こんにちは、家計コンサルタントの八ツ井慶子です。今回は「ベーシックインカム(basic income=基礎所得保障)」をテーマに取り上げ、まずはその「全体像」をみていきたいと思います。いま、ベーシックインカムを議論するのに、非常に良い時期ではないかと思います。私自身はベーシックインカム賛成派ですが、このコラムは、賛成派を少しでも増やしたいというよりは、まずは「一人でも多くの人にベーシックインカムについて知ってもらう」ことを目的に書きました。とはいえ、主観を完全に取り除くことはできません。少々(かなり?)割り引いてお読みいただきたいと思います。

ベーシックインカムとは

まず、「ベーシックインカム」の定義をおさえておきましょう。細かい点はあるものの、以下の3つの特徴を持つ給付金、ととらえるとよいかと思います。

※ベーシックインカムとは、政府が性別、年齢に関わらずすべての国民に、生活に必要な最低限の金額を無条件で支給する制度。貧困削減のほか、複雑化した社会保障を一本化して行政の事務コストを減らす効果や、少子化対策にも有効とされる。(出典:野村證券 証券用語解説より)

個人単位、無条件、継続給付

①個人単位での給付
②無条件給付
③定期的な給付

日本の社会保障制度には「世帯」単位の仕組みが多くありますが、ベーシックインカムは「個人」単位という点に特徴があります。

また、「無条件」給付も大きな特徴です。働いていても、働いていなくても、年齢や性別、所得、保有資産、家族構成、居住地などに関係なく、余すところなく全員に一定の給付がなされます。取りこぼしはないわけです。

さらに、「生活を支える」という意味において、単発ではなく、「継続的に」「定期的に」給付される点も重要です。

特別定額給付金10万円

昨年、コロナ禍において「特別定額給付金」として、1人10万円の給付が実施されました。給付の要件は個人単位、かつ無条件でした(対象者は「基準日において住民基本台帳に記録されている者」とされていました)。実際に給付金を受け取ったのは、代表して世帯主ではあったものの、ベーシックインカム導入を期待する者にとっては、画期的なできごとに映ったことでしょう。

ベーシックインカムの定義上、明確な金額の決まりはないようです。そこで、ベーシックインカムだけで基本的な生活を営めることを前提としたものを「完全ベーシックインカム」、自身の収入と合わせての生活を前提とすものを「部分ベーシックインカム」と表現されることもあります。

ベーシックインカムの歴史

ここで少し、ベーシックインカムの歴史を少しひも解いてみましょう。日本では、社会保障改革の一案として語られることが多いこの制度ですが、海外の議論からはかなり異なる側面が見えてきます。

トマス・ペインが提案

その歴史は思いのほか長く、一般には、200年以上前の民主化運動が盛んになる18世紀末、トマス・ペイン(フランス革命やアメリカ独立戦争にも参加したイングランドの思想家)の構想が最初だといわれています。当時は、上記3つの条件(①個人単位での給付、②無条件給付、③定期的な給付)を必ずしも満たすものではありませんでした。

トマス・ペインの基本的な考え方(大義)は、「土地」に根付いていました。土地は、文明化以前の社会では人類共有の財産でしたが、「私有」により土地にアクセスできない人々が生まれてしまいました。だから、「貧困は、文明生活によって作り出された」とペインは考えました。そこで、土地所有者には「地代」として税金をかけ、そのお金を、生活の糧となるよう皆に配ればよい、という考えです。

所有からシェアへ

なるほど、です。
いまや私たちの社会は、「所有」を前提とする資本主義経済が土台となっていますから、「何をいまさら」と違和感を覚える人が多いかもしれません。ですが、あらためてより広い視点で考えると、理解の助けになると思います。

例えば、この地球。地球に住んでいるのは人間だけではないのに、「経済活動」を理由に自然破壊が進み、動植物は被害を受けています。自然災害を引き起こし、大気汚染を悪化させ、地球環境は持続不可能といわれるほど変化にさらされています。人間社会にも悪影響が起こっているにも関わらず、その歩みを止めることができません。地球は人間のみが「所有」するものでしょうか。そうではないとすれば、人間のみならず、地球上に「命」を持つもの同士で、地球の恩恵を分かち合う(シェアする)必要があるのではないでしょうか。

