私のクリニックでは、膝が痛いと訴えて来られる患者さんに対して、痛み止めの薬や湿布を出すことはほぼありません。注射もほとんどしません。当院で行うのは、痛みのある場所ではなく、痛みの原因となっている骨から筋肉や腱を「はがす」というイメージの調整法です。理学療法士によるリハビリを受けるだけでなく、患者さん自身がやり方を覚え、自宅で実践することを勧め、効果を上げています。【解説】平野 薫(ひらの整形外科クリニック院長)
解説者のプロフィール
平野薫(ひらの・かおる)
日本整形外科学会認定専門医。日本整形外科学会認定スポーツ医。天城流湯治法師範。天城流医学会理事。九州大学医学部卒業。ひらの整形外科クリニック院長。ホリスティックメディカル研究所Auwa(アウワ)代表取締役。腰痛、下肢痛、頸部痛などの脊椎疾患や、股関節疾患、ひざ関節疾患など、豊富な治療経験・手術経験をもとに的確な診断と治療を行う。近年は「天城流湯治法」を主とした、病院や薬に依存しないで「自分の身体は自分で治す」医療を提供し、患者から絶大な信頼を得ている。また、総合医療の見地から、「食」「体温」「呼吸」「足」「心のあり方」「禮法」(武学医術)などのアドバイスを行っている。
▼ひらの整形外科クリニック(公式サイト)
この原稿は『ひざ痛を治したければ筋肉をはがしなさい』(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳細は記事下のリンクよりご覧ください。
現代医学にはない痛みの概念「展帳痛」
医師から、「軟骨がすりへって、骨と骨の間が狭くなっています。これが、ひざ痛の原因です。軟骨がすりへるのは年齢によるものです」といわれた経験のあるかたは多いことでしょう。私が実践する「天城流医学(天城流湯治法)」(健康コンサルタントおよびアドバイザー・杉本錬堂氏が考案および体系化した独自の健康法)の概念は、こうした現代医学の考え方とは全く異なります。
天城流医学では、ひざ痛をはじめとする関節の痛みは「展張痛(てんちょうつう)」だとしています。
展張痛という言葉は、現代医学用語にはありません。どのような痛みかというと、「体の中に滞りができ、それによって硬くなった筋肉や腱が骨に癒着して、さらに硬くなることで、その先につながる骨を引っ張るために、関節に圧がかかって起こる痛み」のことです。
本来、私たちの体は骨・腱・筋肉が、それぞれ別々に動くようにできています。ところが、筋肉が硬くなると、骨に癒着したり、腱を萎縮させたりして、動きを悪くしてしまうのです。腱も硬くなると、やがて骨に癒着します。
その結果、例えばひざなら、脛の骨が上に引っ張られ、太ももの骨が下に引っ張られることで、ひざ関節に圧がかかります。圧がかかると、そこに痛みが生じます。また、圧がかかり続けると、軟骨がすりへっていきます。
痛みの原因は軟骨がすりへっているからではなく、圧がかかっているから。そして軟骨がすりへる原因もまた、加齢ではなく圧がかかり続けた結果なのです。
硬くなっている部分は、ふだんは動かないので痛まず、そこからつながっている”よく動くところ”に痛みが出ます。ですから、痛みのある場所だけをもみほぐしたり、注射や湿布をしたりしても、なかなかよくなりません。原因となっている滞り(硬くなっている場所)を見つけ、そこにアプローチすれば痛みは改善する、というのが天城流医学の考え方です。
加えてもう1つ、現代医学では痛みが出たり、水がたまったりするのは「炎症」ととらえますが、天城流医学ではそれも違うと考えます。天城流医学の理論では、炎症による痛みとは、切り傷や打ち身、やけどなどの腫れが神経を圧迫し、刺激されて痛むこと。この痛みが続くのは3日間ほどで、それ以後は、刺激のダメージでできた滞りによる「展張痛」と定義しています。ですから、消炎鎮痛剤を使うのは、急性期の3日間だけ。それ以降は使っても意味がありません。
痛み止めの薬や湿布などの消炎鎮痛剤、ひざに水がたまったときに打たれるステロイド注射が効かないのも、そういうことです。「炎症」ではなく「展張痛」である以上、硬くなっている筋肉をほぐさなければ、症状は改善しません。
原因はひざではなく別の部位の硬さ
それでは、ひざ痛の場合、どこの筋肉や腱の硬さが、痛みの原因になっているのでしょうか。
痛む場所や疾患によって違いはあるのですが、基本的にひざ痛を起こす原因として多いのは、(1)足の親指側と小指側の側面、(2)アキレス腱、(3)ふくらはぎ、(4)太もも、(5)大胸筋の5ヵ所です。
