大阪~名古屋間を結ぶ近鉄特急に、この春から新型車両「ひのとり」がデビューした。注目度バツグンのこの列車に、乗り鉄趣味のライター天野透が乗車したので、早速レビュー。まずはプレミアムシート編から。
東京~大阪間の移動に、名古屋でちょっと一息
「東京~大阪間を移動する際に検討する移動手段は何?」と問われると、多くの人がまず東海道新幹線を挙げるだろう。普通車運賃で14,000円ほどという世界最古の高速列車は、10分に1本以上の列車が朝から晩までひっきりなし走り続けており、世界に類を見ないこの超多頻度運行で圧倒的な利便性を日本社会に提供し続けている。
その他の移動手段はと言うと、羽田~伊丹間の空路が対抗馬筆頭に挙がり、コスト重視のトラベラーは同じ空路でも成田や関空などからLCCを利用したり、あるいは昼夜を問わず多数走っている高速バスなどを選択したりする、といったところだろうか。端的に言うと「お高いけど速くて快適」か「遅くて狭いけれどとにかくお安い」といった選択が一般的だろう。
もしその旅程に半日から1日のゆとりが持てるならば、実は「コストも時間もそこそこかかるけれど、とにかく快適」という第3の選択肢がある。ズバリ、大阪~名古屋間の近鉄特急だ。しかもこのルート、今年に入って新型特急「ひのとり」がデビューし、魅力がかなり増した。
本業のオーディオだけでなく乗り鉄趣味も持ち合わせる筆者、鉄道趣味的にも結構面白いこのルートを使って、つい先日実家へ帰省した。ということで近鉄特急の新時代を、まずはプレミアムシート編からミッチリとレビューする。
日本最大の私鉄ネットワーク、近鉄の新しい顔
「ひのとり」の愛称が付いた80000系車両(以下、ひのとり)が走るのは、大阪~名古屋間の巨大都市圏を結ぶ近畿日本鉄道(近鉄)の大幹線。同社の中心的存在であるこの路線は昔から“名阪甲特急”と呼ばれており、ダイヤも大阪圏のターミナル3駅(大阪難波/大阪上本町/鶴橋)と近鉄名古屋しか停車せず、途中駅をすべて通過するという大都市間直通を基本としている。
それだけに名阪甲特急に対する近鉄の力の入れようは並々ならぬものがあり、沿線の中核都市に細かく停車する“乙特急”と区別されてきた。充当車両も古くは2階建て車両の10100系「ビスタカー」や、12000系「スナックカー」、21000系「アーバンライナー」といった各時代を代表するものが担ってきた。
ひのとりはそんな名阪間速達列車専用の最新車両。伊勢方面へ向かう“名伊特急”や“阪伊特急”、“京伊特急”などとともに、これからの近鉄における顔となる存在だ(余談だが伊勢志摩方面は50000系「観光特急しまかぜ(以下、しまかぜ)」が顔として活躍中で、2016年の伊勢志摩サミットや、2019年に天皇陛下が伊勢神宮へ御参拝なさった際のお召し列車などで運転実績がある)。
ゆくゆくは名阪甲特急がすべてひのとりに
ひのとりデビューは2020年3月14日。当初は6両3編成で運転していたが、6月までに6両4編成を増備し、6月13日からは1日6往復から平日に1日10往復、土・休日に1日11往復を運転している。また昨今の社会情勢で土・休日の大阪難波~近鉄名古屋間6本(3往復)が運休していたが、同日からすべて運転を再開。最終的には6両編成8本、8両編成3本の、全11本72両を投入する。
編成定員は6両が239人、8両が327人で、これらが揃うと現状21000系「アーバンライナーplus」などで運転されている名阪甲特急をすべて置き換える予定だ。
また、ひのとりデビューに伴って名阪甲特急の停車駅に三重県の津が加わったが、名阪間の運転時間は基本的に2時間で変わらない。更に一部列車は奈良県の要となる大和八木にも停車する。因みに平日に1日2往復というごく少数ながら、奈良行き“阪奈特急”の一部にも充当されている。
都市にも山間部にも溶け込む真紅のエクステリア