突き詰めて考えると、「所有」の概念によって競争が生まれ、富の偏在が始まり、不安や恐怖が増幅され分断が起こる…。そんな風に考えると、トマス・ペインの時代から私たちの現代社会は、表面的には大きく進歩しているように見えて、その根本にある問題はそれほど変わっていないのかもしれません。

画像: 根本にある問題はそれほど変わっていない。

根本にある問題はそれほど変わっていない。

ベーシックインカムをめぐる世界の動き

ベーシックインカムの構想は実現されないまま時は流れますが、1960年代から1970年代にかけ、世界の各地でベーシックインカム要求の動きが活発になります。

アメリカでは

アメリカでは1960年代、「福祉権運動」と呼ばれる運動が各地に広がりました。公的扶助を受けながらも、その恣意的な審査や嫌がらせに抗議する「まともな福祉を求める運動」です。活動の中心は、性差別を受けていた女性や子供たちでした。福祉から外されないように、不妊手術すら同意しなければならないこともあったようです。貧しい生活に苦しむ人々は、運動の中で「適切な保証所得」を求めます。ここがベーシックインカム構想です。

「私には夢がある(I have a dream.)」のセリフでよく知られているキング牧師も、ベーシックインカムを求めていたといいます。ですが、1968年4月、キング牧師は暗殺されます。その後、運動は暴力的に鎮圧されていくことになりました。

イタリアでは

イタリアでは1970年代、「家事労働に賃金を!」をスローガンに、フェミニズム運動の一環として、家事を「労働」として認知すること、家事は「男女に等しく担われること」等が求められました。しかしながら、家事労働に賃金を支払うとなれば、かえって女性を家事に縛りかねないという懸念も内包し、フェミニズム内の論争にも発展してしまいます。

ですが、家事やケア(育児や介護等)を「労働」として捉える視点を広めたことには意義があり、性別による役割分担の概念を超えて、すべての人に対する所得保障を求めるベーシックインカム構想にもつながりました。

イギリスでは

イギリスでは1960年代、「要求者組合」が形成されます。「要求者」とは、年金受給者や障害者、病者、ひとり親、失業者などを指し、さまざまな立場の人たちが福祉サービスや政策をめぐって同様の要求を持つとして団結しました。

1970年には、イギリス内に複数あった要求者組合が集まって全国連合を組織し、そこで4つの要求を掲げます。その第一が、「全ての人に、資力調査なしでの適切な所得への権利」でした。「資力調査なし」とは、何らかの所得証明を提出したり、保有する資産を調べられたりすることなく、所得を得られる権利を意味します。まさにベーシックインカムです。

この運動で注目したいのは、障害者や病者といった「働けない人たち」も要求者に加わることで、何か特定の給付を要求するのではなく、さまざまな要求者を対象とする「より普遍的な所得(=ベーシックインカム)」を主張したことではないか、と思います。

日本におけるベーシックインカムへの関心

こうした動きは上記の国だけに限りませんが、いずれの運動も日の目を見ることはなく、鎮静化されてしまいます。福祉権を求めたり、フェミニズムを起点としたり、運動のきっかけに違いはあるものの、ベーシックインカムを求める「根っこ」にあるものは、「人として生きる権利の主張」ではないかと思うのです。社会的に弱者といわれる人々が、「安心して生きたい」という、人間の本源的な欲求に突き動かされて行動し、その社会的手段の一つとしてベーシックインカムの要望につながっていると思うのです。

非正規雇用が増加

日本では、2000年代に入り、貧困問題が深刻化する中で、ベーシックインカムへの関心が高まりました。法改正により非正規雇用が増え、ワーキングプアという言葉も出現、子供の貧困問題も顕在化していきます。そして、2020年からのコロナ禍で経済が悪化する中、10万円の一律給付も相まって、再びベーシックインカムへの関心が高まりつつあるようです。

画像: 再びベーシックインカムへの関心が高まりつつある。

再びベーシックインカムへの関心が高まりつつある。

AIからBIへ!?

