憲法は、国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、「生存権」を保障しています。そのために、国に対し、社会福祉等の向上に努める義務を課しています。その法律が、生活保護法です。セーフティ・ネットとしての制度を知っておきましょう。人気テレビ番組のコメンテーターとして活躍する弁護士の住田裕子さんに、近年急増中の「シニア世代の法律トラブル」について解説をしていただきました。
解説者のプロフィール
住田裕子(すみた・ひろこ)
弁護士(第一東京弁護士会)。東京大学法学部卒業。東京地検検事に任官後、各地の地検検事、法務省民事局付(民法等改正)、訟務局付、法務大臣秘書官、司法研修所教官等を経て、弁護士登録。関東弁護士会連合会法教育委員会委員長、獨協大学特任教授、銀行取締役、株式会社監査役等を歴任。現在、内閣府・総務省・防衛省等の審議会会長等。NPO法人長寿安心会代表理事。
本稿は『シニア六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
生活に困ったら?
生活保護とは
憲法は、国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、「生存権」を保障しています。そのために、国に対し、社会福祉等の向上に努める義務を課しています。その法律が、生活保護法です。セーフティ・ネットとしての制度を知っておきましょう。
この条文
▼生活保護法 第1条(この法律の目的)
この法律は、憲法第25条に規定する理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
生活保護を受給する高齢者世帯が増加
生活保護受給世帯のうち、65歳以上の高齢者世帯が半数以上に上ります。生活が「苦しい」および「やや苦しい」という回答は高齢者世帯の55.7%になっており、貧困世帯の割合が増加しています(厚生労働省「2019年 国民生活基礎調査」)。
実際に、受給している年金額だけでは不足します。国民年金受給者の平均受給額は月額約5万5千円、厚生年金受給者の平均受給額は約14万4千円です(厚生労働省年金局「平成30年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」)。ところで、高齢者が1カ月生活するのに1人当たり13万円程度が必要ですから、国民年金のみの受給者においては1カ月約7万円以上の赤字となります。ましてや、病気等のため国民年金料を支払っておらず、受給資格のない場合は大変です。さらに、住宅ローンが残っていれば、当然に生活は困窮することになります。収入だけでは生活が維持できないとなれば、生活保護も選択肢となるでしょう。
生活保護受給の要件
生活保護は世帯単位です。世帯員全員が資産、能力その他あらゆるものを活用し、また、扶養義務者がいれば、その扶養義務が果たされることが優先されます。生活保護は、最終的手段といえます。
(1)年金を含めた世帯収入が基準額(厚生労働大臣が定める基準額で、地域ごとの最低限度の生活に必要な基準額)より低いこと
(2)資産はすべて生活費に充てること(資産活用)…生活に利用していない預貯金は引き出して生活費に。不動産は売却して生活費に充てる。自動車も障害のための通院などが必要と認められる場合を除いて売却すること
※今後、制度の改正により一定程度の財産の保有は認められる方向とみられる。
(3)能力に応じた仕事をしていること(能力活用)…シルバー人材センターなどを活用し、能力に応じて収入を得ること
(4)扶養義務者からの援助がないこと(扶養義務者からの扶養の活用)…配偶者、子ども、親、きょうだいなど、扶養義務者から援助を受けることができる場合には、原則としてそれを優先
(5)その他の制度をすべて利用すること…遺族年金など他の年金が受けられる場合にはそれを優先
生活保護の内容
生活保護が認められた場合、以下のような扶助が支給されます。
(1)生活扶助
日常生活に必要な費用で、食費、光熱費、被服費など
(2)住宅扶助
アパートなどの家賃や転居に伴う敷金・契約更新料など
(3)医療扶助・介護扶助
医療および介護サービスは無料
(4)生業扶助
就労するのに必要な技能の習得にかかる費用は、定められた範囲内で実費を支給
(5)葬祭扶助
葬祭にかかる費用は、定められた範囲内で実費を支給
その他の条文
▼憲法 第25条(生存権)
第1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第2項 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない。
▼民法 第877条(扶養義務者)
第1項 直系血族およびきょうだいは、互いに扶養をする義務がある。
第2項 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、3親等内の親族間においても、扶養の義務を負わせることができる。
80-50問題
「パラサイトキッズ」とは?
【事例】
冬の札幌市内のアパートで、80代の母と50代の娘が死亡していたのを、ガス検針員が発見しました。死因は「低栄養状態による低体温症」。母の年金のみで暮らし、娘は30代で就職したものの、ほどなく退職して引きこもり状態でした。知人が生活保護の申請をアドバイスしたものの、「他人に頼りたくない」と拒否。現金9万円が残されていましたが、冷蔵庫は「空」だったそうです。
高齢化した「80‒50」親子の背景や課題が浮き彫りになった事件ですが、このような悲劇は氷山の一角に過ぎないと報じられています。仕事にも学校にも行かずに親に寄生するニートやパラサイトが話題になったのが十数年前ですが、そのまま年月が経過し、寄生する(パラサイト)子ども(キッズ)が50代になってしまいました。親も高齢となり、高齢者と引きこもり者の経済的貧困と生活上の困難とが複合した悲劇です。子どもとのコミュニケーションがとれずに子どもが荒れてしまい、家庭内暴力から殺人事件にまで発展するという惨劇もありました。
引きこもりの原因
引きこもる原因はさまざまですが、例えば、就職して対人関係に疲れたり過重労働からのストレスを原因にうつ病を発症したりといった不安障害に陥っているケース、精神疾患や精神障害が引き金になっているケースなど、精神面のケアが必要な場合がほとんどです。専門家の手が必要です。
家族の中で解決しようとする姿勢が悪化を招く
「いい年した子どもが独立せず家の中にいることは、恥ずかしくて世間に知られたくない」との心理があることで、外部との接触を図らず孤立してしまうと、問題は表面化しませんが、行政や専門家の支援が届きません。ずるずると閉塞状態が続くのですが、いずれ、経済面・心身面・生活面での限界が訪れます。
パラサイトキッズを防ぐには
引きこもりの状態は、長く続くと社会復帰がいっそうむずかしくなります。そもそも家庭内だけで解決することはまず不可能です。信頼できる友人や周囲に相談できる人がいなければ行政の窓口を利用することもできます。国では引きこもりの対策支援を行っています。知らない人と新たな関係を作ることによって道が拓ける可能性があるかもしれません。その人らしい生き方を見つけましょう。早期の対応が望ましいのですが、高齢になってにっちもさっちも行かなくなる前の時間との競争です。
困窮しているなら生活保護を視野に
生活が困窮している場合は、「生活保護」の申請ができるかどうかを市区町村の担当窓口、福祉事務所の生活保護担当などに相談しましょう。
なお、本稿は『シニア六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(2)「高齢の親が交通事故を起こしてしまった(認知症ならではのトラブル)」の記事もご覧ください。