「TOSCANA」というパスタ専門店で創業したイタリアンイノベーションクッチーナという飲食企業では、カジュアルイタリアンの一方で“おっさん系”の大衆居酒屋を展開するようになった。これに対して、2021年5月にプロパーで同社社長に就任した社長は“おっさん系”をすべて“おしゃれ系”にリブランディングすることを推進。これによって従業員満足は向上し客単価も1000円アップした。さらに規格外のリンゴでオリジナルのシードルを醸造し、たちまち完売。企業価値を高める活動を推進している。
「東京MEAT酒場」のリニューアルとリブランディング
カジュアルイタリアンが“おっさん系”居酒屋に着手
カジュアルイタリアンと大衆居酒屋の二つの業態で展開している飲食企業、イタリアンイノベーションクッチーナ(本社/東京都新宿区、取締役社長/青木秀一)では、この度大衆居酒屋事業をリブランディングし、生産者・醸造所と連携してオリジナルのシードルを製造・販売するなど新しい展開を見せている。ちなみに同社では、カジュアルイタリアンが11店舗、リブランディングした事業(旧大衆居酒屋)が5店舗なっている(2022年3月末現在)。
イタリアンイノベーションクッチーナ(以下、IIC)は、創業者で現・代表取締役会長の四家公明氏が1992年9月東京・武蔵小山に「TOSCANA」というパスタ専門店を立ち上げたことに始まる。同社ではカジュアルイタリアンの展開に移行していった。また、人気メニューを「日本一おいしいミートソース」という名称でブランディングし、外販商品、EC、そしてスーパーマーケット等の小売店舗では「TOSCANA濃厚ミートソース」という名称で販売するようになった。
もう一つの大衆居酒屋事業は「東京MEAT酒場」というブランドで2014年12月東京・浅草橋に1号店をオープン、ハイボールや煮込みなどを定番とする“おっさん系”であるが、上記の「日本一おいしいミートソース」にアレンジを加えたメニューをラインアップするなど一般的な“おっさん系”とは一線を画していた。この業態を立ち上げた理由について会長の四家氏はこのように話していた。
「イタリアンの場合は、外観からだけだとどのような飲食が提供されるのか想像しにくい。一方の“おっさん系”の居酒屋はどのような店なのか想像がつくので立ち上がりが早い」
このようにカジュアルイタリアンで育ってきた飲食企業が、収益性の高い業態に取り組んだという見方ができる。カジュアルイタリアン事業は客単価3300円、大衆居酒屋事業は客単価2800円となっていた。
この「東京MEAT酒場」のリブランディングは2019年から始まり、今年の2月浅草総本店を最後に5店舗すべてを終えた。新しいブランドは「イタリアン食堂 東京MEAT酒場」である。
従業員が「働きたい」と思う店につくり変える
このリブランディングには2021年5月に同社の取締役社長に就いた青木秀一氏の意向がある。青木氏は1982年9月生まれ。2001年に当時2店舗の同社に入社する。将来、飲食店で独立することを目標にしていた青木氏は同社の中でたちまち頭角を現し実績をつくっていく。「日本一おいしいミートソース」のクオリティアップに大きく貢献した。独立起業を決意したタイミングで代表の四家氏から「一緒に面白いことをやろう」と誘われて経営陣に就き、さまざまな分野の改革を推進してきた。
これらの中で、青木氏は「東京MEAT酒場」のリニューアルとリブランディングの必要性を感じるようになっていた。その理由について青木氏はこのように語る。
まず、店のクオリティを維持向上させる視点から。
「団体の宴会がなくなる中で少人数のお客様に利用してもらえるような店にする。食材が高騰していくことから客単価2800円のレベルでは食材や調味料にこだわることができない。当社の理念は、お客様と末永くお付き合いするために健康的な食材にこだわるというもので、これに反することはしたくない。この点には妥協しない」
次に、労働環境の視点から。
「当社の従業員が若くなる傾向にあって、以前の業態の当時、異動があると『あの店に行きたくない』という声があった。店は働く人がプライドを持って働くことが重要だ。従業員が働きたいと思わないとお客様に伝わらない」
リブランディングで客単価2800円を3800円に
