2022年は中森明菜が1982年にデビュー(花の82年組!)してから40周年というから、CD、BDの記念リリースが相次いでいるが、NHKのBS4Kでも、5月1日に屋外ライブが放送された。
AKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversary
今だ伝説として語られる歴史的なライブ、1989年4月29日&4月30日によみうりランドEASTで行われた「AKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversary」だ。デビュー・シングル曲「スローモーション」から23rdシングル「LIAR」までの全シングル全24曲を、コンサートの曲順通りに収録した、たいへんゴージャスなライブである。
24曲すべてを書く紙幅はないが、チャート1位の曲だけでも「TATTOO」、「DESIRE -情熱」、「Fin」、「SOLITUDE」、「BLONDE」、「SAND BEIGE -砂漠へ」、「AL-MAUJ (アルマージ)」、「ジプシー・クイーン」、「TANGO NOIR (タンゴ ノアール)」、「ミ・アモーレ」、「セカンド・ラブ」、「難破船」、「飾りじゃないのよ涙は」、「禁区」、「十戒 (1984)」「1/2の神話」、「サザン・ウインド」、「LIAR」—-18曲も歌うのである。
SD映像から、4K並みに変換する
SD(ハイビジョン以前のアナログ標準規格)からの4Kデジタルへのアップコンバートだが、無理な変換はせずに、滑らかな画調が得られていた。今回の4K放送について、制作を指揮したNHKエンタープライズ・エンターテインメント部部長の原田秀樹氏は、言う。
「画質はとても大切だと思います。当時のこのライブの良き記憶を持っている人が、その時代のままのSD画質で見たならば、せっかくの良いイメージが崩れてしまうかもしれない。そこで、弊社で提供している"NEPビデオレストアサービス"を使って徹底的にクオリティを改善し、いま現在の鑑賞にふさわしい映像へとアップデートしました」。
映画フィルムから、スキャンを経て4Kにマスタリングするマスタリングシステムは、映画業界ではポピュラーになっているか、走査線が525本しかないSD映像から、4K並みに変換するのは、それとはまた違う難しさがある。ここで頼るはNHKエンタープライズが誇るアップコンバート技法「ビデオレストアサービス」だ。単に機械的に映像補間を行うのではなく、人の目でコンテンツを丁寧に扱うのがポイント。
この技術は、NHKBS4KやBSプレミアムの「伝説のコンサート」番組制作に使われてきた。これまでに邦楽では山口百恵、キャンディーズ、松山千春、ゴダイゴ、西城秀樹、尾崎豊、チェッカーズ、チューリップ、洋楽ではクイーン、エリッククラプトン、サイモン&ガーファンクル、ビージーズ、ビリージョエルの過去のコンサート映像に最新のレストアを施してきた。5月2日にはBSプレミアムでRCサクセションの1983年のライブがレストア化され、放送されている。
映像のレストアは、人の手がたいへん重要
映像レストアは、昔のコンテンツを最新の4Kで流す時には、必須作業なので、大手の映像プロダクションは、自社でアップコンバート技術を開発しているが、NHKエンタープライズのそれは「エンジニアの目が最適な変換を成す」という考えに基づいているのが特徴だ。NHKエンタープライズで、4K明菜のレストアに携わったクリエイティブ事業センター・イベント・映像事業部(兼)展開プロデューサーの大上祐司氏はこう述べる。
「うちのレストアはAIに頼らない人の目、感じ方を重要視しています。ノウハウを積み重ねてきたエンジニアの"目"を生かし、可能な限り美しく、違和感のない高画質を追求しています。映像ごとに内容に沿った変換作業をカスタムで丁寧に行うことで、AI等を使った単純なフォーマット変換では難しいハイクオリティなレストアを実現しています。ノイズリダクションの量はどの程度が良いか?色の調整はどの程度が適切か?こうした判断において、人間の情緒に訴える処理をするためには、人の手がたいへん重要なのであり、さらに言うとわれわれ映像制作会社の"演出"という強みも最大限に生かしています」。
映像のゴミとノイズは極限まで取り除く
では明菜の4Kへのアップコンバートにおいては、大上氏は何にこだわったのだろう。
「今回、レストアの担当技術者と話し合いながら特に気を付けたのは、コンサートを見て感じた中森明菜さんのスター性とオーラをより強調することです。やはり圧倒的な存在感がありました。ご本人が可愛く、かつ美しく見えるように映像のゴミとノイズは極限まで取り除くとともに、後れ毛などは残るように、ちょうど良いところを見つけ出すように意識して作業しました。そして衣装です。極力、柄のちらつきが目立たないよう調整し、かつそのディテールは潰さないように気をつけました。レストアは<ノイズ感の軽減><細かい部分を残す>このどちらかだけを優先すると、バランスが崩れてしまうので、どちらも良いところとなるように、意識して取り組みました。その結果満足いく作品になったと思っています」。
画質だけでなく、映像の内容もたいへん興味深い。ズームレンズの使い方、スイッチング、編集……と、さまざまに超ユニークな映像が撮られている。その具体については、次号で書こう。
今後の放送予定
〈再放送〉
「伝説のコンサート~中森明菜」
6月19日(日)16:30~18:00(NHK総合)
〈関連企画〉
「中森明菜スペシャルライブ~2009・横浜」
7月15日(金)22:00~23:10(NHK・BSプレミアム)
◆文・麻倉怜士(あさくら・れいじ)
デジタルメディア評論家、ジャーナリスト。津田塾大学講師(音楽理論)、日本画質学会副会長。岡山県岡山市出身。1973年、横浜市立大学卒業。日本経済新聞社を経てプレジデント社に入社。『プレジデント』副編集長、『ノートブックパソコン研究』編集長を務める。1991年よりオーディオ・ビジュアルおよびデジタル・メディア評論家として独立。高音質ジャズレーベル「ウルトラアートレコード」を主宰。
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