千葉県船橋市内に「将泰庵(しょうたいあん)」という牛肉料理の店が5店舗、出店している。同店の特徴は、全店で「和牛A5」を使用しているということだ。この場合、自社競合が懸念されるが、同店がそのようなことなく、全店が盛業している理由として、日常価格の店から高級店もある中で、人的サービスとDXの比重を変えていることが挙げられる。日常価格の店ではDXの要素が多く、高級店では人的サービスを厚くしている、という次第。このようなことから、地元の人々は「将泰庵」をTPOによって使い分けて、根強いファンとなっている。
飲食業界では最近、DX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル化)の話題が急速に増えてきた。これらは、コロナ禍となる以前は人手不足対策として論じられることが多かったが、最近は「顧客対策」として語られるようになっている。今回は、牛肉料理の王者「和牛A5」を提供する店がDXを推進し、人的サービスとの比重を計りながらドミナント出店(同一エリアに集中出店すること)に成功している事例を紹介しよう。
船橋市内に5店舗を集中
千葉県船橋市、ないしその近郊に在住の人にとって、「将泰庵」という店名はお馴染みのことであろう。船橋市内には「肉の匠 将泰庵 船橋本店」「肉の匠 将泰庵 船橋総本店」「肉の匠 将泰庵 船橋駅前 はなれ店」「将泰庵DINNER シャポー船橋店」「MY YAKINIKU STYLE 将泰庵商店 船橋夏見店」と5店舗がある。これらを経営しているのは、株式会社将泰庵(本社/千葉県船橋市、代表/木原徹)。このようなドミナント出店は、ブランディングが浸透しやすいというメリットがあるが、その半面、自社競合に陥りやすいことが懸念される。
業態ごとに人的サービスとDXの比重を変える
しかし、船橋の「将泰庵」は見事に差別化されている。客単価でみると「肉の匠」は1万円、「DINNER」は5000円、「MY YAKINIKU STYLE」は、いわゆる一人焼肉で1300円強となっている。提供する牛肉は、どの店も「和牛A5」。この上等な牛肉を、高い価格から日常的な価格の飲食店で一貫して提供できている技とは、そして船橋の人々をファンとしているポイントとは、どのようなものだろうか。それは、業態ごとに人的サービスとDXの比重が異なり、それによって、客にこれらの価格差を納得させているのである。そして、客は業態をまたがってリピーターとなっている。
「人的サービス」と「DX」の比重のバランスとは以下の通りである。
◆一人焼肉(客単価1300円強)
オーダーはタッチパネル、商品は一式がお盆にのせられ、従業員が運ぶ(1回で済ませる)。
◆DINNER(客単価5000円)
オーダーはタッチパネル。商品はその都度、従業員が運ぶ。
◆肉の匠(客単価1万円)
オーダーは担当の和服を着た女性従業員が受けて、その担当者がその都度料理を運び、お客の肉を焼く。
――このように、客単価が低い業態は人的サービスが簡略化され、高い業態になるにしたがって手厚くなっていく。それぞれの業態に「客が求めるもの」を優先して考えて、人的サービスとDXの比重を変えている、ということだ。そして、牛肉はどの業態も「和牛A5」である。「将泰庵」のファンにとって、「将泰庵は裏切らない」という感覚だろうか。
ちなみに「将泰庵」は、船橋市以外に6店舗展開していて、国内11店舗。海外ではタイのバンコクに2店舗出店している。
バラエティ番組でブレイク
「将泰庵」が、このような業態設計をすることになった原点は、創業の時から「和牛A5」にこだわったことにある。同社の代表である木原氏は、1983年10月生まれ、千葉県・津田沼の出身。起業したのは2011年6月。現在の「肉の匠 船橋本店」である。この1号店から「和牛、未経産雌、A5」にこだわった。居抜き物件に出店し、駅から徒歩7~8分という(駅から離れていてる)立地で苦戦したが、テレビのバラエティ番組に紹介されてからブレイクするようになり、一度訪れた顧客がことごとくリピーターとなっていった。
「和牛A5」にこだわったことで客単価が上昇
