新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、マスクはいまや外出時の標準装備となってきました。これからの季節、暑さに耐えつつマスクを着用することになりそうです。しかし、人が密集する場所はともかく、屋外でウォーキングやジョギング、ランニングをする際にも、マスクは必須なのでしょうか? 感染拡大と熱中症のリスクはどちらが高いのでしょうか? 専門家の意見やデータをまとめました。

運動時にマスクはするべきか?

画像: 運動時にマスクはするべきか?

専門機関は「マスクは推奨しない」

2020年6月16日、世界保健機関(WHO)は、「運動時にはマスク着用を控えるべき」と提言しました。WHOは同時に、「運動中の重要な予防策は、他人と少なくとも1メートル以上距離を取ることだ」としています。
出典:時事ドットコムニュース

6月15日には、日本感染症学会と日本環境感染学会は、一般に向けた共同声明のなかで、「夏はマスクによる熱中症のリスクを高める可能性がある。人通りの少ない道を歩く、あるいはジョギングする場合にはマスクは必ずしも必要ではない」と述べています。
出典:一般市民向け共同声明(PDF)

さらに、7月1日に発表された、日本臨床スポーツ医学会と日本臨床運動療法学会の共同声明でも、「屋外運動時のマスクや口鼻を覆うものの着用は、基本的には推奨しない」「熱中症、呼吸不全の危険性があり、海外では死亡例もある」という内容が含まれています。
出典:屋外での運動に対する共同声明(PDF)

画像1: 日本臨床スポーツ医学会と日本臨床運動療法学会との「屋外での運動に対する共同声明」より www.rinspo.jp

日本臨床スポーツ医学会と日本臨床運動療法学会との「屋外での運動に対する共同声明」より

www.rinspo.jp

厚生労働省も、「高温多湿の場所でのマスク着用は熱中症の危険があるので、屋外で、人と十分な距離(少なくとも2メートル以上)が確保できる場合は、マスクをはずす」ことを呼びかけています。
出典:「新しい生活様式」における熱中症予防行動のポイント

このように、屋外での運動時におけるマスクの着用について、医療・医学の専門家からは注意を喚起する声が続々と上がっています。
しかしながら、屋外で運動する人(特にランナー)への風当たりは依然として強く、「ウイルスが撒き散らされるから、屋外でもマスクを着用すべき」と思っている人も少なくないようです。

そもそも新型コロナウイルスは、どのように人から人へうつるのでしょうか。

新型コロナウイルスの感染経路

飛沫感染と接触感染、そして空気感染?

新型コロナウイルスは、飛沫感染と接触感染により感染し、空気感染の可能性は極めて低いとされています。そのため、これまでは対人距離の確保や手洗いの徹底が、感染予防の柱でした。

ところが、そこに加えて、空気感染の可能性について新たな動きが出てきました。新型コロナウイルスについて、日本や欧米など32ヵ国の専門家239人は2020年7月6日、世界保健機関(WHO)や各国の保健当局に対し、「ウイルスが空気感染する可能性」を警告する公開書簡を出したのです。

病原体が感染する経路(ルート)を感染経路といいます。感染経路は大きく分けて3つ、飛沫感染、接触感染、空気感染です。

咳やくしゃみ、会話などで放出した飛沫で感染するルートを飛沫感染といいます。飛沫は水分を含んでいて重いので、1~2メートルで地面に落ちます。病原体がついたドアノブや吊革をつかんだ手で、口や鼻を触って感染するルートが接触感染です。

飛沫のなかでも小さい物は「エアロゾル」もしくは「飛沫核」といい、空気中を浮遊します。

エアロゾルとは、空気中を漂う液状あるいは固形の微粒子を指します。

飛沫の水分中にはミネラルなどが含まれ、水が蒸発すると乾燥した固形の微粒子となります。これが飛沫核です。

人が呼吸、咳、くしゃみ、会話をするたびに、さまざまなサイズの微粒子が口や鼻から出るので、飛沫とエアロゾル、飛沫核は同じ空間に同時に存在します。飛沫よりも、エアロゾルや飛沫核の方が軽いので、空気中に長く浮かび、遠くまで運ばれることがあります。

