発達障害のある子どもたちのなかには、偏食のために「食べられるもの」が限られてしまい、栄養バランスが崩れたり、食事の時間が楽しめなかったりするケースがあります。家族も、さまざまな工夫や労力が報われずイライラしたり、「親のせい」といった偏見に苦しんだりすることが少なくありません。広島市西部療育センターでは、偏食の改善に取り組み、成果を上げてきました。ここでは、センターで積み重ねた偏食対応マニュアルのうち、家庭でできる方法を紹介します。【解説】藤井葉子(広島市西部子ども療育センター 管理栄養士)
監修者・解説者のプロフィール
監修:山根希代子(やまね・きよこ)
広島市子ども療育センター発達支援部長・小児科長。小児神経専門医で、主に小児の発達を専門としており、脳性麻痺・ダウン症・発達障害等のある子どもたちの診療を行っている。また、全国児童発達支援協議会の理事として、全国の支援機関の実態調査なども担当している。
解説:藤井葉子(ふじい・ようこ)
広島市西部こども療育センター管理栄養士。高齢者生活保護施設救護院勤務等を経て2004年4月より現職。障害のある子どもたちの偏食、拒食、肥満の食事対応や相談を行う。高齢者向け施設での経験もあり、学童、成人の方へのアドバイスなども行っている。
▼広島市西部子ども療育センター(公式サイト)
▼「自閉症の偏食対応レシピ」
▼「なぎさ園給食の食形態の作り方」(動画)
本稿は『発達障害児の偏食改善マニュアル』(中央法規出版)から一部を抜粋して掲載しています。
イラスト/わたなべ ふみ
偏食とはどんなもの?
“偏食”という言葉を辞書で引くと「えりごのみして食べること。食物に好き嫌いのあること」という解説が出てきます。食べ物の好き嫌いは誰にでも多少はあるものかと思いますが、ここで取り上げる“偏食”はこういったふつうの好き嫌いとは一線を画すものです。
特徴(1)「嫌いなものを食べない」ではなく「それしか食べられない」
食べ物の好き嫌いというと、好みに合わないものを避け、自分の好きなものばかり口にすることをイメージするかもしれませんが、発達障害児の偏食はそのような選り好みとは次元が異なり、特定の食品(料理)しか食べることができなくなります。行き着くところまで行くとご飯しか食べられない、ミルクしか口にできない、といった極限状態に至る場合もあります。
特徴(2)自然に改善されることが難しい
一般的な好き嫌いは経年により解消されることが多いです。皆さんも子どものころは食べられなかったものが大人になってからは食べられるようになった、という経験をしたことがあるのではないでしょうか。しかし、これは趣味嗜好による好き嫌いの場合の話であり、偏食はその原因を解消しなければ、改善されることがあまりありません。逆に、食事の際に嫌な思いを経験することでますます拒絶反応が強くなる可能性すらあります。
特徴(3)健康へ悪影響を及ぼす可能性がある
食べられるものが限定されることは、食品から摂取できる栄養素の種類が限定されることを意味します。野菜を摂取することができなくなると、ビタミンや食物繊維を必要量摂取することが困難になり、なんらかの疾病状態に陥るリスクが高くなります。また、お菓子など高カロリーなものだけしか食べられない場合は、肥満等のリスクが生じます。
なぜ偏食になるのか
ではなぜ「特定のものしか食べられない」状態になってしまうのでしょうか。そこには次の4点が原因として考えられます。
(1)上手に食べることが難しい
食べ物を噛んだり飲み込んだりする口腔機能に課題があると、それが偏食の原因になることがあります。噛む力が弱ければ、硬いものや繊維質のものを食べることが難しくなりますし、飲み込むことに課題がある場合、拒食や誤嚥の恐れがあります。そうなると子どもが食べたいと思っていても、食べられないこともあります。また上手に食べられない経験を重ねてしまうことで食事が「嫌な体験」となり、ますます偏食が強くなることも考えられます。
(2)感覚の過敏、鈍麻