ひのとりの外観はバーミリオンレッドの深い紅を基調に、濃いゴールドのラインが入る。直線を基調とした造形で、カラーリングと相まって落ち着いた雰囲気を出している。大きく緩やかな曲面を持つ前面ガラスとピラーでまとめられた先頭車両のシルエットは、21000系アーバンライナーの正統進化デザインに見える(鉄道仲間の知人と話をしていると、小田急70000型車両「GSE」にソックリだとも言っていた)。
主な路線となる奈良県内は山あいの渓谷や田園地帯が多いが、そういう風景の雰囲気を壊すこともなさそうに筆者は感じる。大阪や名古屋といった都心部も、品のある色と引き締まった造形が都会の景色に華を添えることだろう。
大人のくつろぎ、プレミアムシート
ひのとりには一般席「レギュラー車両」と上級席「プレミアム車両」が用意されており、各編成両端のプレミアム車両2両でレギュラー車両を挟み込むという構成になっている。大阪難波~近鉄名古屋間の料金は、運賃の2,410円に特急料金の1,930円、更にひのとりプレミアムシート車両特別料金の900円が加わって、合計5,240円だ。
今回筆者は、近鉄名古屋発となるゆき行程をプレミアムシートに、大阪難波発となる帰り行程をレギュラーシートにそれぞれ乗車した。ゆき行程は6月初旬の平日で、近鉄名古屋11時ちょうど発ひのとり61列車だったが、平日昼間の便でコロナ自粛明けという社会状況にも拘わらず、筆者が乗車したプレミアムシートは名阪間を通して満席だったのには流石に驚いた。近鉄が並々ならぬ熱量で作り上げた新車の高い注目度が伺える、そんなワンシーンだった。
車内は落ち着きと快適のリビングスペース
プレミアム車両のインテリアはシックなトーンの落ち着いた配色を採用しており、クリムゾンレッドを基調とした暖色系でまとめられていた。天井やシート周りには木目パネルを配置し、床は赤と茶色のチェック柄カーペット張りだ。
客室は一般的な車両よりも高床のハイデッカー仕様。加えてUVカットの大窓で、とにかく眺望がバツグンに良い。座席に腰掛けて窓を見れば、窓上辺の枠が見えないという程の大きな窓のお陰で、日中の車内は外光がよく入ってとても明るい。
座席配列は各列1+2席の7列配置で、1車両にわずか21席の贅沢仕様。最前列は展望座席となっていて、しばらくはチケット争奪戦必死だろう。近鉄の特急券は発車日1ヵ月前の10時半に発売される(昨今の影響で6月いっぱいまでの発売日は1週間前だった)ので、どうしてもと言うならば“10時半打ち”(発売日時の予約申し込み)が必要かもしれない。
客室車端部の天井には液晶パネル2面の案内板が配されており、行き先、停車駅の時刻表(乗り換え案内)、車内案内、時事ニュース、文字広告などが流れる。車内は近鉄のフリーWi-FiとWi2の会員制Wi-Fiを完備。回線速度は10Mbps以下だが、筆者が試したところトンネル内でも通信は可能だった。ただし安定回線を求めるならば、自前のモバイル通信を使う方がいいだろう。
考えうる限り最高級のシート設備
シートはクリーム色が濃いめの本革張りで、布張りのヘッドレストはにひのとりオリジナルロゴがあしらわれている。このヘッドレストがなかなかグッドアイデアで、上下の稼動に加えて、逆三角に曲げることが出来る。左右が曲がるというのはままあるが、この逆三角は首の据わりが良い。
アームレスト部分にはシートを統合操作するパネルがあり、頭部と脚部の独立操作、双方合わせた一体操作のどちらも可能。シートヒーターと読書灯のスイッチもここだ。反対側のアームレストの木目パネルを前に引くとカップホルダーが出てきて、更にこの前面にはAC100V電源用意されている。操作パネル側アームレストの中には、アッパークラスシートでよく見る2つ折りタイプの折りたたみテーブルが収納されている。因みにしまかぜのシートにあった腰部分マッサージ機能は非搭載だ。
カーテンは電動式で、柱部分のスイッチで操作する。これはしまかぜや23000系「伊勢志摩ライナー」の特別席“サロンカー”と同様だ。そのほか一人席には壁際に、二人席には前席の間に、それぞれマガジンラックを装備しており、車内案内パンフレットが入っている。荷物の多い筆者が地味に嬉しかったのは、柱部分と前席シェルを含めて、荷物をかけるフックが4本あったこと。ジャケットと軽食を引っ掛けても、まだまだ収納スペースがある。
