「音の良さ」に注目したアニメ作品を紹介するシリーズ。第2回は2001年公開の「メトロポリス」。日本ではいまひとつ評価が低いものの、優れた作画や当時最先端の3DCGを積極的に活用するなど、今見ても色褪せない名作。人の心を持ったロボットと人間たちとの相克がテーマと言える物語も興味深いが、実はなによりの魅力は音楽だ。
“音”に注目すると、アニメはもっと面白くなる
音が良いと呼ばれる作品は数多い。現代の劇場用アニメならばサラウンド音声の採用は当たり前で、ハリウッドにだって負けない迫力のある音響を楽しめる作品もたくさんある。音の良さにもいろいろな要素があり、声優の演技、リアルな効果音、優れた音楽など、それぞれに魅力がある。手描きの絵に命を吹き込み、よりドラマチックに作品を盛り上げてくれる欠かせない要素だ。そんな音の良さに注目すると、今まで気付かなかった新しい魅力に出会える。アニメがますます面白くなる、そんなきっかけになる作品を紹介していこう。
手塚治虫の初期作品を原作としたアニメ「メトロポリス」
「メトロポリス」は、2001年劇場公開の作品だ。絵柄こそ、初期の手塚治虫のタッチを意識したキャラクター造形や、今となっては懐かしささえ感じる未来社会の様子がやや古さを感じさせるが、3DCGやデジタル技術が積極的に用いられた映像は、かなり質が高い。手塚治虫作品でよく見られる、見開きで展開するモブシーンを再現するほか、キャラクターの動きもきめ細やかで、今見るとその作画レベルの高さに驚くほどだ。音声はドルビーTrue HD 5.1ch。
残念ながら、興行成績がふるわず、知る人ぞ知る名作になっているのが実に残念だ。個人的には今、日本のアニメのベスト10を選べば必ずランク入りを果たすくらい大好きだ。ロボットが人と同じ心を持ち、人間と対立してしまう。このテーマは昭和の時代ならばSF作品では割と人気のあるもので、石ノ森章太郎の「人造人間キカイダー」など、似たテーマの作品も多かった。だが、人工知能がさまざまな分野で実際に活用されはじめている現代となると、ロボット以上に人間と同じ心を持つという点が、かなり荒唐無稽なお話と受け取られてしまうかもしれない。
それでも、後にロボットだとわかる謎の少女ティマと、探偵のヒゲオヤジ(伴俊作)とともにメトロポリスを訪れたケンイチ少年の出会いの物語は、ロボットと人間の交流を丁寧に描いている。そして、ロボットが労働を担うことになった結果、仕事を奪われてしまった労働階級にある人々が持つロボットへの反感、ロボットを超人と呼び人々を支配するための兵器として利用しようとする者、さまざまな人々のロボットへの思いが描かれ、またロボット自身も人間の決めたルールに従うしかない奴隷階級に近い扱いを受けているなど、人とロボットが共生する社会でのさまざまな問題点を浮かび上がらせ、知的でしかも奥深い物語となっている。
未来社会に生きる人々やロボットの心情をジャズで表現
本題となる“音”だが、5.1ch制作が主流となりはじめた時期の作品ではあるが、その出来は良質だ。飛行船が浮かび、車道を走る車にもタイヤはない。そこかしこにロボットが居て、レストランでの給仕や街の清掃をしている。そこに大勢に人間がいて賑わっている。大昔の未来予想図のようでいて、そこに生活する人々が居るリアルな都市を、さまざまな生活音やざわめきを配置することで活気のあるものとして感じさせてくれる。
印象的なのが、テーマ曲をはじめとする楽曲の多くでジャズが使われていること。雰囲気としては、ビッグバンドによるモダン・ジャズが近い。大昔に想像された懐かしさを感じる未来世界に、大昔の流行であるモダン・ジャズを組み合わせた感覚が冴えている。音楽は本多俊之。本人も劇伴の演奏に参加しているが、さらに、監督のりんたろうも演奏するバンド「METROPOLITAN RHYTHM KINGS」に名を連ねている。
ジャズの歴史から言っても、当時奴隷階級にあった黒人たちによる音楽がその起源と言えるし、奴隷や労働者たちの苦しみや怒りをテーマとした曲も多い。人間に隷属するロボットや鬱屈した労働階級の人間たちの心を、情感豊かにジャズで表現しているのだ。主題歌「THER’LL NEVER BE GOOD-BYE THE THEME OF METROPOLIS」は、劇中でもさまざまなアレンジで使われるが、時に楽しく、時に哀愁をおびたメロディーで場面を盛り上げている。こうした音楽の配置も素晴らしいのだ。
もちろん、にぎやかで楽しい曲も多い。さまざまな問題を抱えつつも、人類の叡智を結集して完成した最新鋭の都市であるメトロポリスは、さまざまな問題も抱えているが、そこに生きる人々は活気に満ちている。そんな人々の活気、都市のために働くロボットたちの姿を、生き生きとジャズが表現している。
聴きどころは、地下にある寂れた工場での火事の場面だ。ケンイチはここでティマと出会うのだが、工場の火事を鎮火するのは消防ロボットたち。指揮をするロボットが集まって、消火のための装備を調えていく。こうした動作をコミカルな動きで描いていく。音楽もスリリングな曲調でありながら、どことなくユーモラスで、ロボットたちの動きを象徴するように子供の声のようなコーラスも加わっている。このような、ロボットたちが活躍する未来世界を夢のあるものとして描く場面も少なくない。
“愛さずにはいられない”夢と希望に満ちた物語
ティマの正体が判明し、ケンイチたちはメトロポリスを牛耳る権力者たちに捕らえられてしまう。物語は一気にシリアスな展開となる。そして、驕った人間の象徴であるジグラットが崩壊する。そのときに流れるのが、レイ・チャールズの名曲「I CAN’T STOP LOVING YOU」。SF作品で、驕った人間や暴走した文明が崩壊していくのはよくある展開だが、その場面に実にマッチした選曲だと思う。シニカルな選曲だとも思うが、都市が崩壊していくなか、愛の素晴らしさを歌い上げる名曲が流れていく。さまざまな想いが見ている人の心の中にうずまくに違いない。
良い映画には、必ずと言っていいほど素晴らしい音楽がある。本作もそのひとつだ。我々の生きる現代のロボットやAIのような技術では、本作のような未来にたどり着くことはなさそうだ。しかし、ロボットやAIの実用化が急速に進んでいる現代に再見すると、本作のテーマが改めて理解できるような気もする。なにより人間とロボットが共生する良い未来を、活気に満ちたジャズに乗って楽しんでほしい。