“一瞬のシャッターチャンスを捉える”事は、写真撮影の醍醐味のひとつです。そういった一瞬を捉える場合も含め、一般的な撮影ではある程度の高速シャッターが求められます。でないと、動きのある被写体はブレて写りますし、カメラブレが起きる危険性も高まります。その一方で、あえて低速シャッターを使用して“独特な動感描写”を追求する事も、写真の醍醐味と言えるでしょう。低速撮影って簡単にできるの? どのくらいの低速シャッターに設定すればいいの? どんな描写や表現が得られるの? それらの疑問や可能性について解説していきたいと思います。
執筆者のプロフィール
吉森信哉(よしもり・しんや)
広島県庄原市生まれ。地元の県立高校卒業後、上京して東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)に入学。卒業後は専門学校時代の仲間と渋谷に自主ギャラリーを開設し、作品の創作と発表活動を行う。カメラメーカー系ギャラリーでも個展を開催。1990年より、カメラ誌などで、撮影・執筆活動を開始。無類の旅好きで、公共交通機関を利用しながら(乗り鉄!)日本全国を撮り続けてきた。特に好きな地は、奈良・大和路や九州全域など。公益社団法人 日本写真家協会会員。カメラグランプリ2021選考委員。
意図的に低速シャッターに設定する
低速シャッター(スローシャッター)の定義は曖昧です。1/30秒より遅い速度とされていたり、1/10秒より遅い速度とされていたりします。今回は、水の流れや風に揺れる枝などがブレて“動感”や“独特の描写”になる事を想定します。そこで、シャッターダイヤル上にもある「1/8秒」をひとつの目安と捉え、これよりも遅い速度を低速シャッターとして考えたいと思います。
では、低速シャッターに設定するには、どういう手順が必要になるでしょうか。撮影モードに関しては、4つの基本露出モード(プログラムオート:P、シャッター優先オート:SまたはTv、絞り優先オート:AまたはAv、マニュアル:M)の、どれを選んでも設定は可能です。まあ、一般的には「シャッター優先オート」を選ぶと良いでしょう。この露出モードでは、撮影者が任意のシャッター速度に設定すると、適切な露出レベルになるようにカメラが自動的に絞り値を調整してくれるのです。
低速シャッターに設定する前に、やっておきたい事があります。それは“ISO感度を低く設定しておく”という事です。最低感度のISO100や200など(カメラ機種によって数値は異なります)に設定しておけば、低速シャッター撮影で露出オーバーになるのを減らす事ができます。そして、使用するカメラやレンズに手ブレ補正機能が備わっていない場合や望遠域での撮影では、カメラブレを防ぐために三脚を用意する必要もあります。
シャッター速度による水流描写の変化
一口に「低速シャッターで水の流れを大きくぶらす」と言っても、その描写は使用するシャッター速度によって変わってきます。そこで、シャッター速度を変えながら、描写の変化をチェックしてみましょう。まず、参考のためプログラムオートで撮影し、その後はシャッター優先オートで1/4秒から2段刻みで4秒まで撮影します。
ちなみに、現場の状況は“日中の晴天日陰”。撮影機材は「35ミリ判フルサイズミラーレス+70-300mm望遠ズームレンズ」。三脚を使用。感度設定はすべてISO100(常用感度の最低値)です。
1/25秒(プログラムオート時)
1/8秒
1/2秒
2秒
最初の方で「今回は1/8秒より遅い速度を低速シャッターとして考える」と述べました。そして、滝の水流を実写してみた結果も、このあたりの速度から低速シャッター特有の“糸を引くような描写”に近づいています。ただし、欲を言えば、もう少し滑らかさが欲しいところ。ですから、こういった被写体で理想的な描写を求める場合には、1/2秒から1秒くらいの低速シャッターに設定したいところです(もちろん、それ以下の速度でも良いですが)。
日中撮影はNDフィルターで対応
通常、明るい日中の撮影では、あまり遅いシャッター速度には設定できないでしょう。ISO感度を最も低い値に設定して、レンズの絞りをめいっぱい絞っても、露出オーバーになってしまうからです(写真の明るさは、シャッター速度・絞り値・ISO感度の3つの要素の組み合わせで決まります)。また、多くのカメラでは、絞りをめいっぱい絞ると回折現象(※)によって、シャープ感の低下が目立つようになります。
