カメラメーカー純正レンズだと20万円程度はする、35mm単焦点のF1.4。このスペックを、実勢価格2万円台で実現した最新レンズが、七工匠 7Artisans 35mm F1.4です。さすがに、高価で大きく重い最新レンズのような、光学的な完璧さを目指したレンズとは異なりますが、クラシックレンズやオールドレンズにも似た、このレンズならでは描写が得られるのも、七工匠 7Artisans 35mm F1.4の魅力といえます。そんな七工匠 7Artisans 35mm F1.4の描写を、実写チャートの結果をもとに解説していきます。
執筆者のプロフィール
齋藤千歳(さいとう・ちとせ)
元月刊カメラ誌編集者。新しいレンズやカメラをみると、解像力やぼけディスク、周辺光量といったチャートを撮影したくなる性癖があり、それらをまとめたAmazon Kindle電子書籍「レンズデータベース」などを出版中。まとめたデータ元にしたレンズやカメラのレビューも多い。使ったもの、買ったものをレビューしたくなるクセもあり、カメラバッグなどのカメラアクセサリー、車中泊グッズなどの記事も執筆している。目下の悩みは月1以上のペースで増えるカメラバッグの収納場所。
35mm F1.4 がお手軽価格で登場
メーカー純正なら20万円越えも実勢価格2万円台
2020年7月3日から、焦点工房が日本国内での取扱いを開始した、七工匠 7Artisans 35mm F1.4、35mm判フルサイズに対応しミラーレス一眼のソニー Eおよびニコン Zマウント用のものがそれぞれ用意されています。
大きさ・質量は、ソニー Eマウント用がΦ56mm×55mm、約300g、ニコン Zマウント用が、Φ63mm×57mm、約320gと、コンパクトで高級感のあるアルミ外装のマニュアルフォーカスレンズになっています。レンズ構成は9群10枚で、絞り羽根は、ぼけの形に配慮した11枚羽根です。
七工匠 7Artisans 35mm F1.4の注目ポイントは、ズバリ「価格」といえます。メーカー希望小売価格が28,000円、実勢価格は2万円台中盤です。どのくらい安いかというと、カメラメーカー純正の35mmF1.4が20万円近い値段であることから考えると「激安」といえます。
この記事では、筆者がAmazonKindle電子書籍『七工匠 7Artisans 35mm F1.4 レンズデータベース』を制作する際に撮影した、各種実写チャートの一部や作例を交えて、激安35mmF1.4である七工匠 7Artisans 35mm F1.4の実力を解説していきます。
解像力
大きく変化する中央部の解像力を把握して使う
レンズの解像力は、選択する絞り値でも変化するので、各絞りでのA2サイズの小山壮二氏のオリジナル解像力チャートを撮影し観察しています。
七工匠 7Artisans 35mm F1.4は、現在の流行である最新のミラーレス一眼用純正レンズのように、絞り開放から画面全体にカリカリの高い解像感を目指したレンズではありません。実際にメーカーも「意図的に収差を残すことで個性と雰囲気のある描写を具現化」したといっています。
率直にいうなら、画面周辺部の解像はあまり得意ではなく、この傾向は絞り開放はもちろん、絞っても大きくは変わらないといえるでしょう。
本レンズの解像力で注目すべきポイントは、中央部分です。絞り開放からF2.0あたりまでは、あまやかな、にじむような描写で、中央部に人物を配置した女性ポートレートなどにおすすめといえます。しかし、F4.0以降に絞っていくと、かなりシャープな描写が得られますので、この絞りによる解像感の違いを頭に入れて絞り値を決定するのが、本レンズの使いこなしのポイントといえるでしょう。
周辺光量落ち
周辺光量落ちの気になるシーンはRAW現像で補正
レンズの中心部と周辺部分で明るさが異なり、画面の四隅が暗くなるのが「周辺光量落ち」です。青空などを撮影したときに気付く方も多いのではないでしょうか。周辺光量落ちは、フラットにライティングした、半透明のアクリル板を各絞りで撮影し、観察しています。
七工匠 7Artisans 35mm F1.4の場合、非常に明るい広角レンズなので、周辺光量落ちの影響は大きいと考えていましたが、予想どおりでした。開放のF1.4からはっきりとした周辺光量落ちが観察され、絞りを絞ってもあまり改善されないので、周辺光量落ちが気になるシーンでは、RAW画像も撮影しておき、必要ならRAW現像時に補正することをおすすめします。