同店で想定していた客単価は5500円だったが、たちまち7000円となった。客単価が高くなった理由は、コース(当時6000~9000円)で食事をする客が増えたからという。同時に原価率も下がった。次第にコースが主体の焼肉店となり、現在のコースは、8000~13000円となっている。
今年の話題は、百貨店の中にしゃぶしゃぶ業態を2店舗出店したこと。一つは2021年6月、西武池袋本店内、もう一つは2021年9月、そごう千葉店内である。これらの物件は両店とも、以前、鍋料理店が営業していたもので、各テーブルに一人鍋用のIH(電磁誘導加熱)機能が付いていたことから、その機能をそのまま生かそうということで、焼肉ではなく「しゃぶしゃぶ」を考え出した。
しかしながら、しゃぶしゃぶは同社にとって初めての試みで、池袋店の開業当初は苦戦したという。木原氏はこのように振り返る。
「当社が得意としている焼肉の肉の厚さと、しゃぶしゃぶの肉の厚さは違っていたのです。当社の焼肉は1.6ミリですが、しゃぶしゃぶは1.4ミリがあるべき厚さです。まさに0.1ミリ単位の違いですが、このようなことを、百貨店のお客様が教えてくださったのです。『これはしゃぶしゃぶではありません』という具合に」
伝統のある百貨店の上顧客の、商売人に対する優しい心遣いを感じたという。これらの指摘通りに肉の厚さを修正したところ、店の営業は安定するようになった。
飲めるハンバーグが大ヒット
同社には、焼肉・しゃぶしゃぶといった牛肉の食べ方以外に、「飲めるハンバーグ」というメニューもある。
焼肉店にとって、ハンバーグは牛肉の端材を使用できることから利益をもたらす商品であり、この研究を重ねてきた。一般的に、ハンバーグは粗挽きが多く、噛み応えをアピールするものだが、同社の場合は逆張りで、肉を二度引きして柔らかいハンバーグをつくった。ネーミングを現在のものにしてから大層売れるようになった。このハンバーグは、箸で切れる柔らかさで、肉汁が出て口の中に和牛の旨味が広がる。各店では定番となっていて、客層が年々高齢化していく中で、有効な商品となっている。
コロナ禍で通信販売の売上が2.5倍に
「飲めるハンバーグ」は、コロナ禍にあって大いに役立った。これまでEC(=通信販売)で月商300万円を売り上げていたが、それが2.5倍に拡大した。それまでは、原料とレシピを渡してOEM(他社の工場で製造すること)でつくっていたが、今年4月にセントラルキッチンを増築し、ハンバーグの包餡機を導入したところ、ハンバーグ製造のスピードがアップし、ハンバーグ自体のクオリティも高くなった。ちなみに、ECでは精肉も取り扱っている。
このセントラルキッチンは船橋市内のファミリーレストランが連なるロードサイドに確保した400坪の敷地に構えてあり(船橋市夏見3丁目)、隣に一人焼肉の「MY YAKINIKU STYLE 将泰庵商店」を出店した。この業態は、2019年10月にJR海浜幕張駅前の商業施設に1号店を出店していて、周辺のオフィスワーカーの需要や、幕張メッセなどのイベントによって大いに繁盛している。今回の2号店は、40坪50席の規模で初月に1350万円を売り上げた。現在は800万円となっていて、ロードサイドにおいて一人焼肉の需要が高いことをつかみ取っている。
社長がタイに移住
ちなみに同社では、和牛を扱う飲食業の他に、同業他社への卸業を行っている。これらの事業は、海外でも展開していて、現状はタイ、香港、マカオで行っている。タイでは、焼肉店を2店舗営業していてプレミアムな焼肉店として人気が高い。また、これらでは人材の送出し機関となっていて、能力が認められた従業員は、日本の「将泰庵」で働くことが出来る。この制度によって、現地でのモチベーションが高く、憧れの職場となっている。
このように、タイではビジネスの基盤が整っていて、さらに広げるために、木原氏は来年3月にタイのバンコクに家族で移住する。日本の経営は、4人の役員が役割分担をして管理・運営を行い、木原氏は、3カ月に1度のペースで渡日する予定である。
今後、バンコクでは、店舗展開や卸事業を進めるほか、アジア地区の拠点として育てていく意向だ。これらの国々では「和牛」の料理は憧れの食事であり、アジア地区での展望は大きく拓かれていくことであろう。
執筆者のプロフィール
文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)