人間の目がプリントされた粘着テープ『見てるぞテープ』が発売された。無断駐輪や不法投棄など迷惑行為が頻発する場所に貼り、悪事を働く者を思いとどまらせるのが目的の商品だ。防犯用具として開発されたが、雑貨として使える遊び心も感じる。製造元に話を訊いた。
「人の目」で警告する看板はよくあるが、まさか粘着テープになるとは!
街でふと視線を感じて振り向くと、そこに「人の目を描いた警告看板」があった、そんな経験が筆者にはよくある。たとえば、この写真のように。
目を描いた警告看板の多くは駐輪禁止エリアであったり、ゴミの投棄が許されない場所であったりに掲示されている。とにかく目ヂカラの強さから、管理者の激しい憤りが伝わってくるのだ。そして、「人目を気にする」という言葉もあるように、実際に不届き者を思いとどまらせる効果があるのだろう。
そのような、まさにアイキャッチな看板を見つけるたびに、筆者は「イラストでもコワいんだから、写真だったらもっとインパクトがあるんじゃないか」と考えていた。
するとなんと、今年(2024)4月、本当に商品化されたではないか。その名も菊水テープ株式会社『見てるぞテープ』(税込1,980円・発売中)。人の目が横並びになった、いかつい防犯テープだ。必要なぶんだけを切りとり、監視すべき箇所に貼る仕組みだ。
なんという目を惹く商品だろう。この視線を浴びながら自転車を不法に置いたり盗んだりする勇気は筆者にはないな。
製造販売している菊水テープは創業75周年を迎える粘着テープメーカーだ。包装用・工業用・建築用・事務用・農業用・標示用などプロの仕事を支え続けてきた。雑貨の会社ではないだけに「本気度」が伝わってくる。どのようないきさつで見てるぞテープは誕生したのだろう。百聞は一見に如かず。筆者は製造元を訪ねた。
「創業75年にして初のおもしろ要素を取り入れました」
「当社は75年の歴史がありますが、これほど見た目に印象が強いテープは過去にありませんでした。もうイレギュラー中のイレギュラーですよ」
菊水テープの企画開発室、井戸上将太さんはそう語る。
菊水テープは昭和24年(1949)、大阪の八尾で開業した。昭和36年に日本で初めてダンボールケース梱包用クラフト粘着テープの量産に成功(日本のみならず、世界初の可能性もあるという)。日常生活に欠かせないクラフトテープを普及させたパイオニアである。
そんな一貫して生真面目に製品を生み出し続けた菊水テープにとって、見てるぞテープは創業初の「おもしろ要素」が加わった商品となった。
「目の正体は、8割が当社社員です」
見てるぞテープは一巻10メートル。男女21人の目が印刷されている。年齢もバラバラなのだそうだ。目だけではなく「視線」を商品とするため、撮影時は瞳がしっかり光るようにライティングしたというから実に凝っている。
井戸上将太さん(以下、井戸上)「プリントされた顔の8割が当社の常務をはじめ社員です。そのうちの一人は私。うちの者の目が犯罪抑止につながればいいのですが」
さまざまな現場で活躍するテープメーカーの社員たちが直々に見張ってくれるとは頼もしい。さらに犯罪を防ぐため、撮影モデルに対して、ある特殊な工夫がなされたという。
井戸上「カメラマンからは、『虚ろな目をしてほしい』と指示されました。焦点が合っているような、いないような。睨みつけるより、『そんなことしてええの?』と呆れたようなまなざしの方がいいのだそうです」
実は行政主導だったデザインイノベーション
ディレクションを担当したのは外部のプロダクト開発チーム「専業ムフ」。キャッチフレーズは「ハハハでもなく、フフフでもなく、ムフッ」。企業とコラボしながら、ありそうでなかった、「思わずムフッと笑っちゃう」モノづくりを行っているクリエイター集団である。たとえばコロナ禍に、まるで西洋の兜のような『伝説のフェイスシールド』が発売され話題となったが、これも彼らの仕事だった。
堅実なイメージが強い菊水テープと、ユーモアのセンス溢れる専業ムフ、硬軟の両雄が手を組んだきっかけは、八尾の行政が2022年8月に発足したプロジェクト「YAOKONTON」(八尾混沌)だった。
