コシナの創業60年を記念して作られた「Voigtländer APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical」はマニアのなかで絶賛され非常に高い評価を受けています。これに続いて2021年4月に発売されたのが「Voigtländer(フォクトレンダー) APO-LANTHAR(アポランター) 35mm F2 Aspherical」。筆者は、このマニア注目の35mm単焦点レンズで「実写作例」や「解像力」「ぼけディスク」などの各種チャートを撮影しました。その結果からおすすめ&残念ポイント、結論、結論に至った理由を解説していきたいと思います。
執筆者のプロフィール
齋藤千歳(さいとう・ちとせ)
元月刊カメラ誌編集者。新しいレンズやカメラをみると、解像力やぼけディスク、周辺光量といったチャートを撮影したくなる性癖があり、それらをまとめたAmazon Kindle電子書籍「レンズデータベース」などを出版中。まとめたデータを元にしたレンズやカメラのレビューも多い。使ったもの、買ったものをレビューしたくなるクセもあり、カメラアクセサリー、車中泊・キャンピングカーグッズなどの記事も執筆。現在は昨年8月に生まれた息子と妻の3人、キャンピングカー生活にハマっており、約1カ月かけて北海道を一周するなどしている。
▼レンズデータベース(Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical)
なにを撮影してもうっとりできる圧倒的な描写力
こだわり過ぎた絞り羽根は好みが別れるかも
今回は「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」をレビューします。筆者は電子書籍を制作するために、すでに「解像力」「ぼけディスク」「軸上色収差」「最大撮影倍率」「周辺光量落ち」といった各種チャートやテスト、さらに実写作例も撮影済みなので、まず本レンズのおすすめポイントと結論からお伝えしたいと思います。
「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」のおすすめポイントは
・チャートの撮影でもうっとりできるレベルの解像力
・解像力と相まって圧倒的な立体感を演出する独特のぼけ
・もはや工芸品レベルのコンパクトボディ
・実は意外と寄れる最短撮影距離と最大撮影倍率
の4つ。
逆に、もっとも残念なポイントは
・こだわり過ぎた絞り羽根の構造は好みが別れる点
です。
そのため、「高性能な35mmを探しているという方には非常におすすめ」、個人的にはVoigtländerAPO-LANTHARはぜひ一度、体験していただきたい素晴らしい描写のレンズになっています。ただし「手軽でそこそこの画質のAFの35mmレンズを探している」という方にはおすすめできません。
この結論に至った理由を各種チャートなどから解説していきます。
うっとりするような解像力
解像力が高すぎて、ピントはとてもシビア
前作の「Voigtländer APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical」から、うっとりするほど解像力の高いレンズであるソニー Eマウント用のフォクトレンダー アポラインターシリーズ。今回の「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」も、素晴らしく解像力の高いレンズに仕上がっています。作例は開放のF2.0で撮影した函館山からの朝日の撮影ですが、画面左下の建物を拡大しても下のとおりです。
肉眼ではまったく識別できていませんが、病院らしい看板をなかば解像しています。これで開放のF2.0ですから、絞れば、さらに解像力はアップするはずです。その様子はチャートでみていきましょう。
今回のテストは「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」をSony α7R III(有効画素数4,240万画素)に装着して行いました。そのため、基準となるチャートは0.8。
中央部分に関しては、絞り開放のF2.0から、とってもシャープです。基本的にF2.0からF11あたりまで同じような高い解像力を発揮します。素晴らしい結果です。
周辺部分については、開放F2.0から35mmの周辺部としては十分以上の解像力を発揮します。ただし、周辺光量落ちの影響でしょうか、やや暗くなるためF2.8あたりまで、解像はしていますが、コントラストが多少低く感じられます。それ以降は絞ると多少コントラストが上がる程度ですが、F8.0が解像力のピークになるようです。基準となるチャートの0.8よりも、さらに小さな0.7も一部解像する優秀な結果。
また、元々の収差も少ない傾向ですが、デジタルカメラ本体による「倍率色収差補正」や「歪曲収差補正」もしっかりと働き、歪みや色付きもほとんど感じません。
普段から、解像力チャート撮影して眺めている筆者としては、そのチャート描写の線の繊細さ、色付きのなさ、シャープネス、コントラスト、歪みのなさなど、等倍に拡大して、うっとりと眺めてしまうほど美しさです。
ただし、注意してほしい点もあります。恐ろしくシャープなレンズのためか、ピントが非常にシビアです。レンズがもつ本来の解像力を発揮したい場合は、F8.0あたりまで絞っての遠景の撮影でも、適当に無限遠にピントを合わせて撮影すると、きっちりピント合わせをした画像と明らかに解像感の異なる画像になることがあります。拡大しないとわからないレベルのこともありますが、比較すると明らかに解像力が低下するのです。そのため、ピント合わせを丁寧かつ正確に行うことが「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」の使いこなしの第一歩といえるでしょう。
立体感を強調するぼけ
独特のサラサラとしたぼけと解像感の共演
解像力の項目でも述べましたが、「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」は驚くほどピントにシビアなレンズです。正確に合焦した部分の解像力が際立つため、ちょっとピントが外れた部分が非常に目立つのです。上の写真のように開放近接のポートレートなどでは、本当に開放F2.0とやや暗めの被写界深度があるのか、疑いたくなります。そして、そのシャープな合焦部分を強調してくれるのが、独特のぼけでしょう。上の写真のピントが合っていない左側の目を拡大してみましょう。
