【麻倉怜士の4K8K感動探訪】BS8K「いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台」は圧倒的な感動を届けてくれる<連載22>

家電・AV

クラシックファンにとって、NHKのBS8K放送は、たいへん貴重な20世紀の名演奏を最高の画質と音質で届けてくれる垂涎の放送局だ。

35mmで撮影されていたことが貴重

2020年の初頭からこれまでに放送されてきた、BS8K「いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台」の演目を紹介しよう。

(1)ベートーベンの交響曲第9番ニ短調作品125「合唱つき」。 レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル。1979年9月、ウィーン国立歌劇場で収録。(2)モーツァルトの交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」、ブラームスの交響曲第2番ニ長調作品73。カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィル。1991年10月、ウィーン楽友協会大ホールで収録。(3)チャイコフスキーの交響曲第4番ヘ短調作品36、交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」。 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル。1973年12月、ベルリンのフィルハーモニーで収録。(4)モーツァルトの交響曲第29番イ長調K.201、交響曲第40番 ト短調K.550、交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」。カール・ベーム指揮ウィーン・フィル。1973年6月、ウィーン楽友協会大ホールで収録。(5)マーラー交響曲全集。交響曲第1番~第9番、第10番からアダージョ、「大地の歌」。 レナード・バーンスタイン指揮 ウィーン・フィル、ロンドン交響楽団、イスラエル・フィル。1971年~1976年に収録。(6)モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」。ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル。1954年 、ザルツブルクはフェルゼンライトシューレで収録。(7)チャイコフスキーのバレエ「白鳥の湖」。マーゴ・フォンティーン、ルドルフ・ヌレエフ、ウィーン国立歌劇場バレエ団。1966年、ウィーン国立歌劇場で収録。

これらは、ドイツの音楽映像制作プロダクション、ユニテルが制作した35mmマスター・ネガから制作した8K作品だ。そもそも、これだけの演奏が35mmフィルムで撮影されていたことがもの凄く貴重だ。ビデオ撮影ではオリジナル以上の解像度にはならないが、フィルムならもともと画像情報量がひじょうに多いので、8Kスキャンすることで、高画質が再現できる。

1時間番組を8K化するのに72時間

これまで、NHKの8K放送では『2001年 宇宙の旅』や『マイ・フェア・レディ』など、70mmフィルムをスキャンした番組を放送したことはあるが、35mmフィルムからの8Kスキャンは(世界でも)初めてのこと。これらのオリジナルネガフィルムは、ユニテルのアーカイブにマイナス4℃の環境で厳重に冷凍保管されていた。経年の化学変化を防ぐためだ。

次に、13℃の環境で数日掛けて解凍した後、傷の有無などの保存状態を目視で確認し、最新鋭機でスキャン。35mmフィルムからの8Kスキャンにはひとコマ3秒掛かる。つまり、1秒のフィルム映像をスキャンするには、「24コマ×3秒=72秒」が必要だ。このスピードでは休みなしに取り込んだとしても、1時間番組を8K化するのに72時間を要する。

そして、日本の東京五反田のイマジカ本社で傷消しや揺れ補正、カレーコレクション(色補正)を行なう。さらに渋谷の「イマジカ8Kスタジオ」で、HDR制作が行なわれた。

素材表現が美的

画調はとてもフィルム的だ。フィルムのグレイン(粒状性)が絶妙に残った映像。『2001年 宇宙の旅』や『マイ・フェア・レディ』などの70mmフィルムをスキャンした映画作品は、かなり解像度が高かったが、「いまよみがえる伝説の名演奏名舞台」は、35mmフィルムであり、ビデオ撮影された「はっきり・くっきりの8Kを見慣れた人」にはちょっと甘く感じられるかもしれない。

でも、輪郭の再現が素直で、微細な情報もしっかり残っている。楽団員の燕尾服の質感、黒の光沢感、楽器の反射の輝きなど素材表現が美的だ。シャツもピケ織り、ドビー織り、シャガード織りといった織り方の違いも、8Kでは分かる。