かつての常連客からも愛される店に
では、リブランディングではどのようなことを行ったか。ここでは2月にリニューアルオープンした「浅草橋総本店」の事例を中心に紹介しよう。
ハードのリニューアルは、まず、女性客、お一人様。ノンアルコールの人も入りやすいファサードにした。店内はオープンキッチンにして調理風景をライブ感あふれるものにして、フラットカウンターにすることで従業員とお客との会話が弾むようにした。居心地のいい雰囲気をつくることによって滞在時間も長くなるようにした。
メニューは、単品価格380円、480円(税込、以下同)の小皿料理を増やした。
「おすすめメニュー」として、同社が得意とするパスタを“おつまみ”として利用してもらう「お酒のアテパスタ」をラインアップした。通常のパスタメニューのハーフサイズで、つまめるようにオリジナル生ペンネにした。具体的には「カツオ出汁香る。濃厚和風カルボナーラ」680円、「生ウニとイクラのトマトクリーム」980円、「旨辛麻婆アラビアータonふあふあチーズ」680円となっている。
和の大衆業態では串料理が定番となり注文しやすい商品になっているが、同ブランドの場合、カダイフ(小麦粉やトウモロコシ粉を原料とした極細麺状の生地)を用いた串の揚げ物をラインアップした。パン粉で揚げたものと比べて、サクサク感、パリパリ感がはっきりとして食感が新鮮である。具体的には「ホクホク染み大根のパリパリ揚げ ポルチーニソース」1本280円、「ラム肉とオリーブのパリパリ揚げ サルサトマト」380円、「カマンベールとトマトのパリパリ揚げ バルサミコ味噌ソース」350円などが挙げられる。
これらのリニューアルによって、客単価が“おっさん系”当時2800円だったものが、“イタリアン食堂”となってから3800円となった。
「東京MEAT酒場」のリブランディングによって顕在化した象徴的な現象として、かつての常連客が「リニューアルしたと聞いて楽しみにしていた」という来店の事例が増えてきたことが挙げられる。このような喜びの声は、従業員のモチベーションを大いに高めることであろう。
食品ロス対策と従業員の教育
規格外のリンゴによるオリジナルクラフトシードルづくり
さらに、この度オリジナルクラフトシードルの醸造に着手した。
それは、同社と取引のある生産者からの相談がきっかけとなった。その内容は、規格外のリンゴの活用について。長野の農園で月間3tが出てくるこれらのリンゴをなんとかできないか、ということだった。
そこでひらめいたのがリンゴを使用したスパークリングワインである“シードル”を醸造することであった。
そのために、リンゴの生産者である長野県飯綱町の「丸西農園」と、同じエリアにある醸造所の「林檎学校醸造所」を紹介してもらった。こうして、生産者、醸造所、IICの3社によるオリジナルクラフトシードルをつくる合同事業が昨年12月に始まった。IICの総コストは材料費込みで40万円とのこと。
この事業では、オリジナルクラフトシードルを290本醸造した(1本720㎖)。名称はイタリア語で“再生”を意味する「rinato(リナート)」。価格は1本3900円(税込)。店内で飲む時も、ボトルを購入して持ち帰る場合もこの価格で販売した。2月18日よりIICの各店舗で発売を開始したところ3月上旬でほぼ完売した。
この活動を振り返って青木氏はこう語る。
「まず、社会課題である食材ロスの対策となっている。当社従業員の教育機会にもなっている。みんなで現地に行って様子を見て、みんなでシードルをつくった。だから、当社の従業員はそのストーリーをお客様にしっかりと伝えることができる。今後この活動をシリーズ化しようと考えている」
まとめ
これらIICの活動の中で、特にシードル醸造の顛末はCSVと捉えることができる。これは「Creating Shared Value(共通価値の創造)」の略語で、 社会的価値を戦略的に追求すれば、経済的価値も自然に生まれるという、持続可能な経営に必要な考え方に則っている。このような活動を推進している飲食業が、これから企業価値を高めていくことであろう。
執筆者のプロフィール
文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)