そういった露出レベルや描写の問題が、簡単に解消できるアイテムがあります。それが「NDフィルター」です。このフィルターをレンズ前面に装着すれば、色調や階調再現を保ちながら、光量を減らす事ができるのです。ちなみに「ND」は、Neutral Density(ニュートラルデンシティー:中立な濃度)の略になります。
NDフィルターは、強度(濃さ)の違う製品が発売されているので、光量をどの程度減らしたいかを考えながら選びましょう。その強度は「ND」に続く数値で示されています。ND2は1/2に減光(1絞り分)、ND4は1/4に減光(2絞り分)、ND8は1/8に減光(3絞り分)、ND16は1/16に減光(4絞り分)…という効果になります。
※回折現象:レンズ絞りの絞り込み過ぎによるシャープ感が失われる現象。「小絞りボケ」とも呼ばれている。一般的に、F16よりも絞り込む場合は、そのリスクを念頭に置く必要があるだろう。なお、この現象を低減させる独自の画像処理技術を採用するメーカーもある
1/8秒(通常撮影)
2秒(NDフィルター使用)
NDフィルターで日向の水流を幻想的に
夜間のスナップ撮影
日中よりも極端に光量が少ない夜間は、低速シャッター撮影には“うってつけの状況”と言えます。そして、現在のカメラやレンズには、手ブレ補正機能を搭載する製品が数多くあります。そのため、三脚を使用しなくても、気軽に夜間のスナップ撮影が楽しめるのです(もちろん、手ブレ補正機能のないカメラとレンズの組み合わせでは、三脚は必須アイテムになります)。カメラやレンズの手ブレ補正機能が優秀ならば、広角や標準で1/2秒や1秒の手持ち撮影も可能になるでしょう。
夜間の低速シャッター撮影では“動く乗り物のライト”が、重要な作画ポイントになってきます。もちろん、動く人もブレて描写されますが、画面上に走る車やバイクが入れば、暗い夜景に“明るくて鮮やかな光跡”を写し込めます。それによって、肉眼とは異なるドラマチックな描写が得られるのです。
強力な手ブレ補正機能で4秒の手持ち撮影
1秒前後の速度で“夜の風車”を幻想的に描写
NDフィルター機能を搭載するカメラ
明るい日中の低速シャッター撮影では、NDフィルターが必須アイテムです。…と、述べてきましたが、そのフィルターワークに頼らなくても同様の効果が得られるカメラがあります。
それは「オリンパス OM-D E-M1X」です。このカメラに搭載される「ライブND」という機能を使用すれば、NDフィルター使用時のような写真を撮る事ができるのです。この機能をオンに設定すると、複数の画像が合成されて疑似的に露光時間が延ばせます。その結果、露出オーバーにならずに、低速シャッター時のような被写体ブレの効果が得られるのです。
なお、効果の段数はND2(1段分)からND32(5段分)の5段階から選択する事ができます。また、その低速シャッターの効果は、撮影の前にファインダー上で確認することも可能です。
この革新的な新機能を活用すれば、撮影シーンや使用レンズでフィルターを着脱する手間が省けます。また、フィルター装着が難しいレンズ(超広角ズームレンズのM.ZUIKO DIGITAL ED 7-14mm F28 PROなど)でも、簡単に低速シャッター効果を生かした写真が撮れるのです。
※ライブ使用時の制約:フラッシュ禁止。ISO感度の上限は800。設定シャッター速度の最高値はND2設定時1/30秒で、ND設定段数が上がると最高値はより低速になる
※2021年3月現在:ライブND機能はOM-D E-M1XとOM-D E-M1 Mark IIIの2機種に搭載されている
まとめ
多くの写真撮影では“一瞬を写し止める”事が求められます。動く被写体がブレたり、カメラブレが起きると、多くの場合は“不鮮明な失敗作”になってしまうからです。しかし、今回紹介した「低速シャッター撮影」は、それとは反対の撮り方と描写によって、通常の写真とは異なる描写・表現が目指します。
「低速シャッター撮影は何だか難しそう」そう思う人もいるでしょう。しかし、今回説明してきた通り、ISO感度設定、シャッター優先オートで速度の設定(絞り優先時は絞り値設定による速度調整)という準備をしておけば、割と簡単に撮影できます。ただし、明るい日中の撮影ではNDフィルターを用意し、極端に遅い速度ではカメラブレ対策として三脚も用意する(手ブレ補正機能のある機材でも)といった準備は必要になります。
また、撮り方はそう難しくなくても、被写体の動きやシャッターを切るタイミングによって、撮影結果は変わってきます。思い通りの描写(ブレ具合)にならなかったり、思いがけないユニークな描写が得られたり…。そういった“意外性”も、低速シャッター撮影の魅力と言えます。
撮影・文/吉森信哉