「うつ」というと、「働き盛りの人がストレスにさらされて陥る症状」というイメージがあるかもしれません。しかし実は、高齢者にも多く起こるといいます。コロナ禍で人との交流が減り、うつ状態になる人も増えているようです。筆者も、離れて暮らす老親の様子が心配ですが、帰省もままならず……。高齢者の心の健康について、家族にできることはあるのでしょうか。獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授の井原裕先生に伺いました。【解説】井原裕(獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授)

解説者のプロフィール

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井原 裕(いはら・ひろし)

獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授。1962年生まれ。東北大学医学部卒。自治医科大学大学院、ケンブリッジ大学大学院修了。順天堂大学准教授を経て、2008年から現職。虎の門山下メンタルクリニック、ベスリクリニックでも外来を担当。専門は、うつ病、発達障害、プラダー・ウィリー症候群等。精神科臨床一般のみならず、産業精神保健、刑事精神鑑定等にも対応。できるだけ薬に頼らない診療を行う。『生活習慣病としてのうつ病』(弘文堂)、『精神療法の人間学』(岩崎学術出版)など多数の著書がある。
▼獨協医科大学埼玉医療センター(公式サイト)
▼虎の門山下メンタルクリニック(外来)
▼ベスリクリニック(外来)
▼専門分野と研究論文(CiNii)

高齢者の心の特徴

加齢によって筋肉や骨が弱くなることは、皆さん、よくご存じでしょう。つまずきやすくなったり、瓶のふたを開けられなくなったり、食事中にむせたり……。こうした身体機能の衰えと同時に、心にも以下のような変化が生じます。まずは、そのことを理解しておいてください。

さまざまな「喪失」への不安

高齢とは、定年退職の時期であり、子供が巣立つ時期でもあります。社会人として、あるいは親としての役割が終わることになります。このとき、満足感や安堵感とともに喪失感を覚えるとしても、無理はありません。でも、「もう生きる意味はないかな」と思うようになると、少し心配です。

また、年を重ねると、配偶者や兄弟、友人・知人が病気になったり、亡くなったりすることが増えてきます。近しい人との死別後に、一時的にうつ状態になることは自然なことです。これは、「悲嘆反応」と呼ばれ病気ではありませんが、それも程度問題です。重篤なうつ状態が半年以上続いたり、「あとを追いたい」という気持ちが出てきたり、故人に対して「もっと何かできたのでは」という罪悪感に悩んでばかりいるようだと、注意が必要です。近しい人の死による状況の激変は、うつ、認知症のリスクを高めかねないともいえます。

昨今では、ペットの死による喪失感(ペットロス)も問題になっています。若い人ならば、新たなペットを飼うことで気持ちが癒されることもありますが、高齢者は「自分のほうが先に死んでしまうかも」という不安から、次のペットを迎えないことが多いようです。

「社会から取り残される」「大事な人が先に死んでしまう」「自分だけが生き残る」という思いは、若いころには感じたことはなかったはずです。でも、誰にもその時は来ます。心に留めておいてください。

思考や言動が回りくどくなる

「思い出せそうで思い出せない」「のど元まで来ているのに出てこない」。若い人でもそういうことはありますが、年を取ると多くなります。話が脱線したり、質問への回答がずれていたり、ということもあるでしょう。お年寄りの話は、正確に理解しようとして尋ね返すと、かえって混乱することがあります。内容を理解することより、思いをくみ取ることの方に重きを置きましょう。

年を重ねると、状況に瞬時に対応したり、新しいことを覚えたりする力は衰えますが、若いころに習得した知識や、長年にわたり磨きをかけてきた技能は、保たれる傾向にあります。こういった、時の流れを経ても色あせない知識や技能に敬意を払うことも、コミュニケーションを潤滑にするうえで大切です。

まずは様子を確認する

できればビデオ通話、少なくとも電話で

「親が毎日のように電話してきて、同じ話をする」「久しぶりに親に会ったら、受け答えが怪しくなっていた」「電話をしてもすぐに出ず、どうも昼間から寝ているみたいだ」

最近、高齢の親と離れて暮らしている人たちから、このような話をよく聞きます。老親の様子がおかしかったら、気が気ではないでしょう。

「認知症だろうか?」「これからどんどん進むのだろうか」「介護はどうしよう。自宅? 施設?」「どこに行けばいいんだろう?」など、次々に疑問がわいてくるでしょう。でも、診断は医者にかかってからでいいのです。その前に、本人の衰えを最小限にとどめ、健康と安全を確保するためにできることを考えましょう。

