「写真家によって考案された、写真家のための究極のレンズ」をコンセプトとする新興レンズブランド・アイリックス初の標準レンズがIrix 45mm F1.4 Dragonflyです。このIrix 45mm F1.4 Dragonflyを使い、各種チャートや風景などを撮影する機会を得ましたので、描写性能や特徴などを徹底的にレビューしていきます。
執筆者のプロフィール
齋藤千歳(さいとう・ちとせ)
元月刊カメラ誌編集者。新しいレンズやカメラをみると、解像力やぼけディスク、周辺光量といったチャートを撮影したくなる性癖があり、それらをまとめたAmazon Kindle電子書籍「レンズデータベース」などを出版中。まとめたデータを元にしたレンズやカメラのレビューも多い。使ったもの、買ったものをレビューしたくなるクセもあり、カメラバッグなどのカメラアクセサリー、車中泊グッズなどの記事も執筆している。目下の悩みは月1以上のペースで増えるカメラバッグの収納場所。
アイリックス初となる標準単焦点レンズの実力はいかに?
豪華で大柄なIrix 45mm F1.4 Dragonfly
今回紹介するIrix 45mm F1.4 Dragonfly は2020年6月17日に日本国内での販売が開始されました。日本国内の取扱いはKPI(ケンコープロフェショナルイメージング)となっています。
アイリックス(Irix)は設計をスイス、マーケティングはポーランド、製造は韓国で行っているユニークな新興レンズブランドです。ご存じない方も多いかもしれませんが、新興ブランドながら150mmのマクロレンズに、11mmと15mmの広角レンズを発売しており、すでに広角レンズは星景撮影などで高く評価されています。
広角レンズについては、別記事でレビューしていますので、ご覧いただけると幸いです。
そんな注目の新興レンズブランド、アイリックスの4本目となるレンズが「Irix 45mm F1.4 Dragonfly」です。同ブランド初の標準レンズになります。
キヤノン EF、ニコン F、ペンタックス Kマウントに対応するものがそれぞれ用意され、大きさはΦ87×103〜105mm、質量約905〜925g(マウントによる差があります)です。レンズ単体で1kgに迫る大ぶりな一眼レフ用レンズとなっています。
レンズ構成は9群11枚、HR(高屈折率)レンズ4枚、ED(特殊低分散)レンズ1枚、ASP(非球面)レンズ1枚が使われており、使用レンズの半分以上が特殊レンズという豪華な仕様です。また、ぼけの美しさに配慮して、9枚羽根の円形絞りが採用されています。
今回は、アイリックス初となる大口径標準単焦点レンズIrix 45mm F1.4 Dragonflyの実力を、詳細に解説していきます。本稿は、Amazon Kindle電子書籍『Irix 45mm F1.4 Dragonfly レンズデータベース』を制作する際に、Canon EOS 6D Mark IIを使って筆者が撮影した、解像力やぼけディスクなどの実写チャートを元にしています。
解像力
絞り開放時の中央部のにじむようなソフト描写が特徴
Irix 45mm F1.4 Dragonflyは、35mm判フルサイズ対応の一眼レフ向けのレンズです。しかし、2020年発売の最新レンズなので、35mm判フルサイズミラーレス一眼の最新レンズと同じように、絞り開放から画面全体に高い解像力を発揮するタイプのレンズだと想定していました。いわゆる光学的に高性能な優等生タイプのレンズだと予想していたのです。
しかし、単純な優等生的レンズではありませんでした。絞り開放から全体的な解像力も高いのですが、注目したいのは絞り開放のF1.4付近では画面周辺部よりも中央付近でにじむようなソフトな描写が得られるという独特の傾向を示します。
開放F値が非常に明るいレンズにおいて、開放付近でにじむようなソフトな描写を示すレンズは珍しくありません。しかし、その場合は中央部以上に周辺部がにじむことが多いのです。
開放付近で中央部がにじむようにソフトな描写になるのは、おそらくレンズ設計時からの確信犯的なものなのでしょう。
また、開放から絞っていくと素直に解像力が増すタイプのレンズで、F2.8以降は周辺光量落ちの影響も消え、中央部分はもちろん、周辺部まで解像力が高く、とてもシャープです。解像力のピークはF8.0からF11あたりで、周辺部までしっかりと解像する高性能な標準単焦点レンズといえます。
歪曲収差はわずかにタル型が発生しますが、絞り開放のF1.4から周辺部分にも気になる色収差は観察されません。
解像力のチェック方法
レンズの解像力は選択する絞り値でも変化するので、各絞り値でA2サイズの小山壮二氏オリジナル解像力チャートを撮影し観察しています。
周辺光量落ち
ちょっと絞れば問題のないレベル
