2020年8月7日、35mm判フルサイズミラーレス一眼用に設計された世界最広角レンズが、日本国内で発売されました。中国の新興レンズメーカー・ラオワのLAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerです。
執筆者のプロフィール
齋藤千歳(さいとう・ちとせ)
元月刊カメラ誌編集者。新しいレンズやカメラをみると、解像力やぼけディスク、周辺光量といったチャートを撮影したくなる性癖があり、それらをまとめたAmazon Kindle電子書籍「レンズデータベース」などを出版中。まとめたデータを元にしたレンズやカメラのレビューも多い。
写る範囲の最も広い超々広角レンズ
超々広角レンズなのに驚くほどコンパクト
2020年8月7日、サイトロンジャパンはLAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerの日本国内向け正規品の販売を開始しました。これは、35mm判フルサイズ対応のミラーレス一眼用に設計された、非魚眼レンズとして世界でもっとも画角の広い超々広角レンズです。
その画角はなんと135度!画角とは画面に写る範囲をカメラの位置から見た角度で、この値が大きいほどの広い範囲を写すことができます。35mm判フルサイズの標準レンズと呼ばれる50mmで約47度、超広角と呼ばれる14mmでも114度なので、LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerでは、さらに20度以上広い範囲が写るのです。
Leica M、Leica L、NikonZ、Sony FEマウント用のモデルがそれぞれ用意されます。今回のレビューは、Sony FEマウント用のモデルをSony α7R IIIに装着し、各種撮影を行った結果の報告です。
焦点距離が10mmを切る超々広角レンズというと、かなり巨大なレンズを想像する方も多いでしょう。ところが、LAOWA9mm F5.6 W-Dreamerは質量が約350g、大きさは最大径62.4mm、長さ約66mmとかなりコンパクトになっています。
レンズ構成は10群14枚。非球面レンズ2枚と特殊低分散レンズ2枚を、色収差や歪曲を最小限に抑えているそうです。
魚眼レンズではありませんが、レンズ前玉が大きく張り出した、いわゆる出目金タイプのレンズです。レンズフードは鏡筒と一体化しています。
ぼけの形を決定する絞り羽根の枚数は、5枚となっています。
LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerは、オートフォーカスどころか、カメラ本体との各種情報をやりとりするための電子接点もないフルマニュアルレンズです。
2020年8月現在、世界一広角のレンズであるLAOWA 9mm F5.6 W-Dreamer の実力を、解像力やぼけディスクなどを詳細に解説していきます。本稿は、筆者がAmazon Kindle電子書籍『LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamer レンズデータベース』を制作する際に撮影したの実写チャートを元にしています。
9mm F5.6 W-Dreamer ニコンZマウント
LAO0071
解像力
中央は驚くほどシャープ、周辺も超々広角とは思えない優秀さ
LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerは、焦点距離9mmの超々広角レンズです。一般的に超広角レンズの周辺部分の解像力は、あまり期待できないもの多いものです。とはいえ、筆者は過去に同じラオワのLAOWA 12mm F2.8 ZERO-Dをテストした際に、超広角とは思えないほど、周辺部分までの高い解像力に驚愕した経験があるのです。そのため、今回のテストにも期待していました。
結果はかなり良好です。
中央部分については、絞り開放のF5.6から予想以上のシャープな描写を見せてくれました。一段絞ったF8.0が中央部分の解像力のピークと思われますが、F5.6からF11までがおすすめです。
周辺部分の解像力については、さすがに35mm判フルサイズに対応する9mmでは、かなり落ちるだろうと予測していました。ところが、さすがに中央部分と変わらない解像感とシャープネスとはいえないものの、実用に十分な結果です。
周辺部分も解像力のピークはF8.0とみられ、絞り開放のF5.6からF11までがおすすめの絞り値となります。
F16以上に絞ると絞り過ぎによる解像力の低下が発生するので、特別な撮影意図がある場合を除き、おすすめできません。
解像力については期待以上のLAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerですが、広角レンズで懸念される歪曲(ディストーション)は、比較的はっきりと陣笠型に発生します。
筆者が不思議に感じたのは、一般的に絞り開放時に周辺部分に発生する色収差が、画面の中間部分で観察され、周辺部分のほうが少ない点です。とはいえ、9mmの超々広角としては、気にするほどの発生量ではありません。
解像力のチェック方法
レンズの解像力は選択する絞り値でも変化するので、各絞り値でA2サイズの小山壯二氏オリジナル解像力チャートを撮影して観察しています。
周辺光量落ち
はっきりとした周辺光量落ちにはRAWで対応したい
超々広角の9mmであるLAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerは、さすがに、かなりはっきりとした周辺光量落ちが発生します。
最近のカメラメーカー純正レンズでは、撮影時にカメラとレンズが各種情報をやりとりして、自動で周辺光量落ちをデジタル補正するのが一般的です。しかし、LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerは、カメラと情報をやりとりするための電子接点すらないフルマニュアルレンズなので、掲載した結果は純粋なレンズの光学性能のみの結果といえます。
