血管に慢性的な炎症があると、知らないうちに動脈硬化が進み、脳の血管が詰まって脳梗塞を起こしたり、それが原因となって血管性認知症を招くこともあります。そんな血管の慢性炎症を抑えられれば、このような病気のリスクを減らせるわけです。それを防ぐ簡単な方法が、私のおすすめする「かかと落とし」です。【解説】鎌田實(諏訪中央病院名誉院長)
解説者のプロフィール
鎌田 實(かまた・みのる)
諏訪中央病院名誉院長。
1948年、東京生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、諏訪中央病院医師として、患者の心のケアも行う地域一体型医療に携わり、長野県を健康長寿県に導いた。諏訪中央病院院長を経て、現在は名誉院長。日本チェルノブイリ連帯基金理事長、日本・イラク・メディカルネット代表、地域包括ケア研究所所長、東京医科歯科大学臨床教授。著書に『がんばらない』など多数。
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▼地域包括ケア研究所(公式サイト)
▼鎌田實オフィシャルサイト
慢性炎症を抑えられれば病気のリスクが減る
認知症の一つに、アルツハイマー病があります。これはアミロイドβというたんぱく質が脳細胞に沈着し、脳が萎縮してしまう病気です。そのなかに、遺伝子が関係する「遺伝性アルツハイマー病」があります。
今年(2018年)の5月、この病気に侵された女性作家が主人公の、「蝶の眠り」という映画が公開されました。病気が進行する不安と闘いながらも、新しいことに挑戦し、自分らしく生きている主人公。その姿を美しく描いた、すてきな映画でした。
遺伝性アルツハイマー病は、遺伝子の変異によって、アミロイドβが異常に作られてしまう病気です。しかし、その遺伝子を持っていても、必ずしも発症するわけではありません。
遺伝子は、スイッチがオフになっていれば働かないといわれています。そのスイッチを入れる原因になるのが、慢性炎症です。
遺伝性に限らず、アルツハイマー病や血管性認知症、動脈硬化、糖尿病、ガンなどの病気は、慢性炎症が関係しているといわれています。
慢性炎症は、急性炎症のように、赤く腫れたり熱が出たりするような症状はありません。本人は元気なのに、体のどこかで炎症がくすぶっており、それがジワジワ進行して、突然、病気を発症します。
例えば、血管に慢性炎症があると、知らないうちに動脈硬化が進み、脳の血管が詰まって脳梗塞を起こします。それが血管性認知症を招くことがあります。しかし、慢性炎症を抑えられれば、そうした病気のリスクを減らせるわけです。
その簡単な方法が、立った状態で両足のかかとを上げて、同時にストンと落とす、「かかと落とし」です。
「かかと落とし」のやり方【基本編】
まずは、かかと落としのやり方を簡単にご紹介しましょう。
転倒を防ぐために、必ずいすやテーブルなどに手を添えてください。足は裸足でも、靴下や靴を履いたままでも構いません。
【回数】
*下記(2)~(4)を10回くり返すのを1セットととし、1日に3セットを目標に行う。
【かかとを上げる高さ】
2~3cmから始め、少しずつ高くする。体調や慣れに伴い、高さを調節する。
❶いすの背などに手を添えて、両足を肩幅程度に開き、背すじを伸ばして立つ。
❷つま先立ちになり、かかとを少し上げる。
❸さらにかかとを上げて、背すじをピンと伸ばす。
*腰が痛む人は、少し腰を曲げてもよい。
❹かかとをストンと床に落とす。
*重心をかかとにかけながら落とす。
*ひざが痛む人は、かかとを落とす際に膝を少し曲げるとよい。
★「ながらかかと落とし」のお勧め
・テレビを見ながら
・バス停でバスを待ちながら
・電車の中で手すりにつかまりながら
・台所で食事の支度をしながら
など
「かかと落とし」のやり方【レベルアップ編】
【回数】
*下記(2)~(5)を10回くり返すのを1セットととし、1日に3セットを目標に行う。
❶いすの背などに手を添えて、両足を肩幅程度に開き、背すじを伸ばして立つ。