上質な乗り心地で、後ろを気にせず目一杯のびのび
肝心のシートの座り心地は極めて良好で、観光特急しまかぜのそれ同様に程よくクッションの効いており、体圧分散も良好の実に良い据わりだ。電動リクライニングによるシート変形で傾斜はかなり緩やかになり、しかも後ろに倒れる従来タイプではなく前面にスライドするバックシェルタイプのリクライニングなので、座席操作に後席のスペースを気にしなくて良い。ひのとり最大のウリがこの全席バックシェルシートだ。
全席との座席間隔を示すシートピッチは驚愕の1300mm。驚くなかれ、これはJR東日本新幹線車両の「グランクラス」と同じ数値だ。JAL/ANAの国内線上級クラスともほぼ同じで、これはもうとにかく超広い。席にしっかり着けば足を伸ばしても前に届かない。
またプレミアム車両の2両には台車に電動式のフルアクティブサスペンションを装備しており、不快な横揺れを打ち消している。その効果はなかなか見事で、横揺れに関しては直線でも曲線でもかなり少なかった。縦揺れはレールの継ぎ目で若干感じるが不快なレベルではないし、ポイント通過時の急カーブなどは若干の横Gを感じものの、一般的な車両のそれとは比較にならないほど穏やかだ。発車時も停車時もGのかかり方が極めて穏やかで、滑るように動き出してクッションを挟んだように止まる(これは運転士のウデによるところもあるだろう)。
乗り心地に関していうならば、しまかぜと言いひのとりと言い、最新の近鉄特急車両は本当に快適で、下車時の疲れなど全くと言って良いくらい感じない。この快適さ、正直言って乗車時間たったの2時間程度では勿体ない。
カフェスポットなどの共用設備は工夫がほしい
以前は近鉄特急でも車内販売があったが、現在ではしまかぜを除いて廃止されてしまった。その代わりと言っては何だが、ひのとりプレミアム車両のデッキ部分には、有料のカフェスポットが用意されている。ここには粉末ココアやダージリンティーのティーバッグ、お茶菓子などを販売する自販機と、有料のコーヒーメーカー、無料の紙コップ/フタ/マドラーと、砂糖や粉末クリームなどが揃っている。
コーヒーは豆牽きタイプで香りがたち、味はまずまず良好。ここ数年で一気にレベルを上げたコンビニコーヒーと同等程度、といったところだろうか。お湯は無料で提供しているので粉末飲料の持ち込みが出来そうだが、カップ麺をつくるのはやめておこう。自販機に関しては不満があり、お茶菓子のラインナップはクリームサンドとソイジョイ。しかもコーヒーメーカーも自販機も現金のみで、ICカードは使えない。
座席のプレミアムさとは打って変わってなカフェスポットの内容、これは正直言ってもう少し気を利かせてほしいところだ。乗車の際には、(コーヒーはともかく)名古屋駅や難波駅などのデパ地下でお茶菓子やおつまみ、あるいはアルコールなどを事前に調達しておくと良いだろう。
カフェスポットの反対側にはスーツケース用ロッカーを6基配置してある。うち2基は鍵式で、4基はICカード式。空港で預け入れが必要な特大スーツケースでもなければ、ここのロッカーに入るはずだ。
ハードは最高級。でもソフトはもっと良くなるはず
実際にプレミアム車両へ乗車しての筆者の評価は「車両設備やシートはほぼ満点」だ。明るく静かな車内は穏やかに揺れ、三重・奈良を移ろう自然豊かな車窓は延々と眺め続けて飽きること無く、疲れ知らずのフカフカシートに身を預ければ、どこまでもゆったりと時間が流れる。大人が静かに休みを取るための空間として、徹底的に考え抜かれた設備が整っている。
車両設備としてはおそらくこれ以上は無い、そのくらいには素晴らしい。前述の通り乗車時間は2時間で、例えばビジネスマンが仮眠を取るには最高の環境だろう。これでブランケットの貸し出しでもあれば、もうグッスリだ。ただしサービスという大枠で考えると、まだまだ良くなる余地があるだろうと筆者は感じた。これは主に人的サービスの面の話だが、詳細は帰り行程となるレギュラーシート編の末尾で、総括として考えてみたい。