今、ご飯や麺類などを極力とらない糖質制限食がブームです。ご飯を食べると血糖値が跳ね上がる、と信じているかたも多いでしょう。しかし、本当にそうでしょうか。私たちが勧めている食事療法は、糖質を徹底的に減らすのではなく、むしろ、しっかりとって、おかずをバランスよく食べる食事です。【解説】赤井裕輝(東北医科薬科大学病院糖尿病代謝内科科長)
解説者のプロフィール
赤井裕輝(あかい・ひろあき)
東北医科薬科大学病院糖尿病代謝内科科長。同大学医学部内科学第二(糖尿病代謝内科)教室教授。医学博士。日本糖尿病学会専門医。日本内科学会認定内科医。糖尿病とその合併症の改善を目指す治療を続け、特に進行した糖尿病性腎症の診療レベルは、全国屈指を誇る。患者さんに対して懇切丁寧な説明を心がけ、効果的な糖尿病対策を指導し、診療に当たっている。
▼東北医科薬科大学病院糖尿病代謝内科(診療科長あいさつ)
▼研究論文と専門分野(日本の研究.com)
主食を減らさないバランス食と甘い間食抜きが改善の秘訣
当院には、食事に気をつけ、薬もきちんと飲んでいるのに、血糖コントロールがうまくできずに駆け込まれる患者さんが、後を絶ちません。
話を聞くと、糖質をできるだけ減らしているのに、ヘモグロビンA1cが上がってしまい、どうしてよいかわからないと、途方に暮れている人が少なくないのです。
そんな患者さんが当院に入院し、薬の処方は変えずに食事療法を実践すると、わずか1〜2ヵ月で、血糖値もヘモグロビンA1cも、驚くほど改善します。
私はこれまで、そんな事例を数多く経験し、食事療法の重要性を痛感してきました。
私たちが勧めている食事療法は、糖質を徹底的に減らすのではなく、むしろ、しっかりとっておかずをバランスよく食べる食事です。
今、ご飯や麺類などを極力とらない糖質制限食がブームです。ご飯を食べると血糖値が跳ね上がる、と信じているかたも多いでしょう。しかし、ほんとうにそうでしょうか。
ここに、東北地方のある矯正施設の入所者を対象にした、興味深い研究報告があります。
7年の間にその矯正施設で2年以上過ごした2型糖尿病患者は109名おり、入所から2年間の糖尿病の状況を調べたところ、血糖値などの平均数値が軒並み改善していました。
空腹時血糖値は184mg/dlから113mg/dlに、ヘモグロビンA1cは8.4%から5.9%まで下がったのです。また、インスリン治療者の18%、服薬治療者の50%が、治療をやめられたそうです。
入所者がとっていた食事は、成人男性の1日の平均摂取エネルギー(カロリー)を上回る、2200〜2600kcalです(平均は2138kcal)。
そのうちの60%強は麦飯による炭水化物、13〜14%がたんぱく質、21〜25%が脂質という、非常にバランスのよい高エネルギー食でした。ちなみに、間食はいっさいとっていません。
この食事が糖尿病によかったのは、必要十分なエネルギー量の食事が、麦飯とおかずの定食の形で提供されたことと、甘い間食の完全オフです。
ここに、糖尿病の食事療法のポイントがあると私は考えます。
ご飯とおかずを同時に食べて血糖値上昇を抑制
日本人は昔から、ご飯を主食にしてきました。
50年前の東京オリンピックのころ、日本人は毎食、ご飯を2膳も食べていたのです。
しかし、当時より今のほうが、糖尿病の患者数は何十倍も増えています。
お米の摂取量は減っているのに、糖尿病は増えている――。
ご飯が糖尿病の原因ではないことは明白です。
糖尿病の人には、とってよい糖質と、とるべきではない糖質があります。
糖質制限食ではそれが混同されており、ご飯や穀類だけが制限の対象にされています。
しかし、ゆっくりと消化されるご飯は、急激に血糖値を上げることはありません。
しっかり食べると腹持ちがよいので、間食を控えられます。
2013年に、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されました。
それを聞いて、懐石料理のすばらしさが評価されたと思ったかたがいるかもしれませんが、そうではありません。
日本の家庭で昔から食べられている「一汁三菜」の食文化が評価されたのです。
一汁三菜とは、ご飯とみそ汁に、肉、魚などの主菜一品と、野菜などを使った副菜二品に漬物がついた食事です。定食屋によくある定食を思い浮かべればいいでしょう。
一汁三菜のよいところは、一皿だけを固め食いするのではなく、ご飯もおかずもまんべんなく食べられることです。
食べる順番は、気にしなくてかまいません。おかずといっしょに食べることで、ご飯とおかずが混ざり合いながら消化され、血糖値の上昇が抑えられるのです。
ちなみに、先におかずだけを食べたら、ご飯に行き着く前におかずを食べ過ぎてしまいます。
一定の食事量ならそれでも問題ないのですが、おかずを増やしてご飯を減らすと、明らかに塩分や脂肪分がオーバーします。
その食事が続くと体重増加、高血圧や高脂血症が心配です。
一汁三菜の食事を患者さんに勧めると、ほとんどの人が、「そんなにご飯を食べてもいいんですか?」と驚かれますが、問題ありません。
ご飯は1食に小さめの茶碗で2膳(=200g)で、おかずもバランスよく食べてください。
糖尿病になるとエネルギーが使われにくくなり、たんぱく質や脂肪、カルシウムの代謝も妨げられるため、筋肉や骨が弱りやすくなります。