❷かかとを床につけたまま、つま先をゆっくりと上げる。
*このとき、向こうずねの筋肉を意識する。また、腰を後ろへ引かないように注意する。
❸つま先を下すのと同時に、かかとを少し上げる。
❹さらにかかとを上げて、背すじをピンと伸ばす。
*ふくらはぎの筋肉を意識して行う。
❺かかとをストンと床に落とす。
*重心をかかとにかけながら落とす。
*ひざが痛む人は、かかとを落とす際にひざを少し曲げる。
血圧、血糖値が下がる効果
私は約10年前から、高齢者の骨粗しょう症対策として、かかと落としを勧めてきました。
実はその少し前、アフリカへ長旅に出て、マサイ族の男性といっしょにジャンプをしたことがあります。マサイ族の男性は、ジャンプの高さが、戦士としての評価につながります。彼らは、子供のころからジャンプの練習を行うので、その跳躍力はずば抜けています。そして、骨や筋肉がしっかりしているのです。
ジャンプで骨に衝撃を与えれば、骨を作る骨芽細胞が活性化して骨が丈夫になります。しかし、ジャンプは高齢者にとってリスクが大きい。そこで、誰にでも安全にできる方法として、このジャンプを応用したのが、かかと落としです。
かかと落としを患者さんたちに勧めるうちに、当初思っていた以上の効果が出ていることに気づきました。「2~3kgすぐにやせた」「血圧が下がった」「血糖値が下がった」という人が、続出したのです。
最近、それらのことが科学的に証明されてきました。
骨に衝撃を与えると、骨から作られる、「オステオカルシン(通称、骨ホルモン)」というたんぱく質が分泌されます。そのオステオカルシンが、膵臓のβ細胞に働きかけてインスリンの分泌を促し、血糖値を下げる働きがあるとわかったのです。
また、骨に衝撃を与えると、脂肪細胞から分泌される「アディポネクチン」という物質が増え、コレステロール値を下げたり、動脈硬化を防いだりする働きがあることも判明しました。
高血糖や高血圧は、慢性炎症を起こしやすくします。ですから、それらを防ぐかかと落としを行うことは、慢性炎症を抑え、認知症の発症を防ぐうえでも、有効だと考えられます。
そのほか、かかと落としを行うと、男性ホルモンのテストステロンが増えます。
男性は更年期を迎えると、テストステロンが減り、意欲が低下してうつ状態になることがあります。そんなときにかかと落としを行うと、テストステロンが増え、元気になれます。
女性も少量のテストステロンを持っています。それが少しだけ多く分泌されると、チャレンジ精神が旺盛になり、何事にも前向きになれるので、かかと落としは女性にもお勧めです。
このようにかかと落としは、骨粗しょう症だけでなく、高齢者がかかりやすい、心身の病気の予防・改善に役立つことがわかってきたのです。
下肢の血流がよくなり骨への衝撃も強くなる
私が勧めているかかと落としは、背すじを伸ばして立ち、両足のかかとを上げて3秒間維持したあと、同時にかかとをストンと落とします。3秒保つことで、ふくらはぎの筋肉が鍛えられて下肢の血流がよくなり、骨への衝撃も強くなります。
私の講演会では、必ず参加者の皆さんといっしょに、かかと落としを行っています。
私は、このかかと落としとスクワット始めてから約半年で、80kgだった体重が9kg減って71kgになりました(身長170cm)。ウエストも9cm締まって、おなかがペタンコになりました。
私は我慢する健康法は嫌いで、食べたい物は好きに食べています。それでもこれだけやせられたのですから、かかと落としの効果は称賛に値するものです。
例えば、台所仕事の合い間を利用して、かかと落としを行うといいでしょう。流しに手をかければ、転ぶ心配がありません。テレビを見ながら、バス停でバスを待ちながら、というふうに「ながらかかと落とし」で、1日に30回を目安に行うといいでしょう。
こうして、かかと落としを生活のなかに組み込んでいくと、だんだん体への意識が強くなるはずです。野菜をしっかりとるようになるなど、生活習慣もよい方向に変化していくでしょう。