日本小児心身医学会が作成した「小児起立性調節障害診断・治療ガイドライン(以下「ガイドライン」)が推奨する治療法は6種類あります。症状によって、これらの治療方法を組み合わせながら段階的に行っていきますが、日常生活における注意(非薬物療法)は、必ず指導します。どのようなものか説明しましょう。【解説】田中英高(OD低血圧クリニック田中院長)
本稿は『改訂 起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応』(中央法規出版)から一部を抜粋して掲載しています。
解説者のプロフィール
田中英高(たなか・ひでたか)
OD低血圧クリニック田中院長。医学博士。大阪医科大学卒業、同大学院修了。スウェーデン・リンショッピン大学客員研究員トレシウス教授に指示。スウェーデン資格医学博士取得後、大阪医科大学小児科講師、助教授を経て、2014年より現職。日本小児心身医学会・小児起立性調節障害診断・治療ガイドライン作成班チーフ。専門領域は、起立性調節障害、不登校などの心身症。
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非薬物療法とは
非薬物療法は、主に日常生活での動作や食生活での注意点です。これをしっかりしないと、薬物による治療がうまくいきません。
動作の工夫や運動、環境の整え方
立ち上がりや起き上がりの際は頭を下げる
人は、日常の生活動作で立ったり座ったりしますが、そのたびに血圧や心拍は大きな変動を繰り返しています。健康な人では、この影響を少なくして、脳血流をある程度一定に保つような制御システムが働いています。これを脳循環自動調節能といいます。しかし、起立性調節障害ではこのシステムが破綻していますので、起立時に脳血流が低下しやすくなっています。そして、さまざまな症状を引き起こすことになるのです。
これを防ぐために、日常生活動作を行う際に、いくつかの工夫があります。脳血流を低下させないためには、脳と心臓の位置を同じ高さにすればよいのです。寝た状態や座った位置から、急に立ち上がってはいけません。30秒以上かけてゆっくりと動きましょう。特に脳血流が悪い朝は、ベッドから降りるとき、頭を下げた状態で立ち上がり、頭を下げたまま腰をかがめて歩き始めてください。頭を上げて立ち上がると、脳血流が低下して気分が悪くなります。一度気分が悪くなると、なかなか治らず、1日中不快な気分になります。
1日10~15分散歩をする
起立性調節障害は、自律神経のバランスが崩れて発症します。自律神経を好調に維持するには運動が欠かせません。体調不良で学校を休むようになると、知らず知らず運動不足になり、起立性調節障害はもっと悪くなります。体調が悪い日でも、夕方から夜には元気になりますから、少なくとも10~ 15分は歩行訓練として散歩をしましょう。また、夕方あるいは夜に運動すると、眠りやすくなります。朝の起きやすさにつながりますので、保護者も、自分の健康維持を兼ねて一緒に行いましょう。
暑気を避ける
起立性調節障害の子どもは、暑い場所に弱いです。気温が高いと血管が拡張し、血圧が下がって心拍数が上がりやすいからです。また、発汗による脱水症を起こすと、余計に悪くなります。暑い時期に体育の授業を見学する場合には、炎天下を避けて、日陰か室内に待機させてください。
食生活の工夫
水分を多くとる
起立性調節障害の子どもたちは、水分を十分に摂らない傾向にあります。子どもたちに尋ねると「水をたくさん飲むと、おなかがダブダブになるから、飲みたくない」と言います。小児医学では体重30キロの子どもは1日に少なくとも約1.5リットル、45キロの子どもでは2リットルの水分が必要とされています。それくらい摂らないと循環血漿流量が保てず、十分な血圧を維持できません。健常者でも、脱水症になると循環血漿流量が低下するので、低血圧を起こします。つまり、水分摂取が少ないと起立性調節障害はよくなりません。そこで普段から、こまめに水分を摂るようにしましょう。季節によって飲む量は違いますが、1日に少なくとも1.5~2リットルは摂ってください。水分はイオン飲料、お茶や水でも構いません。
塩分は1日10~ 12グラムを摂取する
最近は、高血圧予防の観点から食塩摂取を控えることが常識となっています。大人の高血圧予防には1日6グラム、一般の人では1日男性8グラム・女性6グラムと厚生労働省からも勧告されています。これは大変に重要な健康法であり、成人ではぜひにでも守っていただきたいと思います。
一方、起立性調節障害の子どもは一般的に塩辛い食品を好まない傾向があります。例えば、中学2年生の男児A君の場合、食品から計算したところ、塩分は1日7グラムしか摂っていませんでした。そこで、食塩を1日3グラム、1週間ほど補給して(総量では1日10グラムになる)、その後、再び起立試験(体を横にした状態の血圧と心拍数を記録したあと立ち上がり、再度血圧と心拍数を調べる検査)をしたところ、かなり改善することがわかりました。
