2020年の8Kシーンは、20世紀の大指揮者の名演ライブ映像『8Kスペシャル「いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台」』からスタートだ。いま、さまざまな分野での8K活用が進んでいる。なかでも、過去の名作フィルムの8K化が話題だ。映画では、65ミリの大判フィルムから8Kスキャンされた「2001年宇宙の旅」「マイ・フェア・レディ」が大いに話題を呼んだ。その最新作品が、これだ。

執筆者のプロフィール

麻倉怜士(あさくら・れいじ)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
▼麻倉怜士(Wikipedia)
▼@ReijiAsakura(Twitter)
▼ウルトラアートレコード(レーベル)

五週連続のラインナップ

五週連続で放映されたラインナップをまず紹介しよう。

一週目は、1月5日(日)のレナード・バーンスタイン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のベートーベン「交響曲第9番・合唱付き」(1979年9月収録)からスタート。
二週目、12日(日)はカルロス・クライバー指揮/ウィーン・フィルのブラームス「交響曲第2番」(1991年10月収録)。
三週目、19日(日)はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のチャイコフスキー「交響曲第4番、第6番 悲愴」(1973年12月収録 )。
四週目、26日(日)は、カール・ベーム指揮/ウィーン・フィル、モーツァルト「交響曲第29番、第40番、第41番 ジュピター」(1973年6月収録)。
五週目、2月2日(日) は、バーンスタイン指揮 ロンドン交響楽団、マーラー「交響曲第2番 復活」(1973年9月収録)。
そんなラインナップで、本稿のアップ時点では、すべての初回放送が完了し、再放送モードに入っている。

数日掛けて解凍

1970~90年代に、ドイツのクラシック音楽専門の大手プロダクションのユニテルにて収録された35ミリのオリジナルネガフィルムが画源だ。以後、南ドイツの同社アーカイブにて、経年の化学変化を防ぐため、マイナス4度の環境で冷凍保管されていた。

画像: 冷凍保管されているオリジナルフィルム。©Unitel

冷凍保管されているオリジナルフィルム。©Unitel

それが今回の8K化された。

まず、13度の環境で数日掛けて解凍した後、傷の有無などの保存状態を目視で確認し、最新鋭機でスキャンして、8Kファイルを制作。次に、日本の東京・五反田のイマジカ本社で傷や汚れを修復、さらに渋谷のイマジカ8KスタジオでHDR制作が行なわれた。
音声は、NHKのスタジオで22.2チャンネル化された。ちなみに、1度解凍されたフィルムは2度と冷凍は不可能なので、13度環境で再度、永久保存されるという。

そのメーキング番組『追体験!伝説の名演奏~8K技術で蘇生するカリスマ指揮者たち』(30分版。4Kと8K、12月後半が初回放送、随時再放送)に解説者として私が出演した。
渋谷のイマジカ8Kスタジオで、実際にシャープの85インチ8Kモニターで、8Kのバーンスタイン指揮ウィーン・フィルの「合唱付き」映像を見ながら8Kと音楽のポイントを指摘したのだが、その私自身、あまりの高画質ぶりに眼前で圧倒されていた。

画像: スキャンの前に、まずフィルム状態のチェック。©Unitel

スキャンの前に、まずフィルム状態のチェック。©Unitel

画像: 8Kスキャンマシン。©Unitel

8Kスキャンマシン。©Unitel

バーンスタインの目力

カラヤン、クライバー、ベームなどの世紀の名演奏の映像自体は、レーザーディスクやDVDでも見ていたが、でもそれはSD解像度だ。当時、ビデオ収録も多かったが、今回の作品の幸せは、「35ミリフィルム」で制作されていたことだ。ビデオなら走査線数に解像力が規定されるが、フィルム、特に35ミリはまさに無限だ。

ここぞという場面で止めて、解説した。

第一楽章では、8Kでより明確になったバーンスタインのオーケストラを操る目力について、第4楽章では、8Kでよりリアルになった飛び散る汗の描写、そしてティンパニ、楽譜、バーンスタインのシャツ、彼の白髪などのHDRならでは明部の「白表現」の多彩さについて、指摘した。
黒がしっかりと締まるのは当然として、その質感がグロッシーなのだ。黒に艶があり、中間調も色とグラテーション情報が非常に多い。解像度的というより、階調的に素晴らしい。これぞフィルムで収録されていたことの幸運だ。

画像: ベートーヴェン:交響曲第9番『合唱』。バーンスタインの指揮姿。1979年9月、ウィーン国立歌劇場。©Unitel

ベートーヴェン:交響曲第9番『合唱』。バーンスタインの指揮姿。1979年9月、ウィーン国立歌劇場。©Unitel

遺されていたことが奇跡

画像: ギネス・ジョーンズ(ソプラノ)、ハンナ・シュヴァルツ(アルト)、ルネ・コロ(テノール)、クルト・モル(バス)©Unitel

ギネス・ジョーンズ(ソプラノ)、ハンナ・シュヴァルツ(アルト)、ルネ・コロ(テノール)、クルト・モル(バス)©Unitel

バーンスタインの顔が演奏の白熱と共に変わる表情の微細さ、飛び散る汗のリアルなしぶき感など、フィルム+8Kには、ここまで音楽を映像でみる楽しさがあるのか、驚いた。これがビデオ(当時はPAL、走査線は625本)なら、8Kはおろか、ハイビジョンにもトランスファーできなかったところだ。ユニテルは、この時代にはすでにビデオ撮影主体になっており、これほど高画質なフィルム作品が遺されていたこと自体が奇跡だ。

画像: ウィーン国立歌劇場合唱連盟。©Unitel

ウィーン国立歌劇場合唱連盟。©Unitel

音声は、8Kならではの22.2チャンネル。もともと、13チャンネルで収録されており、そこから22.2チャンネルへの展開は比較的容易だったと思われる。ウィーンスターツオパーで聴いているような豊かな臨場感が得られたのは、この収録会場の大きさや形から換算して、計算で最適な残響時間を与え22.2チャンネルを仕上げた成果だ。前方のステージから発せられた音が、広い会場に立体的に響き、交わる様子が、スリリングだ。
また、演奏情報としても、非常に細かい部分まで聴き取れ、溜めやその反対の加速指示など、バーンスタインはこういう音作りを指向していたのかが、とてもクリヤーに聴き取れた。

メーキング番組では最後にこうコメントした。

「35ミリのオリジナルネガから8Kスキャンした映像は、これまで編集に立ち会った監督以外に見たこともない神聖なものです。それが今、我々がお茶の間で見られるのは、まさに科学技術の恩恵です。8Kは音楽の本質を映像で見せてくれます」

文◆麻倉怜士(デジタルメディア評論家)

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