テレワークが推奨されるようになり、格段に増えてきたのが職場や取引先とのメールのやりとり。最近は「メールの定型文はムダ」という風潮があり、確かにうなずける部分もあります。しかし、対面の機会が少ない今だからこそ、ビジネス文章・文言が、コミュニケーションを円滑にしたり、意思伝達をスムーズにしたりします。知っておいて損はありません。
ビジネス文章は本当にムダなのか?
私が社会人になった数十年前、新人向けマニュアルの中に「ビジネス文章の書き方」という資料がありました。「謹啓 新緑の候~」と続く、堅苦しい定型文をマネしながら「こんなの必要?」とブツブツ文句を言いながら書いた思い出があります。
今はメールが主流ですが、冒頭の「いつも大変お世話になっております」もムダと言われる時代。相手との関係性によって臨機応変に使い分けていいと思いますが、顔を合わせないテレワークの時代だからこそ、言葉の選び方には気を遣いたいもの。
端的に用件や気持ちを伝えられたり、相手も自分も気持ちよくコミュニケーションを図れたりするテクニックがあったら、積極的に使いたいと思いませんか。実は、ビジネス文章には、そうした使い道があるのです。また、相手や場面に応じた的確な語彙を増やすことで、社会人としての評価アップにもつながります。
言葉の「語源・成り立ち・歴史」を知るとおもしろい
私がこの記事を書くきっかけになったのは、『語彙力がないまま社会人になってしまった人へ』という本(正編と【超「基礎」編】の2冊)に出会ったことです。一見、堅苦しくて難しい言葉も、「語源」「成り立ち」「歴史」を知ると、「ほお」と納得したり、「へえ」と感心したりして、とてもおもしろいのです。意味をきちんと理解して使うことで、微妙なニュアンスの違いを書き分けることができ、結果、語彙力が高まります。さらに、「もっといろんな言葉を知りたい、使いたい」という探求心も深まります。「文章を書くことが苦手」という方に、特におすすめの本です。
この本のエッセンスに、私のささやかな社会人経験を加え、知ってほしい言葉を5つ厳選してご紹介します。
「拝読(はいどく)」
上司や先輩から、「この資料に目を通して」「この本を読んでおくといいよ」と指示やアドバイスをもらう機会は多々あります。そんなとき、「読んでおきます」と答えるのは学生の感覚。同僚ならともかく、目上の人に対して使うには軽い印象があります。そこで、おすすめしたいのが「拝読」です。「拝」は、「右手と左手を合わせた形」を表現した漢字。「拝読します」なら「ありがたく読ませていただきます」という感謝の気持ちを込められるのです。社内はもちろん、取引先から資料が届いたときにも「拝読します」と返信することで、好印象を与えることができます。
「査収(さしゅう)」
資料やデータを送付する際、結び文によく使うのが「ご査収ください」です。「大切な資料なのできちんと目を通してください。後からここ直せ、これはダメだと言われても困ります」という意図を相手に伝えられる便利な言葉です。というのも「査」は、「調査」「審査」などにも使われる漢字で、「まんべんなくしっかり調べる」という意味があるからです。資料の中身をしっかり見てほしいときに使うとともに、「ご査収ください」というメールを受け取ったときには、添付資料を心して精読し、責任を持って対応しましょう。
「失念(しつねん)」
大切な人の名前を忘れてしまった。経験不足で専門用語や知識がすぐに出てこない。そんなとき、「忘れました」「わかりません」という言葉遣いでは、社会人としての信頼を損ねかねません。そんなときに活用したいのが「失念」です。本当はよくわかっていることを、うっかりド忘れしてしまったときに使う言葉です。「申し訳ありませんが、お名前を失念してしまいまして…」というと、「本当は覚えていたのですが」という雰囲気を醸し出すことができます。
「ご自愛(じあい)ください」
「ご自愛ください」は、馴染みのある言葉だと思います。文章の締めに「どうぞご自愛ください」と書くことで、「お体を大切に、お元気でお過ごしください」という相手への思いやりや気遣いを伝えることができます。「ご自愛ください」の前に、「年度初めでお忙しい時期と存じますが」というように、相手の事情に合う理由を添えると、距離が縮まり、より好印象を与えることができます。ちなみに「ご自愛ください」には「お体を」という意味が含まれているため、「お体をご自愛ください」は間違った使い方です。
「仰(おっしゃ)るとおり」
最後に紹介する「仰るとおり」は、メールよりも会話で使う頻度が高い言葉です。自分の発言に対して「仰るとおり」と肯定されると、気持ちがよくなってどんどん話したくなる、まさに魔法の言葉。私自身、取材の際には意識して使うように心がけています。
相槌に「なるほど」を使う人もいますが、公式の場で使うにはふさわしくないとされます。「なるほど」は、室町時代末期から江戸時代初期頃に使われだした俗語で、「なるべきほど」から「べき」が省略された言葉。「相手の言っていることが理屈に合っているかどうか、できるだけ確かめてみよう」という意味を背景にしており、少し「上から目線」的なニュアンスになってしまいます。
会話でもメールでも、「なるほど」の代わりに、ぜひ「仰るとおり」を使ってみてください。相手の言葉を引き出しやすくなり、あなたへの印象もよくなるはずです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。最後に『語彙力がないまま社会人になってしまった人へ』に書かれている「語彙力があると、ここまで評価が上がる!」ポイントを紹介します。
(1)社会人としてのレベルの底上げができる
(2)知性と教養が話の端々に現れる
(3)理解力が高まる
(4)短くわかりやすく伝えられる
(5)頭の中の考えを表現することができる
(6)人を動かすことができる
(7)人に好印象を与えられる
(8)コミュニケーションがうまくいく
今、ドラマ『ドラゴン桜』(TBS系)が人気を博しています。落ちこぼれの生徒が、弁護士から受験テクニックや勉強法を教わり、東大合格を目指すストーリーです。第3話(2021年5月9日放送)では、「東大が求めているのは、本質を考える力だ」という名言が登場しました。知識の量よりも、物事を関連づけて答えを導く能力。それは、日頃から「なぜ?」と考える習慣から養われると言います。
テンプレートで無意味と思っていたビジネス文章も、「なぜ?」から一歩踏み込むことで、相手も自分も向上できる道具となります。この記事が、ビジネス文章へのイメージを変え、興味を持たれるきっかけになれば嬉しい限りです。
◆文:藤田美佐子
京都市在住。フリーランスの編集兼ライターとして観光、食、求人、医療、ブライダルなど幅広い取材・執筆活動を行う。1児の母。好きなことはマラソン・トレラン、料理と食べること。読書は小説からアニメ、マンガまでジャンルは多岐にわたる。池井戸潤さんは好きな作家の一人でTVドラマ『ドラゴン桜』を息子と視聴しています。