塩分を摂ると水分を体内に保持しますので、血圧低下を予防する効果があるようです。1日3グラムの食塩は、カップラーメンのほぼ2分の1~3分の1杯分に相当します。その程度の塩分を余分に摂ればいいでしょう。ただし、起立性調節障害が改善したら、高血圧予防の観点から食塩は控えめにしてください。
生活リズムを整える
就寝時の「決まった作業」を習慣化する
起立性調節障害の子どもは、病気の特徴として夜寝つきにくく、朝なかなか目覚めません。どうしても宵っ張りの朝寝坊になりがちです。これまでの研究によると、人間は1日25時間周期の体内時計(最近は24.5時間とも言われている)を脳内にもっているようです。したがって毎日1時間、リズムを前に修正しながら生きていることになります。これはなかなか大変な作業なのですが、健康な人では、ありがたいことに身体が無意識にやってくれています。
一方、起立性調節障害の子どもは、1日27~ 30時間の体内時計をもっているという報告があります。すなわち、毎日、自分の体内時計を数時間も時刻修正しないといけないのです。これは非常に大変です。例えば、毎日夜11時に寝ている人が、「今日はいつもより3時間早く夜8時に寝なさい」と言われても、なかなか眠れないでしょう。同じように、起立性調節障害の子どもは、早寝早起きをしようと思っても実行困難であることを知っておく必要があります。
そのうえで、眠りにつきやすいような一定の決まった作業を習慣化するとよいでしょう。これは条件反射による眠りを促します。次のような工夫をおすすめします。
(1)夜11時には床に就きましょう。
(2)寝る前から部屋の明かりを暗くします。蛍光灯よりもオレンジ色の電灯の薄暗い明かりのほうが、眠りを誘いやすいと言われています。
(3)癒し系の静かな音楽を流して、体を横にしたまま、ストレッチ体操を10分程度、ゆっくり行いましょう。子ども一人ではできませんので、保護者が一緒に行いましょう。起立性調節障害の子どもは、肩こりがひどく、体中の関節や腱が固くなっています。ストレッチ体操によって悪化を防ぎましょう。
起床のサポートと日中の過ごし方
朝はなかなか目覚めませんが、7時頃にはカーテンを開けて部屋を明るくしましょう。保護者が開けてあげてください。子どもは布団を被ってしまうと思いますが、体を優しくさすって血行をよくしてあげるといいでしょう。朝は忙しいですが、工夫してやってみてください。
しんどくて学校を休んでしまった場合にも、日中は、体を横にしてはいけません。交感神経機能がますます低下してしまいます。できるだけ体を動かし、休むときも寝転がらず、座るようにします。
テレビ・パソコンなどの利用時間
最近の子どもたちは、ゲームや携帯電話などが手放せません。やりすぎると健康な子どもでも、自律神経系に悪影響が出ます。そこで、携帯電話、テレビゲーム、パソコン、テレビの視聴は全部合わせて1日1時間以内に控えましょう。軽症なら、これを実行するだけで治ってしまう場合があります。ただし、徹底させようとして保護者が怒りすぎると、親子関係が険悪になることも少なくありません。うまく対応することが必要です。
セルフケアのポイント
以上の非薬物療法を実行するのは、子ども自身です。しかし、毎日実践するのは相当に根気がいるものです。保護者がガミガミ言うと、かえってできなくなってしまいます。子ども自身が起立性調節障害に対して、前向きに立ち向かえる気持ちがもてるように導くことがポイントです。
そのためには、最初は一つでもいいから、できることから始めてみる、それを継続する、そして次の項目をやってみる、というように、子どものペースに合わせて少しずつ始めていくのがコツです。保護者はイライラしないで横で見守りながら、子どもと一緒に少しずつやっていく、という「忍耐と寛容の気持ち」が大切です。
ただし一点、忘れないでいただきたいことがあります。それは、たとえうまく実行できなくても、保護者同士で深刻になりすぎないことです。真面目な性格のご夫婦では、特に気をつけてください。心配しすぎることは禁物です。「心配すればするほど、起立性調節障害は悪くなる」と、私は保護者にたびたびお話しします。深刻にならずに気長にゆっくりと対応してください。
なお、本稿は『改訂 起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応』(中央法規出版)から一部を抜粋して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。