Irix 45mm F1.4 Dragonflyは、開放付近で予想以上に大きな周辺光量落ちが発生します。特に開放のF1.4では影響が大きいので、気になるシーンではRAW画像も撮影しておき、RAW現像時などの後処理で対応する必要があるでしょう。ただし、本レンズの周辺光量落ちは絞ると大きく改善するタイプです。F1.4から絞るほどに減少し、F2.8でほぼ気にならないレベルに、F4.0以降は周辺光量落ちを気にする必要を感じません。
周辺光量落ちが気になる撮影条件では、基本的にちょっと絞れば問題ないといえます。
周辺光量落ちのチェック方法
周辺光量落ちは、フラットにライティングした半透明のアクリル板を各絞りで撮影し、観察しています。
ぼけ描写
ぼけの形は美しいが「玉ねぎぼけ」が気になる
Irix 45mm F1.4 Dragonflyは9枚羽根の円形絞りを採用していますので、絞り開放時のぼけの形は真円に近く、とても美しい傾向です。ただ、F2.0以降で絞りのカクツキが目立ちはじめるので、ぼけの形を重視する場合は開放付近での撮影をおすすめします。ぼけの質については、基本的になめらかで上質です。
気になるのは、非球面レンズなどの影響で発生するという「ぼけの中の同心円状のシワ」です。玉ねぎの断面に似ていることから、「玉ねぎぼけ」などと呼ばれます。
また、ぼけディスクチャートの円のフチに色付きが発生しているのも少し気になります。
ぼけ描写のチェック方法
ぼけ描写は、画面内の点光源を撮影して発生する玉ぼけの描写、ぼけディスクの様子を観察して、ぼけの形、なめらかさ、美しさなどをチェックしています。
最短撮影距離と最大撮影倍率
一般的な50mm単焦点よりわずかに寄れる印象
一眼レフ向けの50mm単焦点レンズの一般的な最短撮影距離は45cm前後で、最大撮影倍率は0.15倍程度です。Irix 45mm F1.4 Dragonflyの最短撮影距離は40cm、最大撮影倍率は非公開となっています。とはいえ、一般的な50mm標準レンズと同程度の最大撮影倍率であろうと予想し、チャートを撮影しました。
実際にチャートを撮影した結果は0.15倍から0.2倍の間で、やや0.2倍寄りでした。一般的な50mm標準レンズよりも、わずかに近接撮影に強いといえます。
最大撮影倍率と最短撮影距離のチェック方法
切手やペン、コーヒーカップなどが実物大になるように印刷したプリントを複写して、最短撮影距離での描写を確認しています。
実写と結論
写真家のための究極のレンズ
アイリックスのブランドコンセプトは「写真家によって考案された、写真家のための究極のレンズ」です。実際に使ってみてIrix 45mm F1.4 Dragonflyは、このコンセプトに忠実に設計したのではないかと思っています。
レンズは光学性能的にいうなら、絞り開放からしっかりとシャープで、周辺光量落ちなどもないのが理想的です。しかし、撮影することだけを考えると、絞り開放で撮影するようなシーンは背景などを大きくぼかし、主役を強調したいことが多いのです。ピントを合わせた部分とぼけた部分がはっきりするなら、さほど高い解像力を求めないシーンも多いでしょう。ポートレートや花などの撮影なら、開放時の描写は芯さえあれば、やわらかいほうがよいくらいです。
Irix 45mm F1.4 Dragonflyの絞り開放時の周辺光量落ちは、中央部に配置した被写体をより強調し、写真を見る人の視線を中央に誘導する効果があります。また、にじむようなソフトな描写も、開放での撮影時には大きな問題ではありません。それどころか、女性ポートレートの撮影などでは大きな魅力となるシーンも多いでしょう。
一方、絞りを絞って撮影するシーン、例えば風景や建築などでは、画面全体に均一な描写性能が必要になります。画面の端までしっかりと解像し、周辺光量落ちなどの影響も排除したいわけです。例えば、上記の風景写真でも、青空の四隅が周辺光量落ちで暗くなったり、画面内の木々がぼやけたりしてほしくありません。Irix 45mm F1.4 Dragonflyはそんなシーンにもしっかり対応し、絞ると周辺光量落ちは消え、画面の端まで高い解像力を発揮します。
まとめ
絞り開放では、より主役が目立つように周辺光量が落ちて描写はやわらかく、絞ると画面全体に均一で高精細。まさに、撮影者(写真家)の欲求を満たすことを優先して設計されているように感じます。光学性能の追求よりも、撮影者を優先したコンセプトで設計されたレンズといえるのではないでしょうか。
13万円を越える実勢価格のマニュアルフォーカスレンズであり、開放と絞ってからではレンズ描写が変化することを理解して使う必要があるため、初心者向けのレンズではありません。しかし、描写特性を理解して使うと、非常に使いやすい常用レンズになる魅力的な1本です。
(写真・文章:齋藤千歳 技術監修:小山壮二)