介護現場でのハラスメントは、介護される人だけでなく、介護する職員に対しても深刻な実態が見えます。特に、自宅に出向いて行う介護や医療サービスの現場では、職員の半数以上がハラスメント被害を受けているという現実があります。人気テレビ番組のコメンテーターとして活躍する弁護士の住田裕子さんに、近年急増中の「シニア世代の法律トラブル」について解説をしていただきました。
解説者のプロフィール
住田裕子(すみた・ひろこ)
弁護士(第一東京弁護士会)。東京大学法学部卒業。東京地検検事に任官後、各地の地検検事、法務省民事局付(民法等改正)、訟務局付、法務大臣秘書官、司法研修所教官等を経て、弁護士登録。関東弁護士会連合会法教育委員会委員長、獨協大学特任教授、銀行取締役、株式会社監査役等を歴任。現在、内閣府・総務省・防衛省等の審議会会長等。NPO法人長寿安心会代表理事。
本稿は『シニア六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
介護者に対するパワハラ
介護現場でのハラスメントは介護される人だけでなく、介護する職員に対しても深刻な実態が見えます。平成30年は、介護利用者からのハラスメントを受けたことのある職員が、サービスの内容によって6割から2割程度います。(株式会社三菱総合研究所「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」平成31年)
特に、自宅に出向いて行う介護や医療サービスの現場では、職員の半数以上がハラスメント被害を受けているという現実があります。
この条文
▼刑法 第223条(強要罪)
第1項 生命、身体、自由、名誉、もしくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、または暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
利用者による介護者に対するパワハラはなぜ起こるのか?
高齢者の中には、訪問介護職員を「なんでも頼めるお手伝いさん」のように認識してしまう人がいるようです。訪問介護の支援内容は、ケアプランで定められたものに限定されています。また、あくまでも利用者本人だけに対してだけ行われるものです。家族に対する支援サービスはありません。しかし介護してもらう人が甘えたり、家族までもが依存したりするケースもあります。
パワハラに当たる行為の例を挙げてみましょう。
▼対象外の用事を依頼して、拒絶すると暴言や嫌がらせなどをする
▼「上司に対する言葉づかいとしてなっていない」「敬語ではない」などとしてサービス施設責任者を呼び出し、介護職員の交替を要求し、怒鳴る
▼介護職員が自分と対等な口をきいたり、対等な態度にでるのはけしからん、との不満を抱き、ことあるごとに文句を言う
▼食事等のための介添えをしようとすると、唾を吐いたり、手をつねったり、振り払ったり嚙んだりするなどの暴力に及ぶ
ストレスのはけ口にされていても、そのことを周囲に相談しにくく抱え込んでしまう人も少なくありません。我慢したあげく、自信を喪失したり、ストレスを溜めて病気になったりすることもあります。ついには退職や、その後の職業生活への復帰が困難になることもあります。
パワハラを防止するには?
まず職場では、心理に関する相談員や医療・福祉の現場にも共通する「感情労働」について従事者を疲弊させないこと、「燃えつき症候群」にならないようにすることが重要です。問題が起きたとき、一人で悩まず職場全員で問題を共有し、相互に相談しやすい雰囲気づくりを心がけましょう。それとともに、心理の専門家、カウンセラー、場合によっては弁護士による支援体制も整備しておきましょう。また、訪問介護等を開始するときに、利用者と家族に対して理念とサービスの内容等について繰り返し説明をしておくこと、利用者と介護者は上下関係にはなく対等であるという意識づけも重要です。
介護者に対するセクハラ
パワハラと同じく、介護現場でのセクハラも、深刻な問題となっています。
特に、自宅を訪問する「訪問介護」では、利用者に近い距離で介護することも多くセクハラを受けやすくなっているといえるでしょう。
介護職員には女性が多く、一人で利用者宅を訪問する訪問介護などは密室の中のできごとで、被害を受けた介護職員が事業所に訴えて発覚することがほとんどです。
この条文
▼刑法 第176条(強制わいせつ罪)〈抜粋〉
暴行、または脅迫を用いてわいせつな行為をした者は6カ月以上10年以下の懲役に処する。
どんな行為がセクハラに当たるか
セクハラには、例えば以下のようなものがあります。
▼性的な冗談を言う
▼性的な体験談を聞く・話す
▼相手の身体への不必要な接触
▼デートや性的関係を執拗に迫る
▼わいせつな写真や絵などを見せる
介護現場でのセクハラの中には、「ちょっとからかわれた」という程度を超えて、次のような深刻なケースも報告されています。
▼男性利用者の入浴介助中、自分で洗える箇所なのに「陰部を洗え」と命令される
▼介護中に性的なビデオを見ている。わいせつな本をベッドに置いている
▼調理をしている最中に、背後から羽交い締めにされた
▼介助中に顔を急に近づけられ、キスをされた
▼性的なことを訪問中に話し、制止しても止めない
▼食事などの二人きりでの外出にしつこく誘ってくる
▼おむつ交換や入浴介助のときに胸をわし掴みにされた
▼住所や連絡先などをしつこく聞き出そうとする
▼訪問時に利用者が裸で出迎え、服を着てくださいと伝えても着てくれない
▼男性利用者に追いかけられソファに押し倒された。すごい力で手首を押さえつけられ、全治2週間のけがを負った
▼利用者の息子に部屋に連れ込まれ、身体を触られた
介護事業者の対応
利用者や家族からのセクハラは介護職員の心身状況を悪化させ、介護離職にもつながりかねません。深刻化する介護者不足に拍車をかけるとの危機感もあり、介護事業者の方では、職員から利用者によるセクハラ等の行為について報告を受けると、次のような対策をとるようになってきています。
▼その利用者の担当から外す
▼複数人での訪問や介護を行う
▼各関係機関や家族などと対策を講じる会議を開く
▼利用者やその家族として気を付けるべきこと
加齢により抑制力がなくなったり、認知症で判断力が低下したりということもありますが、世代の違いや価値観の違いなどもセクハラの大きな原因といえるでしょう。本人は「セクハラを行っている」という認識がなく、職員等が制止しても止めないケースも多いのが現実です。
したがって、家族や周囲の人としては、高齢者に対して「こういうこと(セクハラ)は、相手が嫌な気持ちになるから、言ったりやったりしてはいけない」ということをよく言い聞かせることから始め、このまま続くと、「どんな人も対応してくれなくなる。食事も入浴もできなくなる」ということも納得しやすい言い方で伝えましょう。なお、本人と介護職員との会話をよく観察して、セクハラの傾向がみられるようなら、できるだけ二人きりにしないなどの配慮は必要です。
なお、本稿は『シニア六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(3)「80-50問題とは 生活保護と受給要件(シニア世代ならではの法律相談)」の記事もご覧ください。