した豆の大きさ(小ささ)で等級が変わる。こうしたふだんは目にすることがない道具にも触れることができる。
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スクリーンサイズを決める「ふるい」に実際に触れることができる。
生豆の等級基準の一つに「欠点豆の数」がある。欠点豆には「発酵豆」「黒豆」「カビ豆」「未成熟豆」「砕け豆・貝殻豆」「虫食い豆」などがあり、これらの混入が少ないほど等級は高くなる。
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代表的な欠点豆6種類。
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欠点豆の少なさを厳しく鑑定。
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コーヒー豆の煎りムラや膨らみ具合を確認するための小型焙煎機。
クラシフィカドール(ブラジルコーヒー鑑定士)の銅像 がコーヒー豆のテイスティングをしている様子。 クラシフィカドールとは、ブラジル政府公認の国家資格取得者。卓越した味覚、嗅覚、視覚、触覚を駆使するプロ中のプロだ。現在はUCC六甲アイランド工場にて同様の検査を行っている。
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クラシフィカドールがコーヒー豆のテイスティングをしている様子を銅像で表現している。
こちらはブラジルではなく、ジャマイカのキングストン港から出荷されるブルーマウンテンの樽。樽詰めで出荷される銘柄は、世界で唯一、ブルーマウンテンだけ。こうしたブランディングの特徴もコーヒー豆を楽しむ要素の一つ。
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ブルーマウンテン用の樽。
展示室4〈焙煎〉
古今東西のさまざまな焙煎機がズラリと並ぶ
ここから展示室の壁は茶褐色へ。いよいよ香ばしい「焙煎」のコーナーへと入っていく。ミディアムからハイ、シティ、フルシティ、フレンチ、イタリアンと、ロースト度合いの違うコーヒー豆が壁一面にディスプレイされ、その前に熱風式焙煎機のスケルトンモデルが配置される。天井からはパチ、パチと、焙煎機の中でコーヒー豆がはぜる音が聞こえてくる。
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熱風式焙煎機のしくみを模型と映像で解説。
豆を撹拌するための羽根の様子がよくわかる。
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これは、19世紀のガス式焙煎装置(フランス製)で、約1500杯分のコーヒー豆を焙煎することができる。
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手回し式やゼンマイ式など、さまざまなカタチをした焙煎機のコレクションも貴重な資料。
展示室5〈抽出〉
コーヒーの抽出器具の数々もおもしろい
コーヒーの華ともいえる「抽出」の展示室では、なんといってもさまざまな時代の抽出器具がおもしろい。アラビアやフランスのコーヒーポット、蒸気噴出式のコーヒーメーカー、パーコレーター、イブリック、ドリップポットの原型など、めったに見ることのできない歴史的な器具が並ぶ。一部の器具では、実際に抽出している映像を見ることもできる。また、競技大会で使われたエスプレッソマシーンなど、現代の抽出器具の数々も、もちろん見ることができる。
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歴史的な器具で抽出するしくみを映像でわかりやすく解説。
お湯を沸かす部分と抽出する部分が左右に並ぶサイフォン や 、イタリア製の古いエスプレッソマシーンも展示されるなど、とても興味深い展示内容となっている。
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サイフォンや、古いエスプレッソマシーンも展示されている。
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2007年度のWBC競技大会で宮前みゆきバリスタが女性初の世界4位とベストカプチーノ賞を受賞したときのエスプレッソマシーンも展示。
展示室6〈文化〉
コーヒー趣味の極みを味わうカップのコレクション
選び抜かれた豆を使い、こだわって淹れたコーヒーの味わいは、いい器を使ってこそ完結する。そんな思いを伝えるべく、「展示室6」では、さまざまなコーヒーの器がズラリと並ぶ。17世紀、磁器を焼く技術がなかったヨーロッパにおいて、「白い黄金」と賞賛された日本の伊万里焼や、 18世紀に日本の柿右衛門の様式を 取り入れたドイツのマイセン、織部や美濃、九谷などの和食器、技術の粋を尽くした有田焼のコレクションなど、アンティークから現代作品まで、コーヒーを堪能する者の「美意識」に訴えかける必見のコレクションばかりだ。
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日本の柿右衛門様式の技術を取り入れた18世紀のマイセンのアンティーク。
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さまざまな地域の窯元の手による和食器。カタチも色も味わい深い。
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精緻で美しいデザインと絵柄が楽しめる有田焼のコレクション。
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ひげがある人のためのアンティークカップ。
まとめ
まだまだ続く、コーヒーを堪能するための仕掛け
というわけで今回は、「UCCコーヒー博物館」の中の「起源」「栽培」「鑑定」「焙煎」「抽出」「文化」という展示コースの流れをご覧いただいた。いかがだろう? 筆者はこれまで取材などの機会も含め、数多くの企業博物館を訪れたが、「コーヒー」というワンテーマで、ここまでハイカロリー(充実しているという意味ですよ)な展示内容を持つ施設はなかなか珍しいと思う。前回も書いたが、ここはコーヒー好きなら必ず訪れるべき場所、まさに「モスク」(礼拝堂、寺院)なのである。
だが、この博物館の展示はこれで終わりではない。今回紹介した以外にも、さらにコーヒーの世界を深く楽しむための仕掛けがいろいろと用意されている(だってほら、まだ、肝心のコーヒーを飲んでないじゃないですか!)。その意味では「寺院」を通り越して「魔宮」といえるかもしれない。それらについては次回【このミュージアムがすごい(3)】で紹介していこう。
※次回、【このミュージアムがすごい(3)】へ続く