こんにちは、家計コンサルタントの八ツ井慶子です。ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって2か月余り。すでに長期化している、新型コロナウイルスのパンデミック(感染症の大流行)に積み重なるように世界の混乱が続いています。連日の報道と世界的な物価上昇で、気分がふさぎ込んでしまう人も少なくないのではないでしょうか。
「大きな節目」に近づいている
私が以前から想像していた「家計防衛時代」の突入は、金融危機から始まると予測していましたが、もしかしたら、もうすでに「家計防衛時代」に突入している可能性もあります。
その答えは、もう少し時間が経たないと検証できませんが、いずれにしても、この混乱は、たとえ数年に及んだとしても「一時的なもの」であると思われます。つまり、重要なのはこの混乱を「乗り切ること」だと考えています。
いまの「経済」は、これまで数百年に及び私たち人類のベースとなってきました。その「経済」が崩れるとしたら、当然、一時的な混乱は避けられません。あらゆる国、あらゆる業界に影響していますから、あらゆる事象が起こってもおかしくないのだと思います。
正直、コロナ禍も、ウクライナ危機も私の想像を超えていました。想像以上のこと、それこそが「大きな変化」なのだと痛感しているところですが、だからこそ、いまの「経済」の「大きな節目」に近づいていると捉えられるのだろうとも思うのです。
この混乱はしばらく続くと思いますが、貧困や格差を生み出しているであろういまの「経済」が崩れるとすれば、乗り切りがいがありますし、その先には、もっと人にやさしい社会経済が構築できる「舞台」が用意されているはずです。
大事なのは「そのとき」です。現代を生きる私たちが、新しい社会経済をどのように構築するか、でしょう。いまは、歴史的に後から振り返ったときに「しんどい時期」だったと言えるときだと思います。いまを悲観するのではなく、何とか前を向いて乗り切っていけたらと思うばかりです。人間が作った「経済」ですから、同じ人間であればそれを変えられる、と私は信じています。
「お金」も「シェア」してみる!?
さて、今回は「ベーシックインカム(basic income=基礎所得保障)」をテーマに取り上げたいと思います。まさにいまの「経済」に取って代わって登場するにはふさわしい仕組みといえるでしょう。
いまの「経済(資本主義経済)」を支える概念のひとつに「所有」があります。例えば、私たちもお金を「所有」しようと、貯蓄に励んでいます。これはとても普通のように感じますが、これが行き過ぎると、ほんの一握りの富裕層が世界中の多くの富を独占所有しても、資本主義経済下にあってはこれも「普通」として認められるのです。冷静に考えて、おかしいと思いませんか。
一生かかっても使い切れないであろう財を保有しているわずかな人が存在する一方で、今日明日の食事に困っている大勢の人が共存しているのが現状です。この問題は以前から指摘されてきましたが、「経済」を優先する政府の方針下では、残念ながら貧困・格差は解消されるどころか、広がる一方なのです。政治の責任は非常に重く、「富の再分配」をしっかり行える政府が必要なのではないか、と思うばかりです。
そんな流れの中で、所有のコスト高やエコロジーの考えが広まってきたのも相まって、かつてのような「所有」にこだわるのではなく、「シェア」利用が広がっています。例えば、ベビーカーなどの一時利用の用具や、自動車や自転車といった交通手段、雨傘や普段使いの洋服、小物に至るまでさまざまなサービスが出てきています。
ここでちょっと想像してみてください。仮に、あくまでも仮にですが、「お金」もみんなで「シェア」利用してみる、と。
となれば、「お金」はモノやサービスを得るための単なる「交換手段の道具」と捉えられます。お金は貯めるものではなく、循環させるものとなり、この考え方にベーシックインカムは合います。誰かの支出は誰かの収入になるわけですから、みんなでお金を使って、お金を循環(シェア)させていくイメージです。たくさんモノを生産する必要もなくなります。必要な時に、必要な分だけ生産できれば、自然環境への負荷も大きく軽減されます。
ベーシックインカムは人を怠惰にする!?
「経済」はお金の循環が重要です。パンデミックの中、この循環が滞り、多くの人の収入が減少して社会問題になっていることからも明らかです。経済そのものの規模が大きくなる「経済成長」よりも、お金が回る「循環」が大事なのです。特に人口減少時代に入っている日本では、より重要であろうと思います。
すでに各国地域でベーシックインカムの実証実験が数多く行われ、そのプラスの効果も数多く報告がありますが、いまだ賛成派・反対派の議論は平行線のままです。反対派の意見の最たるものは、その「財源をどうするか」というところでしょう。
もちろん、財源以外の反対意見もあります。中でも、ベーシックインカムが導入されたら働く必要がなくなり(あるいは大幅に減り)、人は怠惰になるとか、社会が回らなくなるとかは、よく指摘されることです。この点について、賛成派は、生きるために働くことから解放されることで、生きがいややりがいを重視した働き方を追求できるようになり、文化活動が活発になったり、ストレスが減って精神疾患をはじめとする病気が減ったり、心がより穏やかになることで犯罪も減少するだろうと主張しています。
こうなると明確な答えを出すことは難しく、妥協点を探るのかはなかなか難解です。こうした議論も大事ですが、より重要ではないかなと思うのは、「働くこと」そのものについて考察を深めることです。これは、一部の専門家の間だけではなく、もっと多くの人のコンセンサスを探る必要があるのではないでしょうか。
ベーシックインカム議論の難しさ
みなさんは「働く」というと、どういったイメージがありますか? おそらく多くの方は、お金を得るための「賃金労働」を想像されるのではないでしょうか。まさに、この点にベーシックインカム議論の難しさと奥深さがあると感じます。
ベーシックインカム反対派が主張するように、「働かないことは良くないこと」と捉えた場合、以下の4つのパターンを見て、どのような印象を持ちますか? 何か違いはありますか?
