当院での犬や猫の診察は、聴診器を当てる以外に、脈や舌の状態を診たり、飼い主の方に問診したりします。ところが、緊張で脈や舌の状態が変化してしまうことが多く、正しい診断が難しいと感じていました。そんな中、犬や猫の肉球が、体調によって変化することに気づいたのです。今では、当院において東洋医学的治療を実施するにあたり、肉球診断は欠かせないものになっています。【解説】石野孝(かまくらげんき動物病院院長)・相澤まな(かまくらげんき動物病院副院長)
解説者のプロフィール
石野孝(いしの・たかし)
獣医師。かまくらげんき動物病院院長。麻布大学大学院修士課程修了。1991年に中国にて中国伝統獣医学を学び、かまくらげんき動物病院を開業。最新の西洋医療と伝統的な東洋医療を融合させた、動物に優しい治療を実践している。中国伝統獣医学国際培訓研究センター名誉顧問。南京農業大学教授。内モンゴル農業大学動物医学院特聘専家。日本ペット中医学研究会会長。(社)日本ペットマッサージ協会理事長。日本メディカルアロマテラピー動物臨床獣医部会理事長等歴任。
相澤まな(あいざわ・まな)
獣医師。かまくらげんき動物病院副院長。麻布大学卒業。(社)日本ペットマッサージ協会理事。中国伝統獣医学国際培訓研究センター客員研究員。南京農業大学人文学院教授。中国西南畜牧獣医学会学術顧問。米国CHI認定小動物獣医推拿指圧・栄養学コース修了。
▼かまくらげんき動物病院(公式サイト)
本稿は『ねこの肉球診断BOOK』『いぬの肉球診断BOOK』(ともに医道の日本社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
肉球の秘密
犬や猫の肉球は柔らかくて、触っているだけで癒される不思議な魅力があります。でも肉球は、かわいいだけではありません。犬や猫が生きていくうえで、とても重要な役目があります。
肉球は全部でいくつある?
犬と猫の前足には、指の位置に指球が5個、人の手の平の位置に掌球(一番大きな肉球)が1個、人の手首の位置に手根球が1個あります。後足にも、指の位置に趾球(前足と漢字が違います)が4個、足の裏に足底球(一番大きな肉球)が1個あります。後足には足根球はありません。肉球は弾力があるので、音を立てずに歩くことができます。肉球によって獲物のそばまで気付かれないで近寄ることができるのです。
▼犬の肉球
▼猫の肉球
肉球が厚いのはなぜ?
肉球は、体の他の部位に比べて皮膚が最も厚く、丈夫にできています。地面にある小石や木屑、ガラス片などの突起物や障害物で足裏が傷ついたり、皮膚が摩耗するのを防ぐしくみになっています。
犬の場合、全力疾走時の体への負担を緩和します。猫の場合は、高いところから飛び降りたときに肉球がクッションの役目をします。
肉球は、生活環境や体調によって日々変化しています。一般的に、野外で活動するワーキングドッグや外猫のほうが、屋内で飼われている犬猫よりも、肉球の表面が硬くザラザラと乾燥しています。
肉球が濡れるのはなぜ?
