手書きをしなくても、日常生活には困らないかもしれません。でも、特に紙に書き出すと、それは物理的な形を持ち、量を持ちます。その圧倒的な存在感は、努力や経験の証明として、デジタルでは得がたい自信を与えてくれます。
監修者のプロフィール
高畑正幸(たかばたけ・まさゆき)
1974年香川県丸亀市生まれ、文房具デザイナー研究評論家。千葉大学工学部機械工学科卒業、同自然科学研究科(デザイン心理学研究室)博士課程前期修了。小学校の頃から文房具に興味を持ち、文房具についての同人誌を発行。テレビ東京の人気番組『TVチャンピオン』の「全国文房具通選手権」に出場し、1999年、2001年、2005年と3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。文具メーカーサンスター文具にて13年の商品企画・マーケターを経て独立。日本最大の文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。文房具のデザイン、執筆・講演・各種メディアでの文房具解説のほか、トークイベントやYouTube等で文房具を様々な角度から深く解説する講義スタイルで人気。著書に『文房具語辞典』(誠文堂新光社)、『究極の文房具カタログ(増補新装版)』『究極の文房具ハック』(以上、河出書房新社)などがある。
本稿は『「手書き」をとことん楽しむ万年筆・ガラスペン入門 』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
あえていま、手書きをする意味。
文章を写すだけならキーボードの方が速く書けます。コピーやペーストもできますし、メールで送るのも簡単。手書きをしなくても、日常生活には困らないかもしれません。でも、手書きには、デジタル機器にはない力があります。
考えに集中する
キーボードで日本語を打つとき、私たちは一文ごとに仮名から漢字への変換候補を選ぶという作業をしています。また、改行や位置移動に、文字ではないキーをたくさん打っています。実は、本来の思考とは別の作業を細切れに行っているのです。
手書きにはこのノイズがありません。思った通りにペン先を動かす手書きが、書いていることに集中できる理由の一つです。
書いて考える
新しいことを考えるとき、思いついたキーワードを紙に書き出し、それらを線で囲んだり、つないだり、それを見ながらまた書き足したりしていく行為は、頭の中だけではまとめきれない思考を整理するのに役立ちます。文字の内容だけでなく、紙の上の配置や文字の大きさ、文字以外の線にも実は意味があります。
書いて覚える
手書きには書いたことを覚えやすいという効果もあります。手を動かし、指先で感じ、目で見て、音を聞く。五感を同時に使うことで記憶に残りやすい効果があります。
ノートに書いたことを思い出すときにビジュアルで思い出していることも多いですし、手書きのメモや日記の方がそのときの出来事を鮮明に思い出せるということもよくあります。
書いて伝える
速く正確に情報を伝えるという効率だけなら、デジタルの圧勝かもしれません。でも、手書きの文字には、デジタルの文字にはない、とても多くの情報が含まれています。
手書きの筆跡には、サインで個人を特定できるほどの情報が含まれています。また、文字のクセや筆圧、スピードなど、様々な要素から、気持ちまで想像できることもあります。気持ちを伝える力は、手書きの方が圧倒的に勝ります。
書いて自覚する
自分の考えや気持ちを書き出すことは自分の考えを冷静に見ることでもあり、心の整理にも役立ちます。
特に紙に書き出すと、それは物理的な形を持ち、量を持ちます。積み重ねたノートや、何年も続けた手帳や日記の厚みが持つ圧倒的な存在感は、努力や経験の証明として、デジタルでは得がたい自信を与えてくれます。
万年筆やガラスペンは、そんな手書きをする筆記具の中でも、優れた表現力をもち、また、ペンやインクそのものが持つエレガントで多彩な魅力によって、書くことそのものを楽しくしてくれます。見た目ほど難しい道具ではありませんので、怖がらずにチャレンジしてみてください。
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本稿は『「手書き」をとことん楽しむ万年筆・ガラスペン入門 』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。本書では、文具王・高畑正幸さんの監修のもと、万年筆の使い方の基礎からおすすめモデル、色彩と風合いが無限に広がるインクの世界、そしてその美しさで昨今大人気の、ガラスペンについてもたっぷり紹介しています。