八尾は製造業の街としても知られ、菊水テープがつくる粘着テープをはじめ、歯ブラシ、フライパン、ゴム、ガラス、子供服、糊など多彩な業種の高度な技術が集結している。まさに「混沌とした」魅力があるのだ。
そんな八尾の町工場の価値をさらに高めようと、八尾市魅力創造部産業政策課イノベーション推進係が、市内の企業に「デザイン改革を起こさないか」「ブランディングをしてみないか」と呼びかけたのである。
井戸上「当社の商品は主に包装業界や建築業界で使われる業務用で、地味なものが多かったんです。『パッケージを見直せる機会になるかもしれない』と思い、参加しました。とはいえそのときはまさか、人の目がずらっと並んだテープが生まれるのだなんて想像もしていなかったですね」
そんなYAOKONTONで知り合ったのが専業ムフ。ディスカッションを重ねるなかで俎上(そじょう)にあがったアイデアは21案。木肌がプリントされ、積み上げると一本の樹木になるテープや、貼るとその場で将棋を指せる将棋盤テープなどが提示された。そのなかに見てるぞテープの原型があったのだ。
井戸上「これは需要がありそうだと思い、商品化に駒を進めました。ただ、はじめは一つの目が縦にずらっと並んでいるデザインだったんです。『さすがに気持ちが悪いよね』と改良し、現在のかたちに落ち着きました」
「あほか」と社内からは反対する声も
はじめは「パッケージデザインの見直し」という動機で参加したYAOKONTON。意外な巡り会わせにより、見直す「目」のほうが商品化されたというから、おもしろい。とはいえ、堅実一筋に歩んできた菊水テープにとって、過去にない斬新すぎる目玉商品。社内から反対する声もあったのではないか。
井戸上「反対意見はありましたね。いやもう、すごかったですよ。『なにを考えているんだ』『あほか』と。たとえば、『もしも誰かがこの目に驚き、道路で転倒したらどうするんだ』『重要文化財や公共物に貼られてしまったら誰が責任を取るんだ』など、さまざまな意見がありました。当社は安全第一が何よりも大切な信条であり、万が一の事態も考えねばなりませんから」
賛否が分かれ紛糾した時期もあった見てるぞテープ。反面、ユーザーからは「そのような商品がもし実現するのならば、ぜひとも欲しい」と熱望する声も挙がった。無断駐輪や不法投棄、万引きなどに困っている人々にとっては、笑えるグッズではなく切実な商品だったのだ。イギリスのニューカッスル大学に「人の目のシールによる行動抑止」を実証する論文もあり、それも後押しした。
「貼ってから不法投棄がなくなった」の声も
そうして、遊び道具ではないとしっかり説明する注意書きを添えるなどして、クラウドファンディングの末に遂に実現したのである。京都芸術大学で開催されたYAOKONTONプロジェクトの商品展では、脳科学者の茂木健一郎氏が「このテープ自体に犯罪抑止効果はなくても、『こんなテープを貼る人なら、他の防犯対策をしているかもしれない』と感じさせる力がある」と語った。確かに「周囲に防犯カメラがある」と意識させる効き目があるだろう。
井戸上「さっそく、『貼ってから不法投棄がなくなった』という声も聴きました。とはいえ犯罪を未然に防ぐだけではなく、ファンシーグッズとしてステッカーや包装用などにお使いいただいても楽しいと思います。雑貨の用途がある商品は、当社にはこれまでなかったですから、暮らしのなかで新しい使用法を見つけていただけるとうれしいですね」
これまでは代理店販売を中心とし、小売りは初。「クラウドファンディングサービスMakuake(マクアケ)で応援購入いただいた皆さまに、一つひとつ社員が梱包して発送する作業も初めてだった」という、初めて尽くしの見てるぞテープ。この商品は、日本で初めてクラフトテープの量産化を成功させ先見の明があった創業者が、新しい発想や経験をする大切さを忘れていないか「見てるぞ」というメッセージだったのかもしれない。
とりあえず筆者は、さぼらず原稿が書けるように、仕事場に貼ることにした。