バーンスタインの目力に圧倒

なかでも、指揮者の表情が分かるのが、「いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台」の最大の魅力だ。バーンスタインの「第九」では、バーンスタインのアップの目力に圧倒される。身体の動きに合わせて汗が飛び散る様が克明に記録され、躍動している。

バーンスタインは、ウィーン・フィルの力を最大限に引き出すように指揮するが、カラヤンのチャイコフスキーは、強力なリーダーシップで、ドライブする。1973年にカラヤンが、カメラマン、エルンスト・ヴィルトと共に製作したチャイコフスキーは、音楽の緊張の瞬間や叙情的、劇的価値を視覚化して伝えている。80年代のべートーヴェン交曲全集を初めとする一連のテレモンデアル(カラヤンが設立した映像プロダクション)の作品のように完璧な様式美、人工美とは違う、ドラマティックで美的なカラヤン芸術が、8Kと22.2チャンネルで堪能できる。

「カラヤンのチャイコフスキー」

©UNITEL

「人類の宝」とも言うべき圧倒的な名演

カルロス・クライバーのモーツァルトとブラームスは、まさに「人類の宝」とも言うべき圧倒的な名演だ。1991年10月、ほとんど振らないカルロス・クライバーが突然、公開演奏会を承諾。ウィーン・フィルによるコンサートが2日間にわたって、ムジークフェライン・ザールで行われた。指揮棒を振り下ろすやいなや、奏者も客席もみなが魔法に掛かり、音楽美に取り込まれていく。

「クライバーのモーツァルト&ブラームス」

©UNITEL

2011年3月に、NHKの2KBSで、クライバーの大特集が放送されたが、その時はSDからハイビジョンへのアップコンバートであり、今回のフィルムから8Kへコンバートしたバージョンで、本物のコンサートが体験できた。躍動と色艶、実に優雅で優美、そして振幅の大きなダイナミックな音楽だ。

演奏でたいへんユニークなのは、ブラームスの交響曲で、第1ヴァイオリンの第2列が、他の奏者と反対のボーイング(弓使い)をしていることだ。この事実は、レーザーディスクの時代から注目され、その理由があれこれ詮索されてきたが、8K映像では、その意味が分かる気がする。

「ベームのモーツァルト」

©UNITEL

黄金時代のカラヤン指揮ベルリン・フィルの名演奏を準備中

「いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台」の今後の展開としては、1970年代の黄金時代のカラヤン指揮ベルリン・フィルの名演奏を準備中だ。すでに8K化されたチャコイフスキーの交響曲第4番、第6番に続き、後期交響曲集の完結編として第5番を。そしてブラームスの交響曲全曲が、秋以降に順次放送予定だ。

<8月の放送予定>

「クライバーのモーツァルト&ブラームス」 8/10(火)午前11:00、
「カラヤンのチャイコフスキー」 8/12(木)午後7:00、8/17(火)午前11:00
「ベームのモーツァルト」 8/19(木)午後7:00、8/24(火)午前11:00
「バーンスタインのマーラー第5番」 8/11(水)午後2:00
「バーンスタインのマーラー交響曲大地の歌」 8/18(水)午後2:00

◆文・麻倉怜士(あさくら・れいじ)
デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
▼麻倉怜士(Wikipedia)
▼@ReijiAsakura(Twitter)
▼ウルトラアートレコード(レーベル)

スポンサーリンク
家電・AV
シェアする
麻倉怜士(AV評論家)

デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。

麻倉怜士(AV評論家)をフォローする
特選街web

PR

【ドライブ中に純正ナビでテレビ視聴!】データシステム・テレビキットシリーズから最新車種対応のカー用品『TTV443』が登場!
長時間のドライブで同乗者に快適な時間を過ごしてもらうには、車内でテレビや動画を視聴できるエンタメ機能が欠かせない。しかし、純正のカーナビは、走行中にテレビの視聴やナビ操作ができないように機能制限がかけられているのがデフォルト……。そんな純正...

PRガジェット