WHOは近年、世界の若者(12~35歳)の約半数に当たる11億人が、長時間、大音量の音楽を聴き続けることにより聴覚障害になるリスクにさらされていると警告した。ヤマハの独自技術は、音量に応じて音のバランスを最適化し、耳への負担を抑えてくれる。そんな話題の商品を徹底解剖する!
話題の商品徹底解剖!ヤマハ株式会社「TW-E7A」のキーパーソンに訊け!
アップル「AirPods」の登場によって火がつき、大きな盛り上がりを見せている完全ワイヤレスイヤホン。市場では、数多くのメーカーがしのぎを削っているが、オーディオ業界の老舗であるヤマハも、2019年11月に参入を果たした。発表されたモデルの目玉機能として搭載された「リスニングケア」とは、どのような技術なのか。その仕組みや技術の背景、開発の裏にある思い、今後の展開などを商品企画の担当者に訊いた。
●キーパーソンはこの人!
ヤマハだからできる商品の差別化とは?
左右のイヤホンをつなぐケーブルがなく、それぞれが独立して動作する完全ワイヤレスイヤホンが人気だ。販売も好調で、市場にはさまざまなメーカーが参入してしのぎを削っている。
そんな中、オーディオ業界の老舗ヤマハも、2019年11月に完全ワイヤレスイヤホンを発表。ノイズキャンセリング機能を搭載するフラッグシップモデル「TW-E7A」など、3モデルがラインアップされた。
完全ワイヤレスイヤホン
TW-E5A
完全ワイヤレスイヤホン
TW-E3A
3モデルともにギターやクラリネットなどの楽器をモチーフにしたデザインを採用している。
この商品の企画がスタートしたのは2019年4月。完全ワイヤレスイヤホンの市場が盛り上がりを見せ始めたのは2017年の半ばごろだったので、市場参入のタイミングとしてはかなり後発だ。その理由について、商品企画を担当する湯山雄太さんは次のように話す。
「完全ワイヤレスの商品を開発するに当たって、他社とは差別化できる”ヤマハならではの商品”とはどんなものかを社内で議論したのですが、これをまとめるのに時間がかかってしまいました。ヤマハが持つ技術的な強みを前面に出すという意見もあったのですが、最終的には、ユーザーのニーズを取り入れる方向性になりました」
そのニーズとは「大音量で長時間、音楽を聴き続けることで聴覚に障害が起こるリスクから耳を守りたい」というもの。そして、それにこたえて開発されたのが「リスニングケア」機能だ。ヤマハの独自技術で、音量に応じて音のバランスを最適化し、耳への負担を抑えてくれる。
「耳を守りたいというニーズが調査によって浮かび上がったときは、正直にいうと、それを取り入れたとしても商品の売りになるのかという疑問も持ちました。ただ、聴覚障害は深刻な問題で、そうなってしまったら音楽を楽しめなくなってしまいます。音楽文化を何より大切にして事業活動を行っているヤマハにとって、この問題への対策を打ち出すことは意義が大きいと考え、リスニングケアの開発を決めました」
正直、最初は「売るためのポイントにはならないかも」と感じました。
ちなみに、WHOも近年、世界の若者(12~35歳)の約半数に当たる11億人が、長時間、大音量の音楽を聴き続けることにより、聴覚障害になるリスクにさらされていると警告している。この聴覚障害は、現在の医学では治すのが難しいとされており、社会全体で取り組むべき問題であるのは間違いない。
AVアンプに使われる技術の資産を応用
さて、商品の方向性が決まると、開発チームの動きは迅速だった。企画スタートから約半年でリリースという開発期間は、ヤマハでも前例がないスピード感だという。
「現在、完全ワイヤレスイヤホンの市場は動きが非常に速く、各メーカーが最新技術をすぐさま商品に投入するのは当たり前になっています。ヤマハとしても、同じことを実現できないと市場では戦えないという危機意識がありました」
とはいえ、危機意識だけでは開発スピードは上がらない。今回の目玉機能であるリスニングケアを短期間で開発できた背景には、ヤマハがこれまでに培ってきた資産があった。
「リスニングケアは、どんな音量で聴いたとしても、最適な音のバランスを提供する機能です。ベースになったのは、ヤマハのAVアンプに搭載されている『YPAOボリューム』という技術。これは、音量と連動して低音や高音のバランスを自動調整するもので、これをイヤホン用にチューニングしたのがリスニングケアとなります」
人間の耳は音量によって聴こえ方が異なる。通常、音楽を小さな音量で聴くと、低音域の迫力が不足したり、高音域が聴こえづらくなったりする。これはイヤホンやヘッドホンのみならず、スピーカーでも経験したことがある人は多いだろう。
リスニングケアでは、音量の段階ごとにイコライザーのパラメーターをあらかじめ調整。ユーザーが音量を上げ下げすると、その音量に応じたイコライザー設定に自動で切り替える。つまり、音量を小さくすると低音や高音が聴こえにくくなるところを、補正をかけてくれる仕組みというわけだ。
ノイズキャンセリングや左右独立通信などのトレンドも押さえてます。
ドラムやボーカルがしっかりと聴こえる
今回の取材では、リスニングケアのオン/オフを切り替えながら曲を聴くデモを体験した。
まず、リスニングケアをオフにして小さな音量で聴くと、音場が狭くてこもったようなサウンドだ。オンにすると、ドラムやボーカルなどがしっかりと聴こえるようになり、音場に広がりが生まれた。その差は歴然で、非常に驚かされた。これであれば、必要以上に音量を上げることは確かに少なくなるだろう。
リスニングケアは、完全ワイヤレス3モデルだけでなく、同時発表されたワイヤレスイヤホン2モデルにも搭載されている。一般的には、独自機能を開発したらフラッグシップモデルにだけ搭載することも多いため、これは珍しいケースだといえる。
「今回、リスニングケアを全モデルに搭載したことの根底には、『ユーザーさんに音楽を深く、長く楽しんでほしい』というヤマハが大切にしている思いがあります。また、音楽を演奏する人にも聴く人にも距離感が近いヤマハだからこそ、耳のケアという問題意識がユーザーさんに説得力を伴って届くのではないかという自負もあります。リスニングケアの機能ブラッシュアップも続けていくつもりです」
最後に、ヤマハのワイヤレスイヤホンの今後の展開を聞いた。
「ワイヤレスイヤホンは、通信や充電の方式などで最新技術が次々と出てくるジャンルですので、当然、それらを盛り込むことは今後もやっていきます。それと同時に大切にしていきたいのは、ユーザーさんがイヤホンを使うシーンに寄り添った商品開発という視点です。機能性やデザイン、使い勝手などの面で、人に寄り添う商品作りを続けていきたいと考えています」
Memo
今回の記事ではリスニングケアにフォーカスしたが、ノイズキャンセリングや左右独立通信テクノロジー、ワイヤレス充電など、現在のトレンドもしっかりと盛り込まれていることも注目だ。
※価格はすべて税抜きです。
◆インタビュー、執筆/加藤肇(フリーライター)