ですから、食べるのを我慢するのではなく、必要な量をしっかり食べることが大切です。
それによって、体に必要な栄養が血液から筋肉に収められ、栄養として使われるようになります。
主食は、白米や麺類でもかまいませんが、大麦や玄米なら糖の吸収を緩やかにする食物繊維が豊富なため、さらにいいでしょう。
こうした食事で膵臓が元気になると、薬の効きもよくなっていきます。
次項では、お勧めの間食についてお話ししましょう。
糖質は糖質でも砂糖は米よりも血糖値を上げる
糖尿病の患者さんの食生活を見ていると、なるべくご飯を少なくして、おかずでおなかをいっぱいにするパターンが多いようです。
しかし、例えば肉を多く食べて満腹になっても、しっかりご飯を食べないと、すぐにおなかがすいてしまいます。
そこで、おやつにまんじゅうやケーキに手を出す人が増えるわけです。
これでは、いくらご飯を減らしても、糖尿病は改善しません。
砂糖もでんぷんも同じ糖質ですが、砂糖は二つの糖でできた単純糖質、でんぷんは糖がたくさんつながった複合糖質です。
私たちがふだん食べているご飯や麺類のでんぷんは、何万個もの糖が連結しています。
糖がたくさん結合している複合糖質ほど、消化に時間がかかり、血糖値の上がり方が緩やかです。
しかし、砂糖のような単純糖質はすぐに消化吸収されるので、食べてすぐに血糖値が上がり、なかなか下がりません。
つまり、糖尿病の人が控えたほうがよいのは、ご飯や麺類ではなく、砂糖のように急激に血糖値を上げる単純糖質なのです。
まんじゅうやケーキが糖尿病によくないことは、たいていの人が理解できるでしょう。
一方で、健康によいと思ってとっている食品の中にも、危険な物がたくさんあります。
当院に入院された患者さんで、こんな例がありました。
70代女性のAさんは、ヘモグロビンA1cが6%台前半で良好にコントロールされていましたが、あるときから徐々に悪化し、数ヵ月で8.5%まで上がってしまいました。
体重は増えておらず、服薬もきちんとされていたので、主治医も悪化の原因がわからず、紹介状を持って当院に来院されました。
そこで、主治医の処方は変えず、緩めの糖尿病食を行ったところ、1ヵ月ほどで血糖値は降下し、ヘモグロビンA1cは6%台前半に戻りました。
聞けば、もともと間食はしていなかったそうですが、数ヵ月前から、健康維持のために乳酸菌飲料を毎日1本ずつ飲み始めたとのこと。
入院中は甘い乳酸菌飲料は提供しませんから、Aさんの血糖値が上がった原因は、これしかありません。
そこで、教育入院していただき、退院後も乳酸菌飲料を無糖ヨーグルトに変更するように指導したところ、AさんのヘモグロビンA1cは、現在も良好な値を維持しています。
A1cが10%超の重症でも正常値まで改善する
一般に、健康によいと思われている乳酸菌飲料やカップ型のヨーグルト、スポーツ飲料などには、ブドウ糖果糖液糖が使われています。
ブドウ糖果糖液糖は、トウモロコシなどのでんぷんを酵素で糖化させ、ブドウ糖や果糖にした甘味料です。
通常、糖質は胃腸で消化されて、いちばん小さい単糖のブドウ糖に分解されます。
そこまでいくのに、トウモロコシそのものなら30〜40分かかります。
ところが、ブドウ糖果糖液糖は、その消化の過程をすべて工場で行い、摂取する際には単糖の状態まで分解されています。
ですから、飲めば血糖値は一気に上がります。
すると、膵臓が素早くインスリンを放出しようとがんばりますが、血糖値はなかなか下がりません。その状態が続けば膵臓は疲弊し、インスリンを出す細胞はどんどん減ってしまいます。
ブドウ糖果糖液糖や砂糖は、非常に厄介なのです。
アイスコーヒーなどに入れるガムシロップも、ブドウ糖果糖液糖です。
ガムシロップは非常に安価なので、アイスクリームや清涼飲料水など、冷たい加工食品や飲料に多用されています。
ですから、何か食品をとる場合は、必ず成分表示をチェックしてください。
糖尿病の人は、こうした工場で加工されたブドウ糖ではなく、米や麦やトウモロコシなど、きちんと胃腸で消化されるブドウ糖の原料をしっかりとりましょう。
そうすれば、次の食事までおなかがすくことはありません。
それでもおなかがすく場合、私は、血糖値が上がりにくい補食として、チーズや無糖ヨーグルト、肥満ではない人にはナッツ類などを勧めています。
私が特に乳製品を勧めるのは、たんぱく質、脂質、糖質が程よく含まれていて、体内で緩やかにブドウ糖に変わるからです。
よく患者さんにも、「フレンチの高級レストランに行くと、チーズがデザートに出るわけだから、家でもそうしたらどうですか?」などとアドバイスしています。
乳製品自体が、一つのバランス食ともいえるでしょう。
糖尿病が悪化する人の大半は、現代型の食生活で単純糖質を過剰にとって、急速に膵臓が弱った人たちです。
ですから、過剰になった膵臓への負担を減らしてやれば、血糖値は改善していくのです。
当院には、入院時はヘモグロビンA1cが10%以上という重い糖尿病でも、毎月必ず、正常値や正常値付近まで戻る人が数人います。
そこまで改善すると、患者さんはやる気が出て、表情もイキイキしていきます。
前項でご紹介した一汁三菜の食事を基本に、間食は乳製品などを選ぶようにして、食事を楽しみながら糖尿病とつきあっていきましょう。