議論はこれに留まりません。最近では、AI(人工知能)の発達によって人間の仕事が奪われかねないことを想定し、ベーシックインカムの必要性を訴える声があがってきました。「AIからBI(ベーシックインカム)へ」なのだそう。

環境問題を引き合いに、ベーシックインカムを肯定的に捉える見方もあります。いまの人間の経済活動は、地球の自然環境を破壊するもので、ベーシックインカム導入により、経済活動のスピードが鈍化しても、それは環境にプラスに働き、むしろ望ましいというものです。実際、コロナ禍による経済活動鈍化の中、大気汚染の状況はよくなっているのだそうです(大気汚染による関連死者数も減少しているとの推計もあります)。

ベーシックインカムのメリット・デメリット

ベーシックインカムのメリット(賛成意見)としては、全員給付のため取りこぼしがない、行政コストの削減、生きるための労働から解放されることで人間らしい活動に打ち込める、資力調査がないためスティグマ(辱め)を生まない、などが挙げられます。

怠惰になるのではないか

一方で、デメリット(反対意見)には、お金持ちにもお金を配ることへの反発、財源問題、人は働かなくなるのではないか(怠惰になる)などがあります。

私見ですが、いまの経済下でも「お金持ちが、よりお金持ちになる社会」ですから、お金持ちにお金を配るデメリットよりも、低所得者や貧困者層にお金を給付するメリットの方がはるかに大きいと考えます。生活基盤が確保されれば、犯罪や自殺者数も減少するでしょう。

「生きがい」を求める動物

また、怠惰になる、という考え方にはそもそも違和感があります。ずーっとヒマだったら、何かしませんか? 超高齢化が進んでいる日本では、いったんリタイアした高齢者の中には、「時間があるから」「人の役に立ちたいから」といった理由で、再度何らかの活動を始める人が多くいます。人は、生活の安心感が得られると、次に「居場所」や「生きがい」を求める動物なのではないでしょうか。

ベーシックインカムは、なぜ日本で進まないのか

このように、ベーシックインカム構想は、さまざまなイデオロギーと関連して語られますが、それは、その構想の持つ普遍性が「人が、人らしく生きること」を求めているからではないかと思うのです。だから、さまざまな「社会の課題」とつながり、解決策の一つとして注目されるのかもしれません。

政府がやりたがらない!?

では、なぜ日本でベーシックインカムの議論が進まないのでしょうか。

さまざまな理由が指摘されています。詳しくは次回以降に譲るとして、ここで私なりの考えを超端的に述べるとすれば「政府がやりたがらない」という言葉に尽きる気がします。麻生太郎財務大臣が「(再度の特別定額給付金支給の要望に対して)支給するつもりはない」と発言したことは記憶に新しいところです。

統治しやすい!?

もっというと、ベーシックインカムの議論を阻んでいるのは、「いまの経済」を壊したくない人、「いまの経済」を壊したくない集団、「いまの経済」を壊したくない権力者…。安倍晋三前首相は「経済最優先」を何度も公言していました。しかし、その経済の担い手は、私たち国民です。「国民」よりも、「国民活動の経済」が優先とは、順番が逆だと思うのです。うがった見方かもしれませんが、一般庶民は「生きるために」働いているほうが統治しやすいのかもしれません。

画像: ベーシックインカムはなぜ日本で進まないのか。

ベーシックインカムはなぜ日本で進まないのか。

まとめ

えー、冒頭申し上げましたとおり、ベーシックインカム賛成派の私の意見は割り引いてお読みいただきつつ、ぜひいまのこの時期に、あらためてベーシックインカムについて、少しでも関心を持っていただけたらうれしく思います。私自身も、もっと見聞を広げていきたいと思います。

執筆者のプロフィール

画像: 執筆者のプロフィール

八ツ井慶子(やつい・けいこ)

生活マネー相談室代表。家計コンサルタント(FP技能士1級)。宅地建物取引士。アロマテラピー検定1級合格者。城西大学経済学部非常勤講師。

埼玉県出身。法政大学経済学部経済学科卒業。個人相談を中心に、講演、執筆、取材などの活動を展開。これまで1,000世帯を超える相談実績をもち、「しあわせ家計」づくりのお手伝いをモットーに活動中。主な著書に、『レシート○×チェックでズボラなあなたのお金が貯まり出す』(プレジデント社)、『お金の不安に答える本 女子用』(日本経済新聞出版社)、『家計改善バイブル』(朝日新聞出版)などがある。テレビ「NHKスペシャル」「日曜討論」「あさイチ」「クローズアップ現代+」「新報道2001」「モーニングバード!」「ビートたけしのTVタックル」など出演多数。
▼生活マネー相談室(公式サイト)
▼しあわせ家計をつくるゾウ(Facebook)

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