8カ月の乳児の顔なので、ピントの合った右側の目からさほど距離があるとは思えないのですが、しっかりとぼけているのがわかります。そして、マニアックな言い方ですが、ぼけが少しモザイク状というか、サワサワしている印象を受けるのです。ちょっと独特なぼけなのですね。これをチャートで確認してみます。
画面内に極小のLEDを写し込んで玉ぼけを発生させ、その形や色つき、ザワつきからぼけの質と形を評価するぼけディスクチャート。基本的に形は真円に近く、質は色つきが少なく、ザワつきの少ない玉ぼけが発生するレンズほどぼけがきれいと考えられます。
その結果からいうと、「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」は、開放の中央側のぼけを中心にみていくと、形はとてもきれいです。ただし、ぼけディスク(玉ぼけ)のフチには色つきなどはないものの、内部については細かなツブツブが同心円状に並んでいるようにもみえる独特の結果なのです。ツブが同心円状に並んでいるようにみえるのは、おそらく非球面レンズの影響といわれることの多い輪線ぼけが発生しているのでしょう。また、サワサワとしたモザイクのような独特のぼけもこのあたりに起因していると考えられます。筆者は実写の結果などをみる限り嫌いではないのですが、どうでしょうか。
ぼけを観察するために撮影したもうひとつのチャートと軸上色収差のチャートもみてみましょう。
カメラと45度角になるよう配置し撮影した軸上色収差チェック用のチャートです。当然、軸上色収差を確認するために撮影しているのですが、もうひとつの役割としてチャート下部で前後ぼけの傾向をチェックしています。
その結果からいうと、前後ぼけともに、サワサワとした感じはあるものの、大きなザワつきはなく、ぼけの汚さを感じる部分はありませんでした。そのため、独特のサワサワとしたぼけの好きか、嫌いかが好みをわけるでしょう。筆者は、このぼけ描写をプラスに評価しているので、問題を感じません。ただし、大きな玉ぼけが実写に発生するとぼけディスクチャートと同傾向になるので、これはあまりよい傾向ではないでしょう。
また、軸上色収差チャートの本来の役割である軸上色収差の発生も確認しておくと、軸上色収差は非常に軽微。F2.8あたりまで絞るとほぼ気にならないことをわかりました。このあたりの各種収差の少なさが絞り開放からの高い解像力に貢献していると考えられます。
所有欲を刺激する質感
愛でるレベルのビルドクオリティ
「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」を製造するのは、コシナ(COSINA)です。知らないという方もいるでしょうが、レンズ好きにとってはカールツァイスレンズなどの製造も手がける、世界に名をはせる長野の名門、憧れの光学メーカーといえます。
「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」は、レンズ本体はもちろん、なんとプラスチック製の前後レンズキャップに至るまで「Madein Japan」というこだわりようです。
スペック表でのサイズは最大径が約62.6mm、長さは約67.3mm、質量は約352g。また、実際に測定した大きさ、重さは下記のとおりです。
リアレンズキャップを装着した状態での実測となっています。本レンズはピント合わせ時にピントリングを回すと最大で約6mmレンズ長が変化するタイプのレンズです。さらにフードなどを装着したサイズも確認ください。
レンズフードを装着して無限遠側にピントを合わせた状態でレンズ長は約93mm。ちなみにねじ込み式のレンズフードを装着したときと装着しないときで、フィルター径が変化するので標準でふたつのサイズのフロントレンズキャップが付属します。写真右はフードなしで前後レンズキャップを装着した収納状態ですが、レンズフードが逆付けなどできない構造なので別途しまうことになります。
さほど手の大きくない筆者でも手の平の収まるサイズのレンズでかなりコンパクト。ただし、その大部分が金属パーツなので、ずっしりとした重量感はあります。
ピントリングのなめらかな動きや、絞りリングの動作感などは秀逸。工業製品というよりは、工芸品といった趣があるほどです。撮影をしないときでも、カメラに装着して、マニュアルフォーカスの感触などを愛でて楽しむことの出来るレンズといえるでしょう。
意外と寄れる最短撮影距離
実はソニー Eマウント用のアドバンテージ
「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」の最短撮影距離は35cm、最大撮影倍率は0.15倍です。
撮影したマクロチャートを掲載しましたが、約234mm×156mmの範囲を画面いっぱいに撮影できます。
このスペックは、一眼レフ用やミラーレス一眼用の35mm単焦点レンズを見慣れた筆者にとって平凡な数値です。しかし、「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」は、今回のレビューで紹介しているソニー Eマウント用のほかにライカ Mマウント互換の VM マウント用の同モデルが用意されています。ただし、VMマウント用の最短撮影距離はライブビューを使って50cm(距離計連動最短撮影距離は70cm)となっているため、平凡なスペックながらソニーEマウント用ならではのアドバンテージといえるのです。
また、ライカMマウント互換のVMマウント用「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」をマウントアダプターなどで各種ミラーレス一眼に装着した際の周辺部解像力などは、さまざまな問題によりソニーEマウント用に及ばないといいます。
ソニーのα系ユーザーなら、最短撮影距離や画質を含め
「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」は、Eマウント用がおすすめというわけです。
こだわりの絞り羽根構造
見事な作りに感動するが、実用性は?