カメラとレンズが各種情報をやりとりして、カメラ本体で周辺光量落ちをデジタル補正することができるタイプのレンズではないので、この点は割り切って考えたほうがよいでしょう。
ぼけ描写
ぼけの「フチへの色付き」は気になるがザワつきは少なめ
ぼけ描写は、画面内の点光源を撮影して発生する玉ぼけの描写、ぼけディスクの様子を観察して、ぼけの形、なめらかさ、美しさなどを観察しています。
七工匠 7Artisans 35mm F1.4のぼけディスクは、11枚羽根の絞りを採用しているだけあって、絞り開放時のほぼ真円に近い形は「さすが」といえます。また、F2.8あたりまではカクツキも目立たず、ぼけの形が美しいです。
ぼけの質については、絞り開放付近では、色収差の影響からか、ぼけのフチにはっきりとした色付きが観察されるのは気になります。また、ぼけの円のなかの描写はフラットなほうが美しいぼけが得られる傾向なのですが、本レンズでは円の内部にグラデーションがあり立体的を感じました。とはいえ、特殊レンズを使用しない素直なレンズ構成のおかげか、ザワつきは少なめといえます。
最大撮影倍率と最短撮影距離
最短撮影距離は40cm、近接撮影は得意ではない
切手やペン、コーヒーカップなどが実物大になるように印刷したプリントを複写して、最短撮影距離での描写を確認しています。
七工匠 7Artisans 35mm F1.4は、最短撮影距離が40cmと、35mmの単焦点レンズのなかでも、近接撮影の得意なレンズではありません。また、最大撮影倍率は非公開です。ただし、実際に撮影したチャートの結果からは、約0.1倍程度と推察されます。とはいえ、スナップ的な描写には十分といえるでしょう。
実写と結論
二面性を使いこなしたい個性的でお買い得な35mm単焦点レンズ
35mmといえば、50mmの標準単焦点レンズと並んで、古くからの定番焦点距離で、明るく大きなぼけを得やすいF1.4は、高価なレンズが多いこともあり、ある意味での憧れの35mm F1.4といえるでしょう。
七工匠 7Artisans 35mm F1.4は2万円台という実勢価格で、これを実現した魅力的なレンズです。
各種チャートの撮影を終えたあとに、作例も撮影したのですが、風景などを撮影した作例でも、画面周辺部の解像力の弱さは観察されました。
20万円クラスの、大きく重い35mm F1.4レンズが必死に達成している、絞り開放からの画面全体での高解像を、実勢価格2万円台のコンパクトなサードパーティ製レンズが達成できるはずもありません。七工匠 7Artisans 35mm F1.4 は、設計思想的にも、画面全体の高解像を達成しようとも考えていません。本レンズで画面全体の高い解像力を得たいと考えるなら、F8.0あたりまで絞るのが基本になります。裏技的ですが、APS-Cにクロップして、53mm相当の標準レンズとして使うと、画面全体の解像力はアップします。レンズ周辺部を使用しないので当然とはいえますが、ミラーレス一眼ならでは使い方ともいえるでしょう。
しかし、七工匠 7Artisans 35mm F1.4の大きな魅力は、F1.4の開放付近と、F4.0以降に絞ってからの中央部の描写の二面性でしょう。開放付近では、にじむようなあまやまかな描写が、F4.0以降では、くっきりとシャープに変化します。また、周辺光量落ちや、周辺描写のあまさも画面中央に写真を見る人の視線を誘導する効果と考え、活用することをおすすめします。絞りによるF値の変更を、レンズの明るさの変更とは考えず、ソフトにやわらかくするなら絞り開放付近、シャープに撮影するならF8.0付近と考えて、撮影するとわかりやすいのではないでしょうか。
35mm判フルサイズ向けの、高価で大柄な最新レンズは、絞り開放から画面全体にとても高解像です。これらに比べると、七工匠 7Artisans 35mm F1.4の周辺解像力のやわらかさや、開放付近と、絞ってからの画面中央部の描写の大きな変化は個性的に感じます。とはいえ、実はクラッシクレンズとはいえない程度のオールドレンズや、ヴィンテージレンズなどと呼ばれるレンズでも、七工匠 7Artisans 35mm F1.4と同じような傾向を示すレンズは数多くあります。そのため、必要以上に周辺部の解像力を気にする必要はないでしょう。
七工匠 7Artisans 35mm F1.4は、2万円台でF1.4という明るさと、オールドレンズのような個性的な描写が楽しめる1本です。最新の高性能レンズとは異なる、クラシックな描写を手軽に楽しみたいユーザーにおすすめしたい、個性あふれる最新レンズといえます。(写真・文章:齋藤千歳 技術監修:小山壮二)