先進映像協会日本部会が主催する「ルミエール・ジャパン・アワード2020」が発表された。私は審査委員として4K、8K、3D、VRの各部門の審査に立ち会ったが、中でも出来映えに感心したのが、フジテレビの「TimeTrip 江戸-東京 日本最古の360度パノラマ写真の謎」だ。
執筆者のプロフィール
麻倉怜士(あさくら・れいじ)
デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
▼麻倉怜士(Wikipedia)
▼@ReijiAsakura(Twitter)
▼ウルトラアートレコード(レーベル)
明治22年の東京って、こうだったのか
フジテレビは、明治22年に東京・神田のニコライ堂(東京復活大聖堂教会)建立時に組まれた足場から撮影した日本最古の360度写真集「全東京展望写真帖」を元に、4Kで鑑賞できる「2Dバージョン」と、360度を展望するパノラマ体験が得られる「VRバージョン」を制作した。
放送では、4K版の第1作が昨年3月に、そして、2021年1月2日に第2作が、BSフジ4Kで放送された。駿河台の丘の上のニコライ堂は当時、東京では最高に高い場所。明治22年の東京って、こうだったのか、と驚きの連続だ。
本作品は、フジテレビが2015年から4K制作、4K放送している「TimeTrip」シリーズの第5弾だ。過去の資料を徹底検証し、映像作品として現代に甦らせるのがTimeTripプロジェクトの使命。これまで 「TimeTrip軍艦島」(2015)、 「TimeTrip御台場」(2016)、「TimeTrip日本の海岸線~伊能忠敬の軌跡~」(2017)、 「TimeTrip長崎教会群」(2017年)が制作され、いずれもBSフジ4Kで放送された。
「昭和女子大学名誉学長の平井聖先生から、『こんな写真がある』とご紹介されたのが始まりでした」と、フジテレビ・大村卓プロデューサーが言った。
「とても意義のある素晴らしい写真なので、この写真を元に、撮られた明治の風景から、江戸幕末の風景を復元してみようと思いました。幕末からそれほど時間は経っていないので、街並みはあまり変わっていないのではないかと想像しました。縦30センチ×横20センチの乾板写真が13枚。それを縦8K、横4Kでスキャンしました。出来る限り大きな解像度で取り込もうと。でも余りにデータが重くて、コンピュータが動かなくなることも、しょっちゅうでした(苦笑)」(大村プロデューサー)
新事実発見の手掛かりとなった
13枚は当然モノクロ写真だが、ひとつひとつで微妙に色合いが異なっていたのを、グレーディングし、合わせた。それが効を奏したのは、高解像度でスキャンしたデータを4Kモニターで見た時だ。
「その場に居合わせた誰もが驚きました。紙の写真で見るより、遙かにリアリティがあったのです。もともと写真でも、とても細かく写っているのですが、大きな4Kモニターでは次元の違う生々しさでした。写真を拡大鏡で見ると、その部分はクローズアップされて、細かなところまで分かりますが、見ているのはその部分だけでした。ところが大画面の4Kモニターでは、画面に近づいて細部を見ながら、同時に視野には周りも曖昧ながら見えるのです。つまり、注視している部分の続きが同時に分かるのです。高解像度でデジタル化し、4K/HDRコンテンツに仕上げることでディテールが浮かび上がり、歴史研究としても新事実発見の手掛かりとなりました」(大村プロデューサー)
2年を掛けて、写っている家の正体(ほとんどが大名屋敷)を突き止め、番組にてCGで江戸時代の大名屋敷のイメージを形作った。本作品のユニークなところは、人物やものが動くことだ。道を歩いていたり、着物姿の数人の女性が井戸端でしゃべっていたり、電車がゆっくりと走る。写真といっても完全な静止画ではなく、部分的に動きの仕掛けが填め込まれているのである。
「実は、ニコライ堂から撮影された写真は、とてもシャッタースピードが遅いのです。だから、人力車や歩いている人などが、写真には溶けてしまっています。京都で俳優さんに演技してもらった映像をその場に填め込みました」(大村プロデューサー)
この小さな人物の動きは、高精度な写真に不思議なリアリティを与えている。
まさにその場にタイプトリップした感覚のVR版
もうひとつユニークなのは、同時にVR版も制作したことだ。キー局の中で、フジテレビは特にVRに熱心に取り組み、「ルミエール・ジャパン・アワード」でも毎年、さまざまな賞を受賞している。
「TimeTrip 江戸-東京」のVRも素晴らしかった。番組では、VR画面が紹介されたが、私は審査の場で、実際にVRを体験した。足場の上から、上下左右を見渡せるVR版はまったく新しい体験だ。まさにその場にタイプトリップした感覚。周囲を見回し、細部を観察し、動画も鑑賞できる。VRを制作したフジテレビジョン技術局技術開発部の飯田智之氏は、こうコメントした。
「360度パノラマ写真は平面ですが、実際の風景を眺めているような臨場感を持たせるVR体験にこだわりました。でも思いのほか難しく、自然な形に見えなかったり、快適に体験できない。そこで写真をVR空間内に配置する際に、自然に見える地平線の高さや景色との距離感、画像の歪みなどを調整しました。実際の撮影時のカメラとVR体験者の視点との関係を見直したり、画像をレイヤー分けするなどの工夫をしました」(飯田智之氏)
VRとしての臨場感に加え、より詳しい情報をレーザーポインターにより入手できるなどの機能性も良い。各所のインタラクションも的確だ。
4KとVRという現代映像の最先端を駆使した「TimeTrip 江戸-東京 日本最古の360度パノラマ写真の謎」の出来映えに拍手を贈りたい。