(1)親が非常に裕福で、働かないで悠々自適に暮らしている若者
(2)働きたくなくて、働かない若者
(3)夫の遺族年金と遺産で、働かずに生活している未亡人
(4)自ら発案した特許権による収入で働かずに生活している人
いかがでしょうか。どのパターンがよくて、どのパターンがよくない、と判断するのは、かなり個人の価値観によるのではないでしょうか。国・地域やその歴史、文化、自然環境や宗教観などによる違いも出てくるかもしれません。
次に、「賃金労働」について考えてみたいと思います。例えば「犬の散歩」を行うといった場合、
(1)家族が行う→無償(賃金ナシ)
(2)他人に依頼して行ってもらう→有償(賃金発生)
「犬の散歩」というまったく同じ「労働」でも、誰が行うかによって、統計上に表れる「経済活動」となるかどうかが分かれます。子育てや介護、家事労働全般にも同じことがいえます。仮に「働く=賃金労働」と捉えてしまうと、同じ「労働」であっても、誰が行うかによってその評価に違いが出てきてしまうのです。
また、さきほどの「働かない4つのパターン」も、仮にそれぞれが「ボランティア活動を行っている」と付け加えるとしたら、賃金労働はしていなくても、だいぶ印象が変わってくるのではないでしょうか。金銭を得られることのみが「働くこと(労働)」と捉えられやすいですが、現実社会はそうではないわけです。
「働くことが何であるか」を突き付ける
ここであらためて考えてみると、果たして「ベーシックインカム導入によって人は働かなくなる」と簡単にいえるものでしょうか。「働く」という概念そのものに個人間で違いが存在する中では、賛成と反対に意見が分かれてしまうのは、ある意味当然のことのように思えるのです。
ベーシックインカムの議論は、「働くことが何であるか」といった疑問を私たちに突き付けてきます。そもそもベーシックインカムの定義上「無条件に全員支給」というのがありますから、働ける人も、さまざまな事情があって働けない人も、すべて例外なくベーシックインカムの「当事者」です。ですから、おのずと議論が幅広くなり、さまざまな形の「働く」があっておかしくありません。
ベーシックインカムは「全員」に関わることなので、何かと議論が複雑になりやすい傾向があるように思います。当然といえば、当然なのでしょう。それだけに、いろいろな側面での議論を丁寧に深めていくことが、ひいてはいろいろな社会課題を浮き彫りにさせ、同時に解決策を考えるいい機会になのではないかと思います。
ベーシックインカムのポテンシャル
働く、働かないにかかわらず、ベーシックインカムを全員に支給するとしたら、その根拠をどこに求めたらいいのでしょう。私見ですが、それは「生きる権利」や「人間の尊厳」を守るモノではないかと思うのです。つまり、人は生きているだけで十分に価値があると思うからです。
お金がないと生きていけない、働かないとお金が得られない「いまの経済」下では、病気を抱えながらも必死に働かざるをえない、といった辛い生活を強いられかねません。あるいは、そういった状況に陥ることへの不安を抱えながら生活をしている人は数多くいます。不安やストレスは病気の要因にもなります。まさに負のスパイラルです。ここは変えていく必要があるのではないでしょうか。
加えて言うなら、いまの世界的な混乱は、この「経済」を変える大きなチャンスになりうると思うのです。私たち人間は、賃金労働のために生まれてきたわけではありません。ベーシックインカムは、「生きるために働く」から「やりがいのあることを仕事にする」に変えられるポテンシャルを持っています。ベーシックインカム議論がもっと進展し、「働くこと」について、あらためて考えるきっかけになるといいなと思います。
執筆者のプロフィール
八ツ井慶子(やつい・けいこ)
生活マネー相談室代表。家計コンサルタント(FP技能士1級)。宅地建物取引士。アロマテラピー検定1級合格者。城西大学経済学部非常勤講師。
埼玉県出身。法政大学経済学部経済学科卒業。個人相談を中心に、講演、執筆、取材などの活動を展開。これまで1,000世帯を超える相談実績をもち、「しあわせ家計」づくりのお手伝いをモットーに活動中。主な著書に、『レシート○×チェックでズボラなあなたのお金が貯まり出す』(プレジデント社)、『お金の不安に答える本 女子用』(日本経済新聞出版社)、『家計改善バイブル』(朝日新聞出版)などがある。テレビ「NHKスペシャル」「日曜討論」「あさイチ」「クローズアップ現代+」「新報道2001」「モーニングバード!」「ビートたけしのTVタックル」など出演多数。
▼生活マネー相談室(公式サイト)
▼しあわせ家計をつくるゾウ(ブログ)