昨今のコロナ禍では、実家の様子を見に行くことすら簡単ではありません。独り暮らしの親御さんの場合は、生存確認も兼ねて、電話やメールなどでこまめに連絡を取りたいものです。できれば、画像を伴ったビデオ通話を利用するのがおすすめです。なぜなら、声だけではなく、顔や髪、服装などからも、健康状態を把握できるからです。近隣に住んでいるのであれば、感染対策を万全にしたうえで、こまめに様子を見に行ってください。

▼わかりやすいチェック項目

本人の様子をできる限り確認して、日付とともにメモに残しておきましょう。医療機関を受診したり、自治体の窓口に相談したりする際にも、必要な情報です。直接会えない場合は、例えば実家の近所の知り合いに様子を見に行ってもらうとか、ネット環境を整えて見守りカメラを設置するなど、生活の状況を把握する方法を探しましょう。

チェックポイントは、「親の様子が、以前と違うかどうか」です。

不安になると、本やテレビ、インターネットに頼りがちになりますが、それらの情報を発信している人は、あなたの家族のことを知りません。「以前できたことが、できなくなっている」「こんなことをする人じゃなかった」という点に気づいてあげられるのは、長い付き合いの家族なのです。

声の調子、話す速度

これは電話でもわかりますね。声の調子が暗かったり、返答に時間がかかったりしていませんか。話す速度もポイントです。以前に比べて、不自然なほど遅くなっていませんか。

話題の内容

心配事や不安、人や社会への不平不満など、以前に比べて、話題がネガティブな方向に傾いていませんか。以前から心配性だとしても、その度合いが強くなっていませんか。

服装、身だしなみ

外出自粛で家から出ないからといって、髪の毛がボサボサだったり、一日中寝巻のままだったりしていませんか。以前からそういう傾向があれば、さほど気にする必要はないかもしれませんが、「昔は、朝からお化粧をし髪を整えてから家事をする人だった」のであれば、注意すべき大きな変化です。

食事や入浴など生活の状態

上記の③と関連しますが、食欲がない、入浴を面倒くさがる、着替えをしない、洗面整髪をしないなど、基本的な生活習慣が乱れていないでしょうか。口頭で聞いても「ちゃんとやっている」と答える可能性があるので、「今日の晩御飯は何を食べた?」などと具体的に聞いたりする工夫が必要です。 

整理整頓ができているか

これは実際に、家の中を見ないと確認できないかもしれません。よくあるのが、冷蔵庫に同じ食材が大量に入っているケース。逆に、冷蔵庫が空っぽというパターンもあります。また、ゴミが捨てられずたまっているとか、玄関や洗面所などに物が散乱しているなど、「以前はきれいだった」場所が片付けられなくなっているのは、心身の健康に支障を来している可能性があります。

趣味や娯楽をやめていないか

「読書家だったのに、全く本に触れなくなった」「日課の散歩をやめてしまった」ということがないでしょうか。また、コロナ禍では、サークル活動の停止なども余儀なくされています。人との交流が減ることで、生活の張りが失われたり、気分が落ち込んだりすることがあります。会話の中にうまく挟み込んで、余暇の過ごし方を聞いてみてください。

睡眠覚醒リズム

夜ある時刻に眠りに入り、朝ある時刻に目を覚まして、昼間は目覚めている。この一連のパターンを、睡眠覚醒リズムといいます。このリズムは、心身の健康を維持するうえで大切です。まずは、朝は何時に布団から出て、夜は何時に布団に入るか、起床は遅すぎないか、就床は早すぎないか、夜に何度も目覚めて、起きだして何かしていないか、日中横になることはないか、などを尋ねてみてください。心配なのは「早すぎる就床、長すぎる臥床」です。夕食後すぐに寝ていないか、日中も横になっていないかは、特に注意してみてください。



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