足の側面やアキレス腱、大胸筋などは、ひざからは遠く離れています。でも、体は筋肉や腱によって、いろいろな場所とつながっています。それが硬くなって引っ張る力が加わることで、痛みが出るのが展張痛です。
例えば、階段を下りるときや、イスから立ち上がって最初の一歩を踏み出すときにひざが痛む場合は、「アキレス腱のふち」に滞りがあり、硬くなっていることが原因です。
正座ができない人は、「ふくらはぎの外側と大胸筋」に滞りがあって硬くなっています。
また、変形性ひざ関節症の場合、天城流医学では特に「ふくらはぎの滞り」を問題視しています。ふくらはぎの筋肉が硬くなると、その中を流れる血液・リンパ液の流れが滞り、ひざ軟骨の栄養となる関節液がじゅうぶんにつくられなくなります。さらに、骨が引っ張られて圧がかかることで、結果として軟骨がすりへっていくのです。
一方、ひざに水がたまるのは、「太ももの筋肉の滞り」が原因と考えられます。足先から戻ってきたリンパ液や体液が太ももでせき止められると、近くにあるひざの袋に、水がたまっていくのです。実際、ひざに水がたまった人は、痛い思いをして水を抜かなくても、太ももの筋肉をほぐせば水は自然に流れていきます。
すべてのベースとして足の指を整えることが大切
私は、足の指を広げて伸ばすことも重視しています。体の痛みや不具合のほとんどに、足の指が密接に関係すると感じているからです。
足の裏には、主に3つの機能と役割があります。1つは体を安定させて姿勢を正す「安定機能」、2つめは体に地面からの衝撃がかからないように吸収する「免震機能」、3つめは安定した歩行を促し運動能力を高める「運動機能」です。
体の土台である足の裏が不安定だと、体は安定せず、ゆがんでいきます。また、人は歩いているときは体重の約3倍、走っているときは体重の約5倍の衝撃を地面から受けます。足の裏でその衝撃が吸収されないと、体にダメージが蓄積され、それがゆがみや痛みの原因になるのです。特に、ひざは地面からの衝撃がダイレクトに響く部位なので、積み重なるとひざ痛の原因になります。もちろん歩行も不安定になり、運動能力も低下します。
この3つの機能と役割を果たすために必要なのが、足の裏のアーチ構造です。足の親指と小指をつないだ指のつけ根にある「横アーチ」、親指とかかとをつなぐ「内側縦アーチ」、小指とかかとをつなぐ「外側縦アーチ」。これら3つのアーチが整っていると、安定して立つことができ、地面からの衝撃も吸収されて、ひざへの負担も軽減します。
足の裏のアーチ構造をつくっているのが、実は足の指なのです。日本人の変形性ひざ関節症で特に多いのは、ひざの内側に痛みが出るケースです。これは、足の小指が開かず踏ん張れていないせいでO脚になっている人が、それ以上ひざが外側に倒れないように、内側に重心をかけて立っているからです。逆に、親指が開かず踏ん張れない人はX脚になり、ひざの外側に痛みが出てきます。
何を隠そう、私自身、小学生のころからひどいO脚でした。痛みこそ出ていませんでしたが、体はゆがみ、写真を撮るといつも首が傾いていました。ところが、今から5〜6年前、ある靴屋さんに出会い、足の大切さを学ぶ機会を得たのです。
私は、姿勢を矯正するための靴の中敷きを使いながら、自分で毎日足の指を広げて伸ばす体操を行いました。最初は小指が全く開きませんでしたが、続けるうちにだんだん開くようになっていきました。その結果、半年で中敷きは必要なくなり、体のゆがみも改善したのです。
今では脚も、O脚とはいえないレベルまでまっすぐに近づきました。5本の指がしっかり広がって伸びると、足の裏のアーチが整い、姿勢が正されて、O脚やX脚も改善するのです。
ひざ痛を訴えて来院される患者さんの多くは、足の指が開かなかったり、曲がっていたりといった問題を抱えています。足の指を広げて伸ばす体操を行ったうえで、症状に合った箇所の滞りを取っていくと、より確実な効果が得られます。その意味で、足の指を広げて伸ばす体操は、すべての人が最初に行う準備運動としてお勧めしています。
この原稿は『ひざ痛を治したければ筋肉をはがしなさい』(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳細は下記のリンクよりご覧ください。
整形外科医が教える特効メソッド