世界初の35mm判フルサイズ用開放F1.8通しズームレンズとして登場した「SIGMA(シグマ)28-45mm F1.8 DG DN | Art」。チャートを撮影すると非常識なほど高性能だったので、その結果を「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」とも比較して紹介します。
世界初の35mm判フルサイズ用開放F1.8通しズームレンズの意味
往々にして「明るくて、軽くて、コンパクトで高性能」は破綻する
2024年6月20日に発売された「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art」。このところ、発売するレンズがほぼすべて非常に高性能で驚かされてばかりいた「SIGMA(シグマ)」ですが、このレンズはやってしまったかと、筆者は素直に思いました。
世界初の35mm判フルサイズ用開放F1.8通しズームレンズでありながら、重さは1kgを切る約950g(Sony Eマウント用)、フィルターサイズΦ82mm、インナーズーム機構で、ズーム全域で最短撮影距離が30cm、手持ち撮影時の取り回しやセットアップにも配慮した設計だというのです。しかも、発売時の実勢価格は23万円前後。
光学製品であるレンズは、大前提として「大きさ、重さ、価格を無視していいなら、ある意味どこまででも高性能化できる」といわれています。その1つの究極の形が、半導体生産用のステッパーレンズでしょう。重さが数十kg、価格については半導体露光装置が数億円から数百億円というレベルなので、カメラのレンズとは比較になりません。それでも高性能化するほど大きく、重く、高価になるわけです。
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art」は、F1.8通しのズームレンズとしては、軽くて、コンパクトで、しかも高級レンズとしては発売時の実勢価格が23万円前後と驚くほども高くない、高性能レンズの常識を破った製品なのです。そのため、筆者は「もしかしたら性能は、それほどでもないのでは?」と勘ぐったわけです。
レンズが明るくて悪いことはないが、多くの場合性能が……
やや極論ではありますが、レンズの開放F値が明るくて困ることは基本的にありません。レンズの明るさが1段違うと撮影時の適正な露出を得るためのシャッター速度は2倍速くできます。そして、同じ絞り値で、同じシャッター速度ならISO感度を半分にできるので、いわゆる高感度ノイズを抑えることもできますし、手ぶれや被写体ぶれも軽減できるのです。しかもF値が明るいと同条件ならより大きなぼけを得ることもできます。
ですから、同じメーカーの同じシリーズの50mmレンズであっても、明るさごとに複数のレンズがラインアップされており、基本的に開放F値が明るい(数値が小さい)ほど高級なレンズになります。ちょっと極端な例ですが、ニコンのZシリーズ用レンズは「NIKKOR Z 50mm f/1.8 S」の実勢価格が約8万円、「NIKKOR Z 50mm f/1.2 S」の実勢価格が約27万円で「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」の実勢価格は約100万円です。
レンズの明るさを1段ごとに表記するとF1.0、F1.4、F2.0、F2.8、F4.0、F5.6……。実はF1.8とF0.95でも明るさは2段程度しか変わりません。しかし、価格は上記のとおり。ちなみに「NIKKOR Z 50mm f/1.8 S」は約400gに対して「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」は約2kgです。
そして、現在各メーカーがプロ用と位置付けている高性能で明るいズームレンズの代表格は大三元レンズなどとも呼ばれる開放F値2.8通しのズームレンズ群。SIGMAも「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art」発売の約1カ月前に「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」を発売、発売時の実勢価格は19万円前後でした。明るさの差は1段ちょっと、しかし価格差は約4万円。28-45mmと24-70mmというズーム比の差や重さが「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art」約950gに対して「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」約735gとはいえ、どこか性能に妥協せざる得ないと考えるほうが普通でしょう。
軽くて小さくて、しかも、さほど高くもなく、通しF値が1段以上明るいズームレンズなんて都合がよすぎるわけです。そんな疑いをもちながら、筆者は「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art」でのテストチャートの撮影をはじめたのです。
なにかの間違いではないかと思うほど高い解像力!