レンズ光学性能のみで9mmの超々広角であることを考えると、思ったよりも周辺光量落ちが少ないと、筆者は感じました。
ただし、絞ってもほとんど改善しませんし、撮影状況によっては気になるレベルで発生するので対応が必要なこともあるでしょう。そんなシーンではRAW画像も撮影しておき、RAW現像時など後処理で対応することをおすすめします。
周辺光量落ちのチェック方法
周辺光量落ちは、フラットにライティングした半透明のアクリル板を各絞りで撮影し、観察しています。
ぼけ描写
ぼけが発生するシーンでは絞り開放がおすすめ
焦点距離が長く、F値の小さい(明るい)レンズのほうが発生しやすいのが、「ぼけ」です。焦点距離わずか9mmの超々広角で、開放F値が5.6のLAOWA 9mmF5.6 W-Dreamerに、美しいぼけを期待する方は少数派だと思います。
しかし、絞り羽根枚数は5枚と少ないにもかかわらず、絞り開放のF5.6では真円に近い美しい形のぼけが観察できました。
さすがに超々広角なので、ぼけの美しさを重視するレンズに比べると、ぼけの質そのものにはザワつきや色付きがあります。とはいえ、9mmという焦点距離にしては、なかなかといえるでしょう。
絞るとすぐに、絞り羽根の形がはっきりした5角形のぼけになります。ですので、ぼけの形がわかるようなシーンでは、絞り開放のF5.6がおすすめです。
ぼけ描写のチェック方法
ぼけ描写は、画面内の点光源を撮影して発生する玉ぼけの描写、ぼけディスクの様子を観察して、ぼけの形、なめらかさ、美しさなどを観察しています。
最大撮影倍率と最短撮影距離
最短撮影距離はわずか12cmと驚異的に寄れる
ラオワの広角レンズは、最短撮影距離の短いものが多いのも特徴のひとつです。LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerの最短撮影距離はなんと12cm、最大撮影倍率は0.21倍となっています。
この最短撮影距離と最大撮影倍率の数字のすごさは、ちょっとわかりにくいでしょう。そこで10mm前後の35mm判フルサイズに対応する超々広角レンズの調べてみました。すると、最短撮影距離は25cmから30cm前後、最大撮影倍率が公表されているもので0.07倍程度でした。比べると、LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerのすごさがよくわかります。
撮影したチャートを見ていただくと、本レンズの近接撮影の強さが実感できると思います。また、近接撮影ではぼけが発生しやすくなるので、超々広角レンズではありますが、最短撮影距離の短さを利用し、積極的にぼけ描写を活用するのもよいでしょう。
最大撮影倍率と最短撮影距離のチェック方法
切手やペン、コーヒーカップなどが実物大になるように印刷したプリントを複写して、最短撮影距離での描写を確認しています。
実写と結論
驚くほどシャープで高性能な超々広角レンズ
今回紹介した世界最広角レンズLAOWA9mm F5.6 W-Dreamerについては、レンズ以前にLAOWA(ラオワ)ブランド自体をご存じない方も多いのではないでしょうか。
ラオワは、2013年に中国・安徽省合肥で起業した中国新興系レンズブランドです。創始者の李大勇氏は、20年にわたって日系大手光学メーカーで光学設計に従事していた経験の持ち主で、数多くの光学レンズの研究開発に携わっていたといいます。
中国の新興系レンズブランドというと、「コストパフォーマンスの高さを追求し、性能的には……」というイメージを持つ方もいるでしょう。しかし、ラオワのレンズは決して安さを追求という価格設定ではありません。実際、今回紹介したLAOWA 9mm F5.6 W-Dreamerは、実勢価格で120,000円前後です。世界最広角とはいえ、サードパーティー製の単焦点レンズとしてはそれなりの値段といえるでしょう。
それでも、筆者を含むレンズ好きがラオワの超広角に注目するのには、わけがあります。すでに発売されているLAOWA 12mm F2.8 ZERO-DやLAOWA 15mm F2 ZERO-Dなどの広角レンズが、画面周辺部までしっかりと高い解像力を発揮する、非常に高性能なレンズだからです。
ラオワの超広角は、値段以上に解像力が高いというイメージが、すでに筆者にはあります。
実際、LAOWA 9mm F5.6W-Dreamerのテスト結果も、さすがに9mmの超々広角レンズなので周辺部分の画質は中央部分に比べると落ちますが、予想どおり高い解像力を発揮してくれました。また、最短撮影距離が12cmと、アップの撮影にも強いラオワらしいレンズといえます。
ただし、弱点がないわけではありません。ラオワのレンズは基本的に、レンズとカメラが各種情報をやりとりするための電子接点を搭載しない、フルマニュアルレンズです。現在、カメラメーカーの純正レンズなどでは、レンズとカメラが情報をやりとりして、周辺光量落ちや歪曲収差などをリアルタイムに自動で補正するのが一般的になっています。しかし、ラオワのレンズは、カメラ本体によるデジタル補正の恩恵は受けられません。
LAOWA 9mm F5.6W-Dreamerで発生する強めの周辺光量落ちは、カメラでのデジタル補正の恩恵は得られませんが、デジタルでの補正が比較的容易な弱点でもあります。そのため、周辺光量落ちが気になるシーンでは、RAW画像もいっしょに撮影しておくことをおすすめします。
また、歪曲についても、本レンズでは比較的補正の難しい陣笠型に発生するため、Adobe Camera Rawなどのレンズプロファイルの登場などを期待することになるでしょう。
どちらにしても、RAW現像などの後処理の際に気になる場合はデジタル補正することになるので、RAW画像をいっしょに撮影しておきましょう。
まとめ
「ラオワ=高性能超広角」の印象が強まる1本
LAOWA 9mm F5.6 W-Dreamer をテストして、135度と驚異的な超々広角でありながら、「相変わらずラオワは周辺部分まで解像力の高いレンズを作る」という印象が強まりました。
さらに広い範囲を写すことのできる広角がほしいという方は、ぜひ一度、世界一画角の広いレンズを試してみてはどうでしょうか。
(写真・文章:齋藤千歳 技術監修:小山壯二)