特定エリアに集中出店し、地域内でのシェア拡大を狙う戦略(ドミナント戦略)によって、基盤を固めている飲食企業は多い。それらの中で、展開するエリアを「カフェの街」に変えた事例がある。東京・町田で、それをキープウィルグループが成し遂げている。これは店舗展開を重ねるにつれて地域社会との結びつきを強くしている証である。そして、この度のコロナ禍で同グループが行った施策の数々は、地域社会での存在感をより一層大きくして、ロイヤルカスタマーを増やし続ける形となった。
東京・町田は「カフェの街」
キープ・ウィルダイニングの貢献
東京・町田は「カフェの街」である。特に小田急線町田駅北口の「開かずの踏切」でつながる通称「絹の道栄通り」の沿道に、センスの良いカフェが点在している。これらには、意匠の凝らされたスイーツやパフェがラインアップされていて、20代、30代の女性に人気となっている。また、大胆かつ繊細な壁画が見られてアーティストが根付いている雰囲気が漂っている。
町田をこのよう街に変えたのは、キープ・ウィルダイニングという飲食企業だ(以下、キープウィルグループ)。同社は2003年、神奈川・東林間に「炎家(えんや)」という居酒屋を立ち上げて創業。以来、神川県下で展開してきたが、2011年に本拠地を町田に置く決断をして、町田でカフェを中心に展開するようになった。
キープウィルグループが町田に根をおろして10年がたつが、現在、全店舗40店舗のうち、21店舗を町田と神奈川・相模原という隣り合う街で展開している(2021年3月末現在)。これらが盛業していることは、同グループが地域社会にしっかりと根をおろしている証である。
このような同グループは、コロナ禍においてこのエリアでどのようなことを行ってきたのか。同社でカフェ事業を推進しているリーダーの取締役副社長、保志智洋氏の解説を元に紹介しよう。
キープウィルグループが、このコロナ禍で行ったことは大きく5つ挙げられる。下記で施策の目的別に解説していく。
顧客とのタッチポイントを充実させる
(1)外販とデリバリー対応
同グループは、コロナ禍以前はテイクアウト・デリバリーについて、各店舗が独自で行なっていたが、昨年3月に代表の保志真人氏が陣頭に立ち、一斉に全商品の見直しを図った。デリバリーを活発化するために、デリバリー注文のアプリを開発。配送は自社便で行っている。
休業している店舗の対策として「マルシェ」を行った。ここでは、同グループと取引をしている生産者や業者の産品や食材を販売。また、同グループの料理人がテイクアウト用の商品をつくり販売した。これらは5拠点を構えることになり、リアル店舗として、小田急線鶴川駅前にキオスク型のセレクトショップ(7坪)を2020年7月にオープンした。既存のコンビニとは異なり、オリジナルの品添えで、地元の顧客の利用が定着している。
(2)ITの導入によるオペレーション改善
同グループでは、人件費構造の改革を想定し、セルフレジ、QR決済などに移行することにした。保志氏によると「導入した時はテンションが上がった」ということだが、間もなくして「ホスピタリティやサービス力の低下を肌で感じた」という。また、顧客が従業員と会話をすることなく、セルフで支払いを済ませて店を出ていく様子に違和感があった。そこで、途中から導入は慎重に行うようになった。
具体的には、顧客がセルフレジでQRコードをかざすときに従業員が寄り添い、「現金ですか?クレジットですか?」と尋ねる。これだとセルフレジの効果が半減するが、顧客とのタッチポイントをつくることを大切にした。
ITでは、アプリの導入も行った。これをダウンロードした顧客には、フードメニューの割引やコーヒー無料などの選べるサービスを提供。さらに、顧客が来店する前に予約して整理券を発行するようにした。これによってウエイティングが続いている時も、待たずに入店できる。さらに、サブスクリプションサービスを導入。このアプリによって客数アップに結び付いた。
自前で研修を行う教育的な環境
(3)メニューの磨き込み
ここでは、調理の効率、原価について研究を重ねたが、最も注力したポイントは「魅力」ということ。それは、飲食業の大手が、ロボットをはじめとしたITを充実させていく動向に対する「逆張り」である。
具体的には、カフェのパフェ、モーニングメニューのブラッシュアップと、イタリアンの業態転換などを行った。これらの中で、キープウィルグループのパティシエ・杉浦俊也氏が創作した「カフェカツオ」の「本格×本気」のパフェ4品目が注目される。
「アプリコットピスターシュ」1408円(税込、以下同)、「ショコラパフェ~3種のショコラに薫りをのせて~」1408円、「苺とリュバーブのパフェ」1298円、「バナナと塩キャラメルのパフェ」1298円となっていて、いずれも専門的な食材を使用してつくり込みがなされていて、価格も1500円近くになっている。これらを、パティシエだけではなく同グループの一般社員、アルバイトも作成できるようにオペレーションに落とし込んだ。
このような商品開発によって、常連客の同グループへのロイヤルティはますます高まることであろう。また、同グループには、焼き菓子の工房でありブランドの「こがさかベイク」があるが、生菓子にも力を入れるようになり、同グループのカフェでラインアップするようになった。
(4)スクール事業の強化
同グループではバリスタの教育体系を擁していて、2013年から「バリスタコレクティブ」という名称で研修を行っている。ここではラテアートに特化して、「最短2カ月でバリスタになる」ということがうたわれている。
コーヒーは、淹れる人「バリスタ」によってクオリティが決定する商品である。そこで、2011年に「カフェで成長していこう」と決断した同グループでは、コーヒーのクオリティを高めることをミッションに掲げて、このような活動をこつこつと取り組んできた。一般の受講生も受け付けるようになり半年間で軌道に乗った。
これらの講師はすべて同グループの社員である。このような形で従業員同士のコミュニケーションは深まり、受講した一般の顧客はさらに同グループに対する愛着が深まる。
心が豊かになる「体験」を提供する
(5)物販事業
これは「自社製品を開発する」ことによって、飲食業としての競争力を上げることを狙いとしている。
具体的には、現在ハンドソープの開発が進んでいて、これを自社の店舗で使用すると共に、小売販売やECにつなげていきたいと考えている。また、オーストラリアの紅茶メーカーと提携して、日本で同社の製品を販売することが具体化している。
飲食業で培われてきた企業が、なぜハンドソープの分野を手掛けるのかと尋ねたこところ、保志氏はこのように答えてくれた。
「カフェの商品とは『体験』だと思います。飲食だけではなく、お客様が感じるもののすべてが商品です。カフェにいらっしゃるお客様には、心が豊かになる体験をしていただきたい。従業員にはライフスタイルを重視している人もいて、そのような人にとってカフェで働くことが心を満たすことになる。そこで当社では、その人が『やりたい』ということを尊重しています」
このような企業の姿勢が根幹にあり、実際に事業として形にしている同社の在り方は、従業員のモチベーションを高くして地域住民との絆を強くしていくことであろう。
執筆者のプロフィール
文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)