広角端24mmと28mmの違いはあるが1段以上明るいのに脅威の解像力
筆者は半ばライフワーク的にレンズのテストをしています。筆者だけでは手に余るので、レンズテストの師匠である写真家の小山壯二氏といっしょに小山壯二氏のオリジナルの各種チャートを使って、その実写結果を掲載した「レンズデータベース」と「レンズラボ」という電子書籍シリーズをAmazon Kindleで出版してます。もともとは筆者たちの備忘録的にまとめたものだったのですが、現在シリーズは150冊を超え、テストしたレンズの数も150本を超えています。
おかげでデータが蓄積し、過去の実写チャートを交えての解説ができるようになってきました。今回は最新刊である「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art レンズデータベース」(https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9QDBF14/)と既刊である「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art レンズデータベース」(https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9QC2R7N/)に掲載したチャートの一部を紹介しながら解説を行っていきます。
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」28mm広角端解像力チャート
「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」24mm広角端解像力チャート
掲載した解像力チャートは、小山壯二氏のオリジナルでカメラの有効画素数から画素ピッチを計算、その画素ピッチの約1.4倍の太さの線で書かれたチャートを基準値とすることで、有効画素数による解像力限界付近の描写がレンズの影響をどのように受けているか、観察できるように工夫されています。
そのため、異なるカメラで撮影した解像力チャートのデータであろうと、有効画素数による解像力限界付近の描写を確認することで、レンズの傾向が確認できるというメリットがあります。ただし、今回の解像力チャートは「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」も「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」も同じSony α7R III、有効画素数約4,240万画素で撮影しているため、素直に比較して問題ありません。
今回はどちらのレンズでも基準となるチャートは0.8になります。この0.8を基準に1つ大きな0.9と、1つ小さな0.7の描写の様子も確認するのがおすすめです。
チャート中央部解像力については、焦点距離が28mmと24mmという違いがあり、レンズF値については、開放でF1.8といF2.8という差があるのですが、描写については、ほぼ互角。厳密にいうなら明るいF1.8の「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」のほうがややシャープなくらいの印象です。
「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」は筆者がテストしてきた大三元の標準ズームレンズのなかでもトップクラスの性能を誇りますが、「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」は開放のF1.8で、F2.8の「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」に匹敵する解像力を発揮します。恐ろしいことです。
また、周辺部のチャートについても、描写はほぼ互角。明るさと焦点距離の差はあるものに描写傾向まで似ています。そして、シャープさは「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」のほうが優位な傾向です。
広角端では24mmと28mmという違いはありますが、開放F値が1段以上異なる開放F1.8の「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」が絞り開放で、最新の大三元ズームである「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」に匹敵する性能を発揮するとは、筆者は予想もしていませんでした。「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」の広角端解像力に筆者は本当に驚愕したわけです。
望遠端45mmF1.8の描写が下手な50mmF1.8の単焦点レンズを超える
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」45mm望遠端解像力チャート
「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」70mm望遠端解像力チャート
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」と「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」の望遠端での解像力ですが、ズーム比率が約1.6倍と約2.9倍という差はあるのですが、「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」の望遠端の解像力は非常に優秀です。
中央部分の解像力については、「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」のほうが1段以上明るいのにほぼ差がありません。
しかし、筆者が驚いたのは、この45mmF1.8での周辺部チャートの解像力です。「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」の70mmF2.8の描写と比較しても基準となる0.8チャートの解像力は明らかに「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」のほうが高いのです。0.8のチャートをほぼ完全に解像し、さらに小さな0.7チャートの一部まで解像しています。
筆者は一時期50mmの単焦点レンズのチャート撮影にハマっていた時期があるのですが、そのときに撮影した多くの50mm単焦点レンズの解像力チャートの結果と比較しても「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」の45mmF1.8の解像力は高いと言えます。大三元標準ズームレンズの望遠端どころか、50mm単焦点レンズ並みか、それ以上の解像力をもったF1.8通しズームレンズが「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」といえる結果です。
ただし、周辺部のチャートが中央部のチャートに比べて暗くみえるのは周辺光量落ちの影響だと考えられるので、望遠端開放付近は広角端に比べて周辺光量落ちがやや強い傾向といえます。ただし、望遠端、広角端ともに周辺部におけるチャートの変形は少なく、歪曲も小さい傾向です。
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」はぼけも予想以上に美しい
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」28mm広角端玉ぼけチャート
「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」24mm広角端玉ぼけチャート
タマネギぼけの傾向はあるがフラットで美しいぼけ
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」はF1.8通しの明るいレンズですので、当然ぼけが気になるところでしょう。筆者たちはレンズのぼけの美しさをチェックする方法として超小型のLEDライトを画面内の各位置で撮影して玉ぼけを発生させて、その玉ぼけの描写の様子をチェックしています。