発達障害のある子どもには、それぞれ特有の感覚があることがわかっています。また特定の感覚に対する強いこだわりがあり、濡れたものを口にすることを嫌がったり、カリカリした食感のものしか口にしないなど、人によってさまざまな特徴を示すことがあります。極端な例では、フライの衣が「口に刺さる」と感じることもあります。
(3)発達のバラつき
発達障害のある子どもは、言葉の指示が通らなかったり、言葉は話せるが集中して座っていられないなど、発達にバラつきがあることが多く、食事が進まないことがあります。また認知機能の発達がゆっくりだと、同じ食材であっても形が変わると別物と認識してしまって手が出ないということもあります。
(4)おなかがいっぱい
発達障害のある子どもは、それ以外の子どもに比べると必要エネルギー量が少ない傾向があります。そのため、ちょっとしたおやつやジュースなどの摂取によりおなかがいっぱいになってしまい、食事の時間に何も食べられなくなっているということがあります。
偏食にどう対応すればよいか
前項で述べたとおり、偏食の原因は、口腔機能、感覚、発達、栄養に分けられます。そのことを踏まえ、実際の偏食対応は、以下のような4つの柱のもとに行うことが大切です。
(1)情報収集
情報収集はあらゆる対応のスタート地点であると同時に、その効果を測定するという意味でゴール地点でもあります。子どもが今、発達を含めどういう状態なのか、どのような対応が実施可能か、実施した対応がどう影響したか、など偏食対応を実施するにあたっては常に周辺の情報を収集することが求められます。
(2)栄養管理
実際の対応では食事量のコントロールも行うため、減らしすぎ増やしすぎを防ぎ、子どもの健康状態を適切に保つために、栄養管理は必須になります。偏食の原因が食べすぎなどの場合は栄養管理が直接対応法になりますし、栄養状態を管理しながら対応を調整することが基本になります。地味ですが、食事を介した支援の基本となるものです。
(3)食事の支援
対応の中で最もテクニカルなものが、食事の支援になります。子どもが食べられるように食事の形態を変更したり、味や見かけを整えたりする調理にかかわる方法、食事の環境を整えたり子どもと駆け引きを行ったりする食事にかかわる方法など、さまざまな方法があります。
(4)家庭との連携
療育を行う専門機関で対応する場合、子どもたちのことを一番よく知っていて、子どもたちが最も長い時間を過ごす場所である家庭との連携なくして偏食の改善は見込めません。(1)~(3)にあげたものについても家庭との連携が前提となっているものがほとんどですので、まずは偏食改善という目標に向けて家庭と足並みをそろえていくことが大切です。
偏食対応の具体的な流れ
偏食対応とは、言い換えれば、食べられるものを増やすための取り組みです。今食べられているものをベースとし、そこから1つずつ食べられるものを増やしていくことが基本的なプロセスになります。
(1)子どもの「好き」を探る
偏食のある子どもにも、極端な例を除けば、食べることができる「好き」な食べ物があります。その「好き」というのは、味だったり見た目だったり食べやすさだったり、さまざまです。まずはその子どもにとっての「好き」が何かを探っていきます。
(2)子どもの「好き」とそれ以外を区別する「何か」を探る
「好き」なものがあるということは、そうでないものがあるということです。この「好き」とそれ以外とを区別する「何か」こそが偏食の原因となっている事情です。なぜ「好き」なのか、逆にいえばなぜ「好き」ではないのかを検討し、この「何か」を探っていきます。
(3)子どもの「好き」を生かす
子どもが何を「好き」なのかがわかれば、そこから食事の幅を広げていくことが可能です。また、「好き」を生かして原因を解決することで偏食そのものを改善していきます。これが対応の基本になります。
なお、本稿は『発達障害児の偏食改善マニュアル』(中央法規出版)から一部を抜粋して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。