あらゆる部分に設計制作者のこだわりを感じる大好きなレンズである「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」ですが、筆者が唯一、こだわり過ぎではと思ったのが、絞りの形です。
「VoigtländerAPO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical」のときには12枚絞りで開放F2.0とF2.8でほぼ真円なる特殊な形状の絞り羽根を採用しており、素直にすごいと感心しました。これをさらにパワーアップ、「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2Aspherical」では、12枚羽根の絞りが開放F2.0、F2.8、F5.6、F16で真円になるそうです。
実際の様子は下記のチャートのとおりです。
実際にぼけディスクチャートを撮影しても、きちんとF2.0、F2.8、F5.6、F16でぼけの形がほぼ真円になっているのがわかります。
技術的にも、数学計算的にもすごいことをしているのだろうと、素人の筆者でも思うのです。しかし、F5.6やF16のぼけの形にこだわるなら、F2.2やF2.5の際にぼけの形がもっと真円に近づける方が実用的なのでは? と思ってしまうわけです。
そういった点では、こだわりが突き抜け過ぎて、少し違う方向に行っている印象を受けました。技術的にすごいことだと思いますし、チャートを撮影するのは楽しいですが……。
まとめ
レンズ好きなら一度は使ってほしい、大好きな1本
コシナの創業60年を記念して作られた「Voigtländer APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical」に続いて、発売されたのが「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」です。「Voigtländer APO-LANTHAR 50mmF2 Aspherical」が発売された際には、その高性能ぶりが多くのマニアの間で話題になりました。筆者も実際の各種チャートを撮影し評価、絶賛しています。そして、今回の「Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」も実写やチャートの結果からも素晴らしい仕上がりといえるでしょう。
しっかりと合焦した部分の解像力の高さ、これと独特のぼけが織りなす立体感のある描写力。筆者の場合がチャートや実写の撮影結果をパソコンなどで100%表示にしてうっとりと眺めてしまうほどの美しさです。よいレンズというのは、こういうことなのか! が実感できるレンズなので、レンズ好きなら一度は使ってみてほしいレンズといえます。
また、いまどき、前後レンズキャップまで「Madein Japan」というレンズのビルドクオリティは、工芸品の趣を感じるレベル。撮影の道具だとわかっていても、撮らないのに夜な夜なピントリングの動きなどを愛でても楽しめるレベルの製品です。
注意してほしいのは、マニュアルフォーカスレンズである本レンズのピント合わせ。解像力が高すぎるためか、絞っても、遠景でもしっかりとピントを合わせないと、拡大時にピンぼけに気が付くことになるでしょう。丁寧で正確なピント合わせを心掛けてください。
実勢価格は115,000円前後と決して安くはありませんが、その描写を知ってしまうと決して高いレンズではないと思えてしまうのが恐ろしいところです。
「Voigtländer APO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical」とともに、筆者にとって描写の好きなレンズのTOP10に入ってくるレンズに「VoigtländerAPO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical」は仕上がっています。大好きなレンズです。
●Voigtländer APO-LANTHAR 35mm F2 Asphericalの基本スペック
対応マウント:ソニー Eマウント
レンズ構成:9群11枚絞
り羽根枚数:12枚
フィルター径:49mm
大きさ:Φ約62.6×67.3mm
質量:約352g
実勢価格:115,000円前後
(技術監修:小山壮二)