画像: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察より www.jmedj.co.jp

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察より

www.jmedj.co.jp

このように飛沫とエアロゾル、飛沫感染と空気感染は明確に区分されているわけではありませんが、主要な感染経路が飛沫なのか空気なのか、という観点で区別はできます。

例えば、インフルエンザウイルスはエアロゾル(あるいは飛沫核)に付着して空気中を浮遊しますが、通常は長距離を移動せず、多くは飛沫感染と考えられています。そのため、飛沫感染を防ぐ対策が中心となります。
一方、麻疹(はしか)ウイルスや水痘(水ぼうそう)ウイルス、結核菌は、感染性を保ったまま空気中を漂い、感染を起こすことがわかっているため、空気感染の予防対策に重点が置かれます。

専門家の出した書簡は、新型コロナウイルスが感染性を保持したまま空気中を漂う危険性があるとし、これまでの対策では不足であると警告しているのです。

エアロゾル感染とは?

今回の報道のなかでは、「エアロゾル感染」という言葉も目にします。前述したように、エアロゾルとは、気体中に液体もしくは固体の微粒子が広がった状態です。具体的には、ほこりや花粉、霧などが挙げられます。微粒子の大きさは数ナノメートルから100マイクロメートル程度までさまざまです。

「エアロゾル感染」は、こうした微粒子に病原体が含まれ、この微粒子を介して感染することを指します。注意したいのは、「エアロゾル感染」という言葉が、飛沫感染を指したり、空気感染を指したりと、文脈によって変わる点です。
出典:東京大学保健・健康推進本部保健センター

新型コロナウイルスは、くしゃみや咳だけでなく、呼気に含まれる1マイクロメートル程度のエアロゾルにもついています。これが感染性を保ったまま浮遊し、ほかの人がそれを吸い込むことによって感染することもあり得ます。

ただ、通常、エアロゾルは放出後2メートル離れたころには乾燥して飛沫核となり、そこについた病原体の多くは感染性を失うとされています。2メートル以内でエアロゾルを直接吸えば感染の危険性がありますが、その範囲を超えての空気感染の可能性は低いと考えられるのです。

しかし、湿気のある密室では別です。湿度が高く換気の悪い環境では、エアロゾル中の病原体は乾燥を免れるため、数分から30分程度、感染性を保持します。湿度の高い密室においては、空気感染の可能性があるということです。
出典:緊急寄稿(1)

今回の公開書簡についての日本の報道は、「エアロゾル感染」と「空気感染」とが混在しており、理解しづらい面があります。実際にどちらを指しているのかは、原文に当たらなければなりませんが、本稿では出典元の表記に従うことにします。

専門家が第3の感染経路の可能性を報告

日本や欧米など32ヵ国の専門家239人が出した「ウイルスが空気感染する可能性」を警告する公開書簡は、飛沫や接触以外による感染が報告されていると指摘。「同じ場所にいる人々が(空気中に漂う)ウイルスを吸い込み、感染・発病する可能性がある」と警鐘を鳴らしています。

これまで推奨されてきた手洗いや社会的距離の確保に加え、空気感染を念頭に置いた予防策として「公共施設や職場・学校での十分かつ効果のある換気設備導入」「換気設備への高機能フィルターや殺菌装置の搭載」「公共交通機関などでの混雑回避」を提唱。「多くの建物では、複数のドアや窓を開けるだけで空気の循環が劇的によくなる」と呼びかけています。
出典:時事ドットコムニュース2020年7月7日

WHOの新指針は「3密」の回避

これを受けて、WHOは7月9日、新型コロナウイルス感染について新たなガイドラインを示し、空気中を漂う微粒子「エアロゾル」を介した感染に関する報告を、一部認めました。
ただ、「空気感染の可能性を確認するまでには至っていない」とあります。

今回のガイドラインでは、「人が密集する屋内での感染を巡る報告を踏まえると、新型ウイルスがエアロゾルを介して感染する可能性も示される」とし、医療施設のほか、合唱団の練習や飲食店、スポーツジムなどでのエアロゾル感染があり得るとしました。
しかし、エアロゾルが感染に果たす役割について、よりいっそうの研究が必要との認識を示したうえで、人混みの回避や、室内の空気の入れ替えソーシャル・ディスタンスの確保それが難しい場合のマスク着用を奨励しています。
出典:ニューズウィーク日本版2020年07月10日

つまり、日本ではもう定着している「3密」(密閉・密集・密接)の回避です。それが難しいときには、マスクの着用を勧めているわけです。

聖路加国際病院QIセンター感染管理室マネジャーの坂本史衣氏も、「日本では、3密空間を避けるための啓発活動が積極的に行われてきました。今回の書簡もWHOの見解も、国内ではすでに広く知られているこの対策の重要性を裏付けるものととらえてよいでしょう」といっています。
出典:新型コロナウイルス:やっぱり空気感染するの?