玉ぼけの形や内部の描写、ふち付きなどをチェックしています。玉ぼけの形は、そのままぼけの形に影響するのです。また、玉ぼけの描写は玉ぼけの円周上に色つきやふち付きが発生するとぼけに色が付いたり、いわゆる二線ぼけが発生します。さらに多くの場合、非球面レンズの影響といわれるタマネギぼけ傾向のあるレンズは、玉ぼけの内部に同心円状のシワが観察されます。玉ぼけの内部の描写、揺らぎやザワつきなどは、そのままぼけのうるささやザワつきとして現れます。
極論するなら、真円に近く、円周上の色つきやふち付きがなく、玉ぼけの内部がフラットで揺らぎやザワつきのないレンズがぼけの美しいレンズといえるわけです。
そのような点から「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」の絞り開放F1.8広角端28mmの玉ぼけチャートの結果と「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」の広角端24mm絞り開放F2.8の玉ぼけチャートの結果を見比べると、どちらも非球面レンズを使用しているので、わずかなタマネギぼけ傾向が観察されます。しかしながら、ともにフチの色つきも少なく、開放付近中央部の玉ぼけは真円に近い形で、内部のザワつきや揺らぎも少ない傾向です。
どちらも標準ズームレンズの広角端としては、美しいぼけが発生しますが、全体のフラットさでは「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」が一歩抜きん出ており、わずかに美しいと言えるでしょう。素晴らしい結果です。
望遠端45mmのぼけも十分以上に美しい傾向
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」45mm望遠端玉ぼけチャート
「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」24mm広角端玉ぼけチャート
望遠端の45mmと70mmについては、広角端に比べ、さらにぼけが美しくなっているものの傾向は似ています。「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」も「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」も非球面レンズの影響といわれることの多い、タマネギぼけ傾向がわずかにみられますが、玉ぼけの円周部の色つきやふち付きは軽微です。また玉ぼけ内部のザワつきや揺らぎなども小さく滑らかで美しいぼけが得られる傾向になっています。ぼけの形自体も絞りの設計がうまいのか、カクツキがなく滑らかな形です。
ある意味大差はありませんが、それでも玉ぼけ内部のフラット差という点では「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」がやや優位な結果です。ズーム倍率が約1.6倍と低いこともあるのでしょうが、解像力もぼけの美しさも50mmF1.8の単焦点並みかそれ以上と言って過言ではない結果といえます。
脅威的な性能のF1.8通しズームレンズをシステムのどこに組み込むか?
空白となる45〜70mmの間をどうカバーするかが課題
「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」のチャートと比較しながら「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」の解像力と玉ぼけのチャートをみてきましたが、「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」はF1.8通しの超明るいズームレンズでありながら、最新で最高峰レベルの大三元標準ズームレンズである「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」よりも高性能です。完全に筆者の予想を覆す超高性能レンズといってよいでしょう。
なお、記事には解像力と玉ぼけのチャートのみを掲載しましたが、軸上色収差もびっくりするほど少なく、ズーム全域で最短撮影距離は30cm、最大撮影倍率は0.25倍と文句のつけようのない高性能ぶり。筆者が唯一気になったのは望遠端45mmでの絞り開放付近で周辺光量落ちがやや目立つ点だけです。怖いくらい高性能なレンズといえます。
こうなってくると「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」を自分のレンズシステムのどこに組み込むかが、悩みのタネになってきます。
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」を自身のレンズシステムのなかに組み込むことを考える方であれば、基本システムはF2.8通しの大三元レンズとなるでしょう。であれば、「SIGMA 14-24mm F2.8 DG DN | Art」「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」「SIGMA 70-200mm F2.8 DG DN OS | Sports」にマクロレンズの「SIGMA 105mm F2.8 DG DN MACRO | Art」のシステムがスタンダードなはずです。
このシステムの「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」を「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」に変えたとして、広角側の24mmから28mmまでの4mmの空きは目をつぶるにしても、望遠側の45mmから70mmの空白が気になります。「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」をカメラの撮像素子をひとまわり小さなAPS-Cとして使い、68mm相当までカバーするという考え方もありますが、使用できる画素数が減るので、最高級の性能を誇る「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」を使う意味が薄れてしまいます。
思い切って「SIGMA 14-24mm F2.8 DG DN | Art」「SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II | Art」「SIGMA 70-200mm F2.8 DG DN OS | Sports」「SIGMA 105mm F2.8 DG DN MACRO | Art」にプラスして、F1.8の単焦点レンズ28mm、35mm、45mm3本分の代わりに「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」を持ち歩くという考え方もありですが、そうなると約950gという重量とサイズが気にならないとは言い切れないのです。
ですが「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」が、ここまで高性能だと「16-28mmF1.8」や「45-90mmF1.8」などの「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」を中心とした新たなレンズラインアップが構成されるのでは? などとも思ってしまいます。
現状は45mmから70mmの空白は、ほかの単焦点レンズなどで埋めるか、この焦点距離は使わないから問題ないといった割り切りが必要になるのは事実です。その点を考慮しても「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」はF1.8通しのズームレンズでありながら、小型軽量、そのうえリーズナブルな超高性能ズームレンズといえます。背景を大きくぼかしたいポートレートなどを中心に撮影する方にとっては非常に魅力的なレンズです。そのため、できることなら「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art 」から発展して、F1.8通しズームレンズの超大三元的なシステムが登場してくることを期待してしまいます。
SIGMA公式サイト https://www.sigma-global.com/jp/
<データ出典>
「SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art レンズデータベース」https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9QDBF14/