犬や猫は人間のように体から汗をかくことがありませんが、唯一、肉球には汗をかくエックリン(エクリン)汗腺があります。汗腺から出た汗が足裏を適度に湿らせるため、皮膚が乾燥から守られ、フローリングなどの滑りやすい床でも歩行がしっかりと行えるのです。
肉球のにおい
犬の肉球は、「ポップコーンのような匂い」「太陽の匂い」「焼きトウモロコシのような匂い」など、香ばしい匂いを感じる飼い主さんが多いようです。
猫の肉球から出る汗には、臭い付けの役目もありますが、人が感じられるほどの臭いはありません。
犬も猫も、体調を崩して肉球が常に湿った状態のときに、皮膚を守っている常在菌が繁殖しすぎて、異常に臭くなることがあります。
肉球と体と心の関係
犬と猫のそれぞれの肉球は、体や心と関係があります。
▼犬の肉球と心身との関係
▼猫の肉球と心身との関係
肉球を毎日チェックする
肉球は、体調によって変化しますので、毎日チェックしましょう。
チェックするときのポイント
●犬や猫がリラックスしているときに行う。
●犬や猫と十分にスキンシップをとる。
●眠る前や食後、運動後は体温が高くなっていて、正確なチェックができないため行わない。
●毎日時間を決めて行う。そうすることで毎日の変化が分かりやすく、病気の早期発見につながる。
肉球チェックの6つのステップ
以下の写真は犬ですが、猫の場合もチェックの仕方は同じです。
(1)スキンシップから始めよう
肉球はデリケートな部位。肉球チェックの前にスキンシップをして、リラックスしてからチェックを行いましょう。
(2)チェックする足を決めよう
毎日同じ足をチェックすることで、温度や臭い・弾力などの変化に気づきやすくなります。後足を触られるのを嫌がることが多いので、前足を選ぶとよいでしょう。
(3)温度をチェックしよう
犬と猫の体温は38〜39℃が平温です。人より少し高めですので、触って温かいと感じる程度が健康な状態です。熱過ぎる、または冷たいと感じたら要注意です。
(4)弾力をチェックしよう
掌球を軽く押して跳ね返ってくるような弾力があれば、健康な状態です。跳ね返ってこない場合は、体内の水分不足が考えられます。
(5)臭いを嗅いでみよう
肉球の臭いを嗅いで普段と違う強い悪臭がしたら、疾患の疑いがあります。
(6)爪のチェックをしよう
爪にも体調が反映されます。指の付根を軽く押すと爪が出てきますので、割れていないか、もろくなっていないか、厚くなっていないかチェックしましょう。
肉球マッサージのやり方
肉球は、犬や猫の健康状態が反映される敏感な部位です。毎日「肉球マッサージ」を行うことで、心と体のバランスを整えるとともに、飼い主さんとの信頼関係も深めることができます。写真は猫ですが、犬の場合も肉球マッサージのやり方は同じです。
(1)なでる
指先や肉球はデリケートな部位です。初めに4本の足の甲と足裏を上下に優しくなでてスキンシップを行い、信頼を深めましょう。
(2)つま先に向かってさする
骨と骨の間には、内臓に関連するツボがあります。左右の前足と後足のすべての指の骨と骨の間を、足首からつま先に向かってさすります。内臓の強化と血行を促進します。
(3)肉球を“ぷにゅぷにゅ”する
左右の前足と後足のすべての肉球を、親指と人差し指で挟むように“ぷにゅぷにゅ”と優しくもんで、心と体のバランスを整えましょう。
(4)労宮のツボを押す
前足の掌球の足首側に、心を穏やかにさせる「労宮(ろうきゅう)」というツボがあります。このツボを、つま先に向かって押してください。
(5)湧泉のツボを押す
後足の足底球の足首側にある「湧泉(ゆうせん)」というツボは、元気が泉のように湧いてくるツボです。つま先に向かって押してください。
(6)指の上(甲側)を“くるくる”さする
指の表面には知覚神経が多く集まっており、とても敏感な部位です。また、心の安定に関係したツボもあります。前足と後足のすべての指の上を“くるくる”とさすります。
(7)指の側面を“くるくる”さする
指の側面には、内臓に関連したツボがあります。前足と後足のすべての指の側面を“くるくる”とさすります。内臓と足を刺激し、健康を促進します。
(8)つまむ
最後に、前足と後足のすべての指の間の水かき部分を押し出すようにつまみます。水かき部分には、脳を活性化させるツボがあります。老化防止にも有効なマッサージです。
まとめ
私たちが取り組んだ肉球の研究は、体の変化が神経を介して体の一部位である肉球に反映されることに着目したものです。肉球は毛に覆われていないので、非常に観察しやすい部位です。簡単に健康チェックができ、小さな変化にも気づくことができるでしょう。肉球診断とマッサージを、ぜひ活用してください。
なお、本稿は『ねこの肉球診断BOOK』『いぬの肉球診断BOOK』(ともに医道の日本社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。