さて、それでは、屋外でのマスクは必要なのでしょうか?

屋外でマスクは必要?

コロナ禍における屋外での運動

もともと、屋外でのジョギングは「不要不急の外出」に含まれていませんでした。
東京都などに緊急事態宣言が出された翌日の記者会見でも、スポーツ庁の鈴木大地長官は「家の中にこもりきりだと、メンタルヘルスにも害が及ぶ可能性がある」と危機感を示したうえで、「感染のリスクがない環境での運動、ジョギングのような活動は行っても問題ない」と述べているのです。厚生労働省の新型コロナ感染症対策専門家会議も、ジョギングを「感染のリスクが低い活動」として挙げていました。
出典:「新型コロナウイルス感染症対策の見解」

2020年4月初旬、同志社大学スポーツ健康科学部の石井好二郎教授は、屋外での運動を紹介する動画を作成・配信しました。
「人が集まらない時間・場所で行う」「人とは2メートル以上の距離を保つ」「できるだけ1人で実施する」というポイントを挙げ、ウォーキングやジョギングのコツを紹介。NHKのニュースでも取り上げられ、外出自粛で運動不足だった多くの人が視聴しました。

画像2: 日本臨床スポーツ医学会と日本臨床運動療法学会との「屋外での運動に対する共同声明」より www.rinspo.jp

日本臨床スポーツ医学会と日本臨床運動療法学会との「屋外での運動に対する共同声明」より

www.rinspo.jp

一方で、「外出自粛中に屋外での運動を促すのは許しがたい」「ランナーの息がかかると感染リスクが上がる」などのクレームが来たといいます。このような誤解は、どこから生まれたのでしょうか。

ランナーはウイルスを撒いている?

世界中に拡散されたCG画像

石井教授の動画が配信されたのと同時期の2020年4月ごろ、ある画像がSNSを中心に世界中に拡散され、物議をかもしました。ベルギーとオランダの研究者によるCG画像で、2人のランナーが前後に並んで走った場合の飛沫の広がり方が示されています。

画像: 出典:COVID-19 Social Distancing v2.0: During Walking,Running and Cycling: White Paper

出典:COVID-19 Social Distancing v2.0: During Walking,Running and Cycling: White Paper

CG画像では、前方のランナーの飛沫が後ろに流れ、後方のランナーがそれを全身に浴びています。

また、前方の人の飛沫が後方に飛ぶ距離は、ウォーキングで5メートル、ランニングで10メートル、サイクリングでは20メートルにも及ぶとも記されています。つまり、感染リスクを回避するためには、それ以上離れる必要があるというのです。

「医学」ではなく「気体力学」の研究

しかし実際には、飛沫は後ろに向かって噴き出しているわけではありません。ランナーの体が前に進むため、飛沫が後ろに流れて見えるだけで、飛沫はその場にとどまって拡散しているのです。

実際、石井好二郎教授によると、すぐに世界中から以下の問題点が指摘されたといいます。
①審査を経ず、学術論文ではない形でインターネット上に公開した。
②方法や結果の記載が不十分であり、実施したコンピューターシミュレーションがどのように導き出されたかが不明である。しかし、自分たちの発見については詳述している。
③研究グループにウイルス学研究者、疫学研究者などの医学研究者を含んでおらず、著者自身が、「気体力学の研究であり、ウイルス学的、医学的、疫学的な感染リスクについての結論は導き出していない」と述べている。
出典:論座2020年7月7日

つまり、屋外で移動する人の飛沫が、ウォーキングで5メートル、ランニングで10メートル、サイクリングでは20メートル後方の人に吹きかかるというデータには、エビデンス(科学的根拠)は確認できないということになります。

屋外ならば感染確率は低くなる

前項の石井教授は、屋外での運動では「人と1.8〜2メートル以上の距離を保つ」としています。日常生活でも飛沫感染を防ぐためには、人との間に約2メートルの距離(いわゆるソーシャルディスタンス)を取ることが推奨されています。これは前述したように、人から出た飛沫は水分の重さで約1~2メートル先で落下すると考えられるためです。

さらに、国立病院機構仙台医療センターの西村秀一ウイルスセンター長によると、「屋外であれば、風で吹き流されるうちに、飛沫の密度は低下する。仮にランナーが前後に並んで走っていても、2メートル離れていれば感染確率は低い」とし、「ランナーの飛沫が10メートル後方まで運ばれるというデータに関しては懐疑的」といいます。
出典:Sankei Biz 2020年5月3日

湿度の高い密室は感染リスクが高い

ウイルス学の専門家であり、新型コロナ治療薬の候補に挙がった抗インフルエンザ薬・アビガンの開発者でもある白木公康氏(富山大学名誉教授)も、「屋外なら、ウイルスを含んだエアロゾルは2メートルに到達する前に乾燥し、感染性を失う」といいます。
出典:緊急寄稿(1)

前述のように屋外では、ウイルスを含んだエアロゾルは乾燥して感染性を失い、さらに拡散して濃度も下がります。したがって、屋外でも2メートルの距離を取れば、飛沫感染のリスクから身を守れると判断できるでしょう。

やっぱり「手洗い」と「3密回避」が有効

屋外で2m以内が無人ならマスク不要

現段階でエビデンスのあるデータを見ると、これまで私たちが行ってきた「手洗い・手指消毒」「3密を避ける」「3密を避けられない場面ではマスクを着用」を継続するしかないことがわかります。

逆に、「屋外」で「人と密接・密集しない形」で、走ったり運動したりする人は、感染リスクが極めて少なく、マスクを着ける必要はないといえます。熱中症の危険性と天秤にかければ、なおさら不要でしょう。

散歩やランニングの途中で店に立ち寄ったり、人の多いエリアを通ったりするなど、人と2メートルの距離を保てない際には、その時だけマスクを着用すればいいでしょう。

「念のため」は本当に必要か?

ナビタスクリニック理事長の久住英二医師は、「マスクを外したくても周囲の目が怖くて外せない」という相談に対し、「2メートル以上人と離れていれば、外してOK。熱中症のほうが怖い。マスクをせずに黙っている人と、マスクをして他人を大声で非難する人では、後者の方がよほど危険。マスクを外していい場面があることを皆さんが理解しないと、熱中症で多くの人命を危険にさらすことになる」と回答しています。
出典:AERA dot.2020.6.30

東京慈恵会医科大学講師の越智小枝医師も、「ランニングする人が新型コロナウイルスを広めるというエビデンスはなく、歩く人や立ち止まってしゃべっている人よりもランナーのほうが人にうつしやすい、という報告もない。もちろん、うつさない、というエビデンスもありません」といいます。

新型コロナについては、わかっていることが少ないので、不安になるのはしかたありません。リスクを高めに見積もって、回避したくなるのもわかります。
しかし、コロナ禍で「世の中が殺伐としてきたな」と感じている人は、越智医師の次の言葉が響くのではないでしょうか。

「『念のため』は、容易に『危険』にすり替わり、『排除すべき』という差別へと発展し得る。『念のため避けたほうが……』と感じたときにこそ、私たちは立ち止まって考える必要がある」
出典:新型コロナウイルスにみる排斥と科学主義

まとめ

日本感染症学会・日本環境感染学会の一般に向けた共同声明には、「私たちは、少なくとも数年はCOVID-19と共存していくことを覚悟しておかなければなりません。持続可能な、メリハリをもった感染対策の在り方を考えていく必要があります」という一文があります。
いつでもどこでもマスクを着用し、対面相手だけでなく、一瞬すれ違う人にもマスクを強要するような生活を続けたら、早晩、精神や肉体の健康を損なうでしょう。
感染防止を中心に据えた生活は、まだまだ続きます。自分や家族、周囲の人たちの命と健康を守るため、冷静に生活様式を選択していきたいものです。

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