町工場から生まれた『mahora(まほら)』というノートが「目に優しい」「書きやすい」と評判を呼んでいる。2020年に販売を開始し、11万冊を売るヒット商品となった。では、「これまでのノートとどこか違うのか」。製造元を訪ねた。
町工場ならではのものづくり。これまでのノートとどこか違うのか?
この頃、筆者は急速に老眼が進んでいる。ノートに文字を書いていても、罫線がダブッて見えるのだ。そのため、ペン先が次の行へと進む際に一瞬「罫線はどこだっけ?」と迷ってしまう。
紙の白さもまぶしい。特に蛍光灯の下だと「うっ!」と、ホワイトが瞳に刺さる感覚がある。ノートの白さを苦痛に感じるなんて、視力がよかった頃にはなかった経験だ。
「目に優しく、書きやすいノートはないものか」と探し、辿り着いたのが、大栗(おおぐり)紙工株式会社が製造する自社ノートブランド・OGUNO『mahora(まほら)』(セミB5・税込374円・発売中)という商品。
素っ気ないほどシンプルな表紙。ノートを開けば、なるほど、紙の色が純白ではない。おかげでまばゆさが軽減されている。さらに大きな特徴は2種類のデザインだ。一つ目は罫線の太さが交互に異なるバージョン。
太めと細めの線で構成されており、細い線のおかげで文字の中心を捉えやすい。
二つ目は潔く「罫線が存在しない」パターン。網掛けと無地のラインによってデザインされ、行列がはっきりわかる。罫線がブレて見えるストレスがない。いやあ、書きやすいなあ。
しかし、目に負担が少ない理由は、それだけではない気がする。このノート、どうもいろんな部分が「優しい」と感じるのだ。使いやすさの秘密を探るべく、筆者は製造元へ向かった。
メイド・イン・町工場のノートが「グッドデザイン賞」を受賞
大栗紙工は昭和5(1930)年に創業した、3代続く紙製品のメーカーだ。戦前から帳簿の製造をしており、世間の教育熱があがるとともに昭和38(1963)年、文房具のノートへと転換した。
大栗紙工の場所は、大阪の生野(いくの)区にある。下町ムードがプンプンした市街に工場が建ち、庶民とともに歩んできた歴史を感じさせてくれる。
製造開始当時、ノートは糸綴じが主流だったが、先代がいち早く「開きやすい」無線綴じ(糊で製本する技法)の機械を導入するなど先見の明があった。以来、現在に至るまで有名ブランドのOEM(委託製造)で年間およそ2200万冊のノートを生産している。
およそ60年にわたり、全国の学生たちがここで作られたノートで勉強したんだな。筆者もそのうちの一人だ。勉強せずノートに落書きばかりして、申し訳ない。
そんな町工場の大栗紙工が『mahora(まほら)』を発売したのが令和2(2020)年。創業90年目にして初めて誕生した自社製品だった。
「『mahora』を製造したいと考えたとき、反対の声もありました。『下請けメーカーが自社商品に手を出すのはリスクが高い』と。私も始めに刷った3,000冊が『もしも売れなかったら、やめよう』と思っていたんです。ところが注文が相次ぎまして。増産を重ね、胸を張れる商品に育ちました」
『mahora』を企画した取締役の大栗佳代子さんは、そう語る。
異議もあって当初は「3,000冊でやめよう」と考えていた『mahora』だったが、2023年までに11万冊を製造するヒット商品となった。利便性の高さと画期的なデザインにより、2021年度「グッドデザイン賞」ベスト100に選出。さらに第30回「日本文具大賞」2021のデザイン部門優秀賞、「文房具屋さん大賞」2022デザイン賞など名だたるタイトルを続々とものにしている。
発達障害を抱える人々との出会いがきっかけだった
では、いったいなぜ、代々下請けだった大栗紙工は目に優しいノートを独自に企画開発したのだろう。
大栗佳代子さん(以下、大栗)「きっかけは発達障害の方々との出会いでした。『市販のノートには使いづらいものが多い』というお声をいただいたんです」
「発達障害の方々との出会い」。なんでも大栗さんがプレスリリースの書き方講座を受講したとき、講師から「発達障害の特性を持った人たちが『ノートが使いにくい』と悩んでいる。助けてあげてほしい」と相談されたのだという。
そして当事者に会った大栗さんは、「ノートでこんなに困っている人たちがいるのか」と驚いたのだそうだ。たとえば――。
- 白い紙は光の反射がきつく、書きにくいし読みにくい。
- 同じ太さや濃さの罫線が並んでいると、自分が今どこに書いているのかを見失う。
- 印刷されている要素が多すぎて気が散る。必要な情報を取捨選択できない。
- 紙が薄くて消しゴムをかけるとグシャっとなる。
- 紙が薄いと、書くたびにペン先の圧が頭に響く。
- 表紙も情報が多くてしんどい。
そういった、これまでのノートが「よし」としてきた観念を覆す意見ばかりだった。
大栗「直接お話をうかがったり、およそ100名の方にアンケートにご回答をいただいたりしながら、ノートの使いにくい部分をご指摘いただきました。そのなかにあった『使いやすいノートがないから我慢している』という言葉にショックを受けたんです。紙の色、厚さ、罫線、ページ番号や日付を書き込む場所など、私たちはこれまで『そういうものだ』と疑わずに作ってきました。でも、まさかそこを我慢しておられただなんて。そして、お困りごとがあるのならば、『できる限り解決したい』。そう思ったのです」
そうして大栗さんたち社員は、旧来のノートの素材やデザインを抜本的に見直した。先ず、視覚過敏の特性がある人々にサンプル13色を試してもらい、紙肌が柔らかで「目の負担が軽い」と好評を得た色上質紙「レモン」「ラベンダー」の2色を採用(のちにミントが加わり3色になる)。強い筆圧に対応し、消しゴムをかけてもシワが寄りにくいよう、紙の厚さも10%増した。
試行錯誤の末、8か月かけて生まれた「目に優しいノート」
続いては罫線の課題解決だ。「書いているうちに行がどこかわからなくなる」という悩みに応えるため、太い線と細くて薄い線が交互に印刷されたタイプと、8.5㎜の等間隔で網掛けしたタイプ、2種類のパターンを「ミリ単位で調整しながら」考案したという。
ページ番号や日付を書く欄も入れず、情報は必要最小限のみ。筆者が「目に優しい」と感じたのは、このさっぱり感にもあったようだ。
そうして幾度も試作を重ね、フィードバックがあるたびに修正をした。8か月を要した末、2020年2月に「mahora」は産声を上げたのである。
大栗「『まほら』は“住みやすいところ。素晴らしい場所”を意味する、私が大好きなやまと言葉です。『まほろば』の語源だという説もあります。心地よい、気持ちにゆとりが生まれるノートになればいいなと思い、名づけました。語感が愛らしくて気に入ってるんですよ」
当初の予想を超え、さまざまな境遇にある人々が購入
始めは初版のみで製造を終えようと考えていた『mahora』。ところが発売早々、多くの、そして意外な反響があった。発達障害の悩みを軽減することが開発の大きな目的だったが、購買する客層は当初の予想よりはるかに広かったのだ。
大栗「白内障を患っていらっしゃる方、脳の手術をされた方からも『まっすぐ文字が書ける』と感謝の言葉をいただいたんです。『必要としていた人たちがこんなにたくさんいらっしゃったんだ』と改めて気づきました」
新たなリクエストも多かった。「支援学校での職業訓練の際にメモを取れるポケットサイズがほしい」「ノートになっていなくていい。ペーパータイプがほしい」など要望が寄せられ、発売1年後にはバリエーションが「36種類に増えていた」という(現在は60種類超)。
親からのリクエストに応え「小学生向けのノート」も登場
なかでもとりわけ多かったのが「小学生向けの商品を作ってほしい」という声だ。子どもたちはどうしても文字のバランスが取れず、歪んで書いてしまったり、行をまたいでしまったりしがち。だからといって補助線をたくさん印刷すると、「なんだか線が多くてコワい」とプレッシャーを与えかねない。
大栗「どうしたものかと頭を痛めたのですが、ふとマスの真ん中に点を打つと、“へん”“つくり”“かんむり”など部首のバランスがとてもとりやすくなったんです」
マスに中心点を置くことで、罫線に意識を取られず、のびのびゆったりと文字が書ける。ほか、交互に網掛けを施したことで横書きor.縦書きを気にせず使えるようになった。
実際に書いてみて、まるでリードしてくれるような書き心地に、筆者は「お子さんだけに使わせるのはもったいない!」と感じた。筆者のような視力が衰えた中高年にとっても目に優しく、大助かりな商品である。そうして2023年12月、『まほらゆったり使う学習帳』(税込374円・発売中)4タイプを発売した。
大栗「お困りごとを受けとめながらノートを開発するのは『mahora』が初めての経験でした。これまで漠然とあった『人を想うノートを作りたい』という気持ちが、自分たちでも明確になった商品でもありますね」
『mahora』のページを開くと、視界もパーッと開けた気がしてくる。そして目に優しいだけではなく、紙の厚さや質感など隅々まで心理的に優しい商品だとわかった。これからも愛用するとともに、筆者は大栗さんたちの優しさに甘えず、早く眼科へ行くべきである。